閑話+ぷちぷち小話 その2

「だだいま! 姉ちゃん、弁当が」


「おかえり。私じゃないわよ夏輝」


 ガラリと木と硝子の引き戸を開けて矢庭に聞いてきた末の少年に長子の女性が即答した。

 あたりはもう真っ暗で玄関は内と外とで電気が灯っている。

 出迎えたというより通りかかったのは眼鏡をかけ、すらっとした体格の長い髪をした長女だった。


「まだ内容言ってな」


詩春しはる、夏輝が呼んでるわよ」


「いやいや呼んでな」


「なーに美冬みふゆちゃん」


 否定する間もなく突き当たりにある台所のビーズの暖簾がじゃらり、と音をたててもうひとりの姉が出てきた。

 長女の美冬とは逆にどちらかというと次女の詩春はぽっちゃり、という呼び方が似合う体格でボブの髪は柔らかめな茶色に染めている。


「あ、おかえりー。私じゃないよ夏輝」


「まだなんも言ってない!」


 開いたままだった玄関の戸の隙間をすり抜けて一匹の猫が我が物顔が家の中へと入っていく。どうやら散歩に行っていたらしい。

 猫に先を越された。


「最近はすぐに聞いてくるでしょ」


「先手打っただけよねーおバカー」


「「ねー」」と息を合わせたように姉二人は靴を脱いでいる弟を笑う。

 外見は似ていなくとも中身は十分似通っていた。

 一対一でも舌戦では敵わないのはわかっているので夏輝はなにも言わない。

 言ったところで改善されるわけでなし。

 夏輝にとっては姉という生き物相手に適切な処理を怠ると大変な目に合う、ということだけは見に染みてわかっていた。

 しかし、ここ最近の弁当事情がおかしいのは事実である。

 白米のみ、おかずのみ、栄養補助食品詰めに漬物オンリーなど。

 今日に至っては弁当箱のフタに五百円玉が貼りつけてあった。かさ増しに保冷剤が入れてあるという職人仕様で。

 ここまでやるなら五百円玉を手渡ししてほしい。

 学校の購買というのは競争なのである。


「でも詩春、私は最近ずっと作ってないのよ。自分の分もしてない」


「私もなのよー美冬ちゃん。起きたら出来てセットまでしてあるの」


 さてどうしたことか。

 家族分の弁当作りは姉のどちらかと決まっている。

 起きたのが早い方がささっと有り合わせのものを作ったり、夕飯の残りを詰めたり。

 あとはそれを各々が持っていくのがこの家のスタイルだ。

 だからどちらかがなにかの思惑でやっているのかと聞いてみれば。


「そんな暇が朝からあるかバカ」


「そんな暇があるなら寝るわよ」


 そりゃそうだ。

 社会人の美冬も専門学生の詩春も通勤と通学に時間がかかる。

 なにも朝に好き好んでこんなことをやろうとは思わないだろう。


「まあ、あれなのよ夏輝」


 のんびりと詩春が言う。


「夏輝、言うくらいなら」


 すっぱりと美冬が言う。


「「自分で作れ」」


「で、今日は天むす…」


「………」


「混ぜろとも言ってないけど!」


 白米に海苔の黒のコントラストにちょん、と赤い尻尾が見えていた。

 朝から天ぷらを揚げるくらいなら普通に弁当を作ったほうが早いに決まっている。


 これが夫婦喧嘩の延長戦に巻き込まれただけだと知るのはもう少しあとの話。

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