第3話

「お疲れ様、もう中見た?」黄田がかぶりを振った。

世田谷の閑静な住宅街で5人も殺されたとなるとマスコミが黙ってないだろう、明日のワイドショーが目に浮かぶ。

「概要は?」結子が問うと長野が真っ先に答えた。

「通報者はお隣に住んでいる大村さんです。異臭がして、リビングの方に回るとカーテンが閉まっておらず、死体を発見したそうです。岸本家5人全員が死体で発見されています」

「そう、ありがとう。」結子は短く答え玄関から足を踏み入れ、リビングに目をやると異常な光景に眉をひそめた。これが人間のする事なのだろうか。リビングには大きなテーブルがあり、そこには家長である岸本徹、長男岸本敦、次男岸本亮、長女岸本恵がまるで生きているかの様に椅子に座って食卓を囲んでいる。衣類を着せられてはいるが衣類をめくると例によってこのご遺体も開腹されている。恐らく、また内臓は一切ないのだろう。遺体の口元見て回ると歯はあるようだ。なぜ前回の遺体は歯がないのだろう。辺りを見回していると、後ろから大きな声が響いた。

「うわぁ!ちょっとすいません、一度外に出ます。」

長野が玄関の方に走って行く。経験の浅い長野には刺激が強すぎたのかも知れない。最も殺人事件を嫌と言う程見てきた結子ですら、これほどの現場は今までお目にかかった事はなかった。

「長野大丈夫?石村さんちょっと見てきてあげてもらえる?黄田二階お願い。ちょっと私はリビング見て回る」

石村は敬礼する素振りを見せて長野の後を追った。こういう時、石村さんの様なベテランの刑事がいるのは救われる。廊下に目をやると血が擦れた跡が15センチ程ある事に気が付き一体何の跡だろう、と結子が凝視していると、2階から声が聞こえた。

「主任、ちょっと二階いいですか」

床の跡も気にはなるが、もう一体の遺体をまだ見ていない事を思い出し、二階への階段をあがった。

「なんなんですかね、これ。まるで生きてるみたいだ。」黄田がそう言って手元に口をやった。二階の遺体は岸本敦の妻である岸本佐和。姿見の前でまるで生きている様に立たされている。

「まるでマネキン。この遺体の衣類だけ妙に綺麗ね。下の遺体はみんな部屋着で血まみれなのに、佐和さんの遺体だけはお出かけするみたいな恰好で血も全くと言って良い程付着してない。それに姿見の前で自分の恰好を確認してるみたい。なぜかしら?開腹されてないの?歯は?」

「それが、さっき確認したら開腹はされてます。されてるんですけど、縫った跡があって。内臓があるかどうか解剖にまわしてみないと分かりません。歯はありますね。」

「歯はこっちもあるのか。縫われてる?ここで縫ったって事?」

「詳しい事はまだ何とも。このヤマちょっと異常じゃないですか?それにこれだけ手の込んだ事をしてるのに、前の現場でも犯人どころか被害者すら特定できてません。」

「そうねぇ。でも、今回は結構ヒントが散りばめられてる気がする。縫合されてるなら、縫合の仕方で医療関係者か分かるだろうし、縫合用の糸も入手経路を辿れる。前回は河原だったけど今回は住宅街なら監視カメラでも調べがつくし、それに被害者の身元もハッキリしてる。手を込んだことをすればする程、特定が早まるって事、知らないのかしら。」

違う、そう言いながら結子は自分の発した言葉を心の中で否定した。単純な猟奇殺人ではない。ただの勘だがこれはそう単純にいかない。刑事には現場を見て、ある程度そのヤマが難航しそうかどうか判断が付く。きっと黄田もこの事件は難航すると考えているのだろう。

そんな事を考えながら、一階へ続く階段に足をかけた。

「ねぇ、一階の血の跡見た?なんか気になるのよねぇ。」

「あー、廊下に付いてた擦れた血ですか?見ました。何でしょうね。他は全く血の跡なんてついてないのに。ここで殺したんじゃないんですかね?開腹までしていて血はその廊下だけって変ですよね。」

「だったら尚更そこだけ血が付いてるのは変よねぇ。なんかこの現場変なのよ、普通じゃない。まぁ、鑑識の結果待ちね。」

そう言いながら表に出ると半泣きの長野が立っていた。

「主任、すいません。俺、、」

「泣くな、長野!泣き言はいいから、帰ってすぐ調書まとめる!忙しくなるよー。」

明日には連続殺人で改めて帳場が立つはずだ。話題性は抜群だし、早期解決に向けて増員するだろう。

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