第8話労働の日々 4

 日本人は働きバチと言いますが、それにしてもものすごく非人間的な仕事の仕方であり、悠馬様もお父様のことを、あまり知らない人だと言っていました。

 私が欧米の人だからかもしれませんが父親と息子の関係がそれではあまりに寂しいとお思うのですが、悠馬様にそのことを話したら、言いたいことはわかる。しかし、俺は親父とあんまりあったことがないから家族とは思えない。俺にとって親父は他人だ。と言われました。


 正直言ってそれを聞いたときはショッキングな出来事でしたね。もちろん、国ごとにいろんな親子関係があってもいいと思うのですが、欧米の仲良しの父親と息子の関係が当たり前な環境を見ていると、カルチャーギャップと言いますか。親子、特に父親と息子がそんなに冷たいのがどうしても信じられないですね。正直言って今もそう思っています。

 そして、今日は一馬様とお母様の裕子様は確か学校の面談で帰りが遅くなると言っていましたから、やはりお父様が早く帰ってきたのでしょうか?


「悠馬様、お父様が早く帰ってきたかもしれないですよ」

「うん」

 しかし、悠馬様の顔色はあまり優れません。

「どうしましたか?悠馬様?」

 悠馬様は顔色を変えずに話しました。

「なあ、ブブ様よ。俺はずっと親父のことを他人だと思っていた」

「はい。そうですね」

「クラスのみんなは自分の父親のことをクソジジイといつも言ってるけど、俺にはそんな感想も持てないんだ」

「はい」


 というより、日本の高校生が自分の父親のことをクソジジイというのがかなり驚きでしたけど、それを抑えて悠馬様の話を聞きました。

「俺にとって親父は、その、なんというか空気のような存在なんだ。最初からいない透明人間なんだよ」

「・・・・・・・・・・・・はい」


 なんとなく事情が飲み込めてきました。

「何もないものに、悪いとか良いとかそういう感情を抱けないんだ、だから、俺は親父が帰ってきたとして、どんな感情を抱けばいいのかよくわからない」

「悠馬様・・・・・・・・」

 私はため息をついた後言いました。


「それは自分から声をかけるしかありませんね。そう思っているのは向こうも一緒でしょうから。さ、上がってください。もし、悠馬様が折れそうになったら念話で鼓舞しますから」

「よろしく頼む」

 家庭の中でも人間関係がどんどん狭くなるのですのね、日本の子供たちは。


 私は日本に来る前に日本の教育の本を読んだのですが、書かれているのは我が子をどうやったら不登校にしないか?いじめをしないか、いじめられないか?学力を上げるのをどうすればいいのか?でしたが、今ではそんなことを考えている日本の教育関係者は親も含めて完全にキチガイだと思っています。


 そもそも、いじめとか、学力以前に、普通に親子同士が仲良くできるようにするのが普通の感覚だと思います。それに比べれば不登校やいじめや学力低下など大した問題ではないと思うのですが、どうでしょう?

 日本人の皆さんはそうは考えられないのでしょうか?

 日本に来る前と来た後ではかなり日本に対する評価が変わりましたね。良い意味でも、悪い意味でも。


 そして、意を決して悠馬様は家に入りました。

 しかし、そこで待っていたのは予想外の人物でした。

「ハロー」

 そう言ってリビングでソファーに座ってにこやかに腕を振っていたのはガブリエル様でした。


「!ガブリエル様!」

「え!この人がガブリエルちゃん!」

 驚く私たちにガブリエル様がキョトンと私たちを見つめます。

「ベルゼブブはいいとして。なぜ?あなた、私のことを知っているのですか?私たちは初対面なはずですけど?」

 そうガブリエル様はじっと悠馬様を見つめると、悠馬様はビクついていました。


「ええと・・・・・・・・」

 それに仕方なく私が説明します。

「悠馬様が現在やっているゲームでガブリエルというキャラクターが登場するのです。だから、彼は貴女のことを知っているのですよ」

 それにガブリエル様は好奇心のあるキラキラした目をしました。


「そうなの?まあ、あなた、立っているのもなんだから座って、座って」

 そして、ガブリエル様はソファーの隣に悠馬様を呼びました。

「ここ、ここ」

「あ、はい」

 スタスタと悠馬様はガブリエル様の隣に座ります。私はガブリエル様と悠馬様の前のテーブルに四つん這いになって問います。

「ガブリエル様、なぜこちらに?」

 ガブリエル様はいつものキラキラとして微笑みを浮かべて言いました。

「貴方のことだろうから、この少年のところに泊まるだろうと思って、来たの」

「なるほど、確かに私はここに残ります。しかし、そのせいでガブリエル様たちに多大な苦労を背負わせることは・・・・・・」

 ガブリエル様は私の話に手で制しました。


「いいんですよ。そんなことは。私はあなたのそういうところが好きなんですから。私たちには気にせず、どうぞ、自分がやりたいことをなしてください」

「はい。大変ありがとうございます」

 その時でした。悠馬様がガブリエル様の太ももの手で触りました。


「!こら!悠馬様!」

「あらあら、まあまあ」

 ガブリエル様の着ていた服装は展開と同じく白いローブで、スリットがついたものですが、確かにスリットから見える白い太ももは思春期の男性にとっては魅惑的でもあるかもしれません。

 しかし、それでもそれをしていいわけでは決してありません。

「悠馬様。あなたはしてはならないことをしたのですよ?分かりますか?」

 しかし、悠馬様はそっぽを向いて、子供っぽく言いました。


「なんだよ!別に太ももぐらい触ったくらいいいじゃんかよ!減るもんじゃないし」

「黙りなさい!」

 そのあまりにも大きな声に悠馬様はビックリしました。

「人間だろうが天使だろうが関係ありません。してはならないことはしてはならないのです!わかりなさい!」

 その私の言葉に悠馬様はしゅんとします。しかし、助け舟は予想外のところからきました。


「あらあら、別に私は構いませんよ?」

「しかし、ですね、ガブリエル様。今後こういうセクハラを他の女性にしないためにも厳しく叱らないと」

 それにガブリエル様はそよ風の微笑みをします。

「それも、そうですね。あなた。今回はこれっきりよ?でも、さっきのは私は気にしていませんからね」

 しかし、その言葉に悠馬様を俄然調子付かせました。


「ああ、わかったよ。でも!これならどう?さっき、俺のやったことを気にしないと言っていたよな?なら、写真を取らせてくれないかな。なあ、いいだろう?ガブリエル、さん。ブブ様」

 その言葉に私は半ば、呆れました。しかし、ガブリエル様はいつもと変わらない笑みをしています。


「私は構いませんが。ベルゼブブ。あなたはどう思いますか?」

「・・・・・・・私はガブリエル様がいいというなら別に構いません」

「よっしゃ!交渉成立!じゃあ、ガブリエルちゃん、立って」

 そして、ガブリエル様は立ちました。

「よしよし、じゃあとるよ。笑顔でお願いします」

「はい」

 そして、写真を撮りました。


「じゃあ、次はこう屈んで、両腕をおっぱいに挟ませて」

「こうですか?」

 そして、シャッター音が何回か聞こえました。

「おお!胸モロ見え!やったぜ!」

「もう、いいですか?」

「げ!」


 私の冷ややかな声に悠馬様は完全にビクつきました。

 ガブリエル様はあくまで微笑んでいます。悠馬様はビクビクしながら言いました。

「はい。もういいです。部屋に帰ってもいいですか?」

「どうぞ、ご自由に」

 そう言ったら、悠馬様は脱兎の如く自室へ帰られました。


「全く、困ったものです」

 そう、憮然した表情でいうとガブリエル様はクスクスお笑いになります。

「全く、笑い事ではありませんよ。レディーに対してはしたない」

 ガブリエル様はいつも浮かべている笑みを消し、いたってシリアスな表情で言いました。

「彼があの宿命の少年ですね?」

「ええ」

 そういうと、ガブリエル様は頷きました。


「そうですか。そうでしたか。なら、貴方がそばにいないといけませんね」

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・ガブリエル様」

「はい?」

 ガブリエル様は不思議そうな目をしてこちらを見つめてきました。


「実は私、迷っているんです」

「・・・・・はい」

 ガブリエル様はいつものキラキラとした笑みを浮かべました。

「私たちに彼の宿命をどうすることはできませんが、しかし、私は彼の運命を変えようと思っています」

「はい」


「それが神の法則を破るというのはわかります。しかし、彼は悪い倫理観を持っています。私はどうしてもそれを正したい。しかし・・・・・・」

 続けてガブリエル様は言いました。

「それが神の法則を破る、と?」

「はい。それで迷っているんです」

 しかし、ガブリエル様は笑みを浮かべて言いました。


「いいではありませんか。貴方がなそうとすることをしても」

「え?」

 驚いて、顔をあげました。そこにはいつもと変わらないガブリエル様のキラキラとした笑みが浮かんでいます。

「し、しかし、、私は神の法則を・・・・・・・・」

 しかし、ガブリエル様は一転して遠い目をして言いました。


「天使って・・・・・・・・」

「はい」

「人を祝福するのが仕事のはずですよね?」

「あ、はい」

でも、不思議ですね。人に恨まれるのが怖くて人前には滅多に現れることはありません。私のような知名度の高い天使だと人間界に降りてきて、人を祝福するなんて怖くてとてもできません。しかし・・・・・・」

 すっとガブリエル様は透徹な視線を送りました。

「貴方ならできる」

「・・・・・・・・・・・・・・」


「気づいていましたか?私、実は貴方のことを羨ましいと思っていたんですよ?人間に関与できる貴方が、人間の現前に現れ、人間に良い影響を与えれる貴方が私は羨ましいんです」

「ガブリエル様・・・・・・・・・」

 薄々は気づいていました。それは2000年もガブリエル様と一緒にいれば気づきますとも。

「だから、胸を張ってください。確かに人の運命をそう頻繁に変えてはいけませんですけど、私の代わりに人を良い方向に導いてください」

「はい」

 私は頷くしかありませんでした。


「では、私は帰ります。貴方も頑張ってくださいね」

「はい。神に誓ってあなたの分まで頑張りますとも」

「あなたに神のご加護があらんことを」

 私たちは同時に十字を切って、どちらともなく笑いました。

「では」

 そして、ガブリエル様の姿は消えました。私はそれを見ると、悠馬様の自室へ行きました。そして、悠馬様に言います。

「悠馬様?入りますよ」

 しかし、悠馬様は返事をしませんでした。仕方ないのでいくらか待つことにします。

 しかし、30分経っても返事がありません。悠馬様が動いているのはわかりますが、何をしているんでしょう?


「悠馬様?入りますよ」

 その時でした、大慌てで悠馬様の扉が開きました。

「ああ、何?ブブ様?」

「いえ、返事がなかったものですから何かな?と思いまして」

 そして、その時気づきました。悠馬様の顔がどこか憔悴(しょうすい)しているのを。

「どうかしましたか?」

「ん?何が?」

 悠馬様は不思議そうな表情で聞き返しました。

「いえ、何か疲れているような顔をなさっていたから」

 それに悠馬様はパッと、バツの悪そうな顔をしました。

「な!なんでもない!」

「そうですか」

 まあ、ともかく、私は部屋に入りました。すると嗅覚にいつもと違う匂いが混じっているのに気づきます。

 ・・・・・・・・・これは。

 私はゴミ箱を見ました。ゴミ箱にはたくさんのティッシュがありました。

 まあ、いいでしょう。そういう年頃なのですから。

「ああ、ガブリエルちゃん美人だったな〜。また、来ないかな〜」


「彼女は当分来れませんよ」

 それにギョッと驚く悠馬様。

「え!?まじ!?」

 そして、肩を落とします。

「ああ〜あ、残念だな〜」

「まあ、気を落とさないで。5月分の給料をもらえたんでしょ?」

 そういうと悠馬様はにんまり笑いました。

「ああ、そうとも。この調子で稼ぎまくってガブリエルちゃんゲットだ!そのゲームも一周年迎えて、10連ガチャチケット貰えたしな!良〜し、明日引くぞー」


「?今引かないのですか?」

 そう言いますと悠馬様はにんまり笑いました。

「いやいや、明日ログインすると、また石もらえるんだよ。無料の石、明日もらえればもう10連できるからさ、明日の朝引こうと思って」

「まあ、ご自由に」

 そして、悠馬様はそのあと集中的にゲームをして夕食をとり就寝しました。

 私も明日9時に起きるタイマーを設定し、フリーズしました。


 

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