第7話労働の日々 3


 品出しをしていた悠馬様は段ボールに合った商品を出して、整列させていきます。

 そして、空になった段ボールを倉庫に入れ、オーナーの黒田さんに言います。

「品出し、終わりました」

「うん。じゃあ、トイレ掃除を頼むよ」

「はい」

 それから熱心にトイレを掃除していく、悠馬様。その悠馬様に私は話しかけました。

「ずいぶん熱心ですね」

「当たり前だろ?いつピックアップガチャがあるかもしれないし、真面目に働いて給料をもらわないと」

 そうやって、便器をゴシゴシと磨いて、トイレの用具を外に出しちりとりで掃いて捨ててから、雑巾で磨き、洗面所で手を洗ってから、トイレの備品を中に入れました。

それを見た先輩の黒田さんはニカっと笑いました。

「お!?もう終わったのか!?」

「はい。いつお客様が入るかもわかりませんから」

「なるほどなぁ。感心、感心」

 そう言って黒田さんはポンポンと悠馬様の肩を叩きました。

「お!そうこうしているうちにお客が入ってきたな。俺がレジするから、お前はホットの食べ物を見てくれ。あ、それとちゃんと手は洗ったか?」

「はい、もう2回も洗いました」

「そうか、じゃあ頼んだぞ」

 そして、悠馬様はざっと惣菜を見ます。

「うん。春巻がないな。ちょっと探すか」

 そして店内の奥に入って・・・・・・・

「春巻きは、確かH-5325だったな。・・・・これだな。これの5・・・・・。うん、これだな、H-5237は、中身はないな」

 そして、悠馬様は黒田さんのところに行って大きな声で言いました。

「春巻がなかったんで在庫確認したら、見当たりませんでした」

 それに黒田さんはジッと悠馬様はにらめつけました。

「こら、烏丸」

「は、はい!」

 少々上ずった声で烏丸さんが言いました。

「お客様の前でそんなことを話すな。それと・・・」

黒田さんは顎をしゃくった

「列ができている。お前もレジを打たないか」

「はい!すみませんでした!」

 そして、レジを打ちながら昼は過ぎていったのです。




「お先に失礼します」

「はい。ご苦労様」

 今日は11時から5時までの時間帯で働きました。そして、なんとなくウキウキした様子で悠馬様は歩きます。


「慣れましたね」

 私が言いましたら、弾力のある答えが返ってきました。

「ああ、なんとかやっていけそうだぜ」

 それで前から私が疑問に思っていたことを言葉に出しました。

「家からは出ないのですか?」

「?なんで?」

 当然のように悠馬様から返答が帰ってきたことに内心、やっぱりな、と思いつつ言いました。

「ほら、家族と仲が悪かったじゃないですか。だから独立はしないのかな?と思って」


「いや、家にいたほうが住宅費とか安く済むじゃん。なんで出ないといけないわけ?」

「・・・・・・・・・・・・・そして、その余分な余ったお金でゲームにつぎ込むんですか?」

 それに悠馬様はガッツポーズで応えました。

「応とも!ガブリエルちゃん出るまで何度でも金をつぎ込むぜ。ほら、俺ってあきらめない男だからさ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 本人はキラキラと目を光らせニカッと笑いながら言っていますが、正直言って言ってることはすごくカッコ悪いです。


「ま、土日も返上して週40ぐらい働いているんだぜ?こりゃあかなりの額もらえるんじゃないのか?」

「休みは休んだほうがいいんじゃないんですか?」

「何を!俺がガブリエルちゃんをゲットするための労力に比べたらこんなの大したものじゃないさ!」

 そう言ってニコニコ笑いながら話す、悠馬様に一旦私は念話を切りました。

これは状況が悪化しているかもしれませんね。

 仕事の仕立ての悠馬様はこんなふうではありませんでした。一応道に迷って、少しは良い生き方について考えていたようですが、今の悠馬様は目先の金に目が眩んで、良い生き方を見失っているようです。


 人生、いつも絶好調というわけにはいきません。労働をするのは良いことですが、それはあくまでバイアーにとって質の高いサービスを提供するために頑張らなければなりません。

 決して、自分の趣味のためだけに働いてはいけません。

 しかし、残念ながら、これは日本だけの問題ではなく、他の欧米の国でもこういう考え方が広まっているのは事実です。


 それが神である私にどうこういう権利はありません。

 そう、私がどうこう言える立場ではないのです。人間のことは人間たちが考えるものですから。

 悠馬様は宿命の人だから、私が言ってもその宿命から逃れることはできません。だから、私は彼の元へやってきた。


 しかし、彼の行為を止めることは、神が人に関与を持つということです。そして、それはある程度変えれる。根本の宿命からは逃れられませんが、少しは労働観については変えられる。

 そして、それがいいことなのかどうか私には分からないのです。


 これが最も神たちを悩ませる問題です。人々が悪い方向に向かっている時にそれを止めるかどうか、新しい神を信じて自分たちがないがしろにされるのを黙って見過ごすのかどうか。

 私はバアルであった頃からこの問題に直面し続けてきました。

 信者たちが私を欲する気持ちもわかるし、信者の考えていることもわかる。犠牲になった赤子たちのためにも信者にはよく生きてもらいたい、とはずっと思ってきましたし、預言者を止めるかどうかも、私にとって答えは出ませんでした。


 信者たちがユダヤ教に改心しても構わないと私は思っていましたし、だから預言者たちにも特に止めはしなかったのですが、私の信者の中には私をとても慕ってくれる人もいました。彼らの気持ちに耳を傾けたかったのも私の本心でした。

 ですが、私は私の存在がある点では嫌だった。赤子たちを犠牲にしたくなかったのも事実です。


 だから、ユダヤの預言者を特に止めなかった。

 神とはなんなのか?それはいつも私の頭を悩ませる問題です。どの神もそうだと思うのですが、人々から忘れ去れるのを自然に憎む神などいないと思うのです。だけど、人は新しい宗教や、外国の宗教が勢力を増すと自分の信者たちが敵意を持って異教徒たちに辛く当たる。果ては泥沼の戦いになる場面もある。


 そういう時、我々は心を痛めるのです。他にもたいそう信心深かったひどい苦痛に会うと、そしてその人やその人の親しい人が私たちに救いを求めると大変に心苦しい。

 例えば、そういう人が死ねば、私たちも心温かく迎えることができるのですが、私たちはそれができないことを知っていますのでそれはできません。


 この不幸な事件は私たちの暗黙の了解にあるので心を痛めるしかありません。

 そして、信者同士の対立も、私達両神同士が話し合うときもあるのですが、これも心を痛めるしかありません。私たちが下界にメッセージを出すこともできます。しかし、多分、それは事態を余計混乱させるものでしょう。なので心を痛めるしかありません。


 しかし、明らかに人が悪い方向に向かっている時にそれに関与するかどうかは非常に微妙な問題です。

 私はある種の宿命を持つ人たちに関与してきましたが、それでも人の労働観については宿命的に決められていません。

 言うなれば本人の境遇と意思で自在に変えれるものです。


 そして、それを変えるのは神として正しいのか?

 私たちは基本的に人に宿命と運命を与える存在です。そして、そうしないと人間たちは非常に無機質的に環境しか馴染まないロボットの存在になるからです。

 そして、人間たちのことは人間たちに任せるというのが本来の神のあり方です。


 しかし、私には感情がある。いや、すべての神がそうでしょうが感情があり高い倫理観を持っていると思います。

 しかし、人間のやることは人間たちで、という原則を変えることはできません。

 私がやろうとしていることはその神の原則を破ることです。それは良いことかもしれませんが、神の本職としていいことなのか?悩みは尽きません。

 私が悠馬様の肩に乗って考えるといきなり悠馬様の足が止まりました。そこには・・・・・。

「ん?なんだこいつ?」

 そこには30センチほどでしょうか。赤い蛇が悠馬様の前でじっとこちらを見つめてきています。しかし、私はある感覚を感じました。

「!あなたは!」

「ふてい蛇だな」

 私は自分にも気付かずに声を出し、悠馬様は足を上げその蛇を踏みつけました。

「おいこら、人間様の前に立つんじゃねえよ、蛇」

「!おやめください!悠馬様!」

 しかし、悠馬様の行動はある声で止まりました。


「いいんだ。ベルゼブブよ」

「!?」

「サマエル様!」

 私はすぐにサマエル様に飛んでいき、悠馬様は足をひっこめました。

「なんだ?蛇が喋ったぞ!?」

 サマエル様の飛んだ私にすぐに念話が飛んできました。

「ここで肉声で喋るのは良くない。さっき肉声で話していたぞ?」

「すみませんでした。サマエル様。つい」

 それにサマエル様の爽やかな笑い声が飛んできました。

「よいよい。それが貴殿のいいところだからな。それと、そこの少年」

「ヒィ!」

 悠馬様はビクついて後ろへ2、3歩下がります。

「貴殿に危害を加えるつもりは毛頭ない。しかし、少しベルゼブブを借りたいのだがいいかな?」


「悠馬様、お帰りください。サマエル様が私の元に来たのは相当の事情があるようですから」

「あ、ああ。なんか知らんが帰ればいいんだよな?」

「ええ、そうしてください」

「わかったよ」

 そして、私の言葉に悠馬様は素直に頷き、私たちの前を通り過ぎました。

 その時、ボソリと蛇が喋るなんて気持ち悪いな、という声が聞こえましたが、私はそれを微笑ましく思いました。

 こういう素直なところが悠馬様の可愛いところです。

 そう考えているとサマエル様が念話を送ってきました。

「ここだと怪しまられるから場所を変えよう」

「そうですね。それでは・・・・・・・」

 結局、私たちは傍らに置いてあった人口の茂みの中へ移動しました。そこで念話で話します。

「さて、さっそく本題に入るが、ベルゼブブ、貴殿には天界へ帰っていただきたい」

「そうですね。あなたが来るということは相当に酷いことが起きるということですから」

 サマエル様が頷きました。


「そうだな。人が私に名付けてから、私は職務を果たしてきたが、今回はかなり特別だ」

「そうですね。死を司る天使、サマエル。で、今回は一体何が起きるというのです?」

 私はとんでもない天災が起きるという思っていましたが、しかし実際に聞く話は想像以上でした。


「アメリカ合衆国で同時核自爆テロが起きる」

 私は耳を疑いました。

「本当に?」

「ああ、本当だ。テロリストは他の欧米の国でもそのテロを準備している」

 私は言葉を失いました。ですが、当然と言えば当然でもあるな、という冷静にも思いました。

「で天主はなんと?」

「この件には関与しない。神は人の運命には関与しないという神の原則を通す、といった」

 そして、サマエル様は私はじっと見つめました。


「あなたがそうしたように」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その私の沈黙にサマエル様は複雑な感情をにじませました。

「やはり、貴殿は神の格が違うな。私にはわからない、複雑な感情になっている」

「そうです。私は少々特殊な神なので。それで、だからサマエル様は私に戻って欲しいんですか?」

 それにサマエル様は力強く頷きました。


「そうだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「気になるか?あの少年のことが?」

「ええ。しかし、信者たちのことも気になります。特にかつて私がいたところが原因でこんな事態になっていると思うと、複雑です」

「そうか」

 私は茂みの外から刺す夕方の光を見ました。サマエル様も見ます。


「サマエル様」

「なんだ」

「そのテロが起きるということはやはりトランプ政権が関与しているのですか?」

「そうだ。度重なって国防相を解任してきたし、CIAの情報も信頼しなかったようだし、何より政府機関の職員の給料をシャットダウンして、政府が閉まることとなった。それに今回のテロの実行犯はフランス人やイギリス人がいる。ヨーロッパとの外交をないがしろにしてきたトランプ政権が招いたものだ」

「そうですか」


 そう、私は頷いたものの、しかし冷静に考えればまともな政権であってもテロを防ぐのは難しいのでは?と思ってしまいます。

 プルトニウムを作る技術はそんなに難しいものではありませんし、アメリカが世界の警察官をやめるということは必然なことです。それにトランプ氏になってからアメリカの威信が落ちていますし、アメリカが戦争ができないともう世界中の誰もが知っています。そうなると別に隠れて核爆弾を売る国も例えば北朝鮮だけじゃなくて、どの発展途上国でもそういうことをしない動機がなくなっています。


 これも人間が災いた種。核兵器を作ったのも人間だし、核を放棄しないことも人間がしたこと。我々にそれは止められない。

 そう私が感傷に浸っているとサマエル様がこちらを見ました。

「ここからが本題だが、ベルゼブブ殿。貴殿には天界に帰ってもらいたいのがどうだろう?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「かの少年のことはこの国の神に任せて、貴殿は天界に帰って欲しいのだが?」

「私はこの国に来たときですにね。この国の神々に悠馬様のことを相談しました」

 サマエル様は私をじっと見つめています。

「なんでもこの国は1300年前ぐらいには仏教と神道系が非常に争っていたと聞きました。しかし、それをある一人の人間が互いの復讐をやめるように精力と奸計と勇敢さを持って止めたと聞いています」


「それが本当ならすごいことだな」

「ええ。なんでも彼は自分の名が歴史に刻むことよりも、後世が平和であるように願い、それを実現させました。だからこの国の神たちは人に関与をすることを非常に避けているのです。また、仏教系と神道系の争いが発展しないか非常に恐れているのです」


「宗教同士の争いは泥沼だからな。その気持ちは痛いほどよくわかる」

「ええ。そうですね。さて、それとこのことは私たちの本題に関係します」

「聞こう」

「私は悠馬様が宿命の少年だから彼の前に舞い降りたと言いました」

 サマエル様が頷きます。

「ああ、そうだな」

「しかし、私は神の法則を変えて彼の運命の一部を変えたいと思います」

 サマエル様は探るような目でじっと私を見ました。

「それは本当か?」

「ええ。彼はあまりにも良くない倫理観を持っていて、それを変えたいなと思ったのです」

「それが・・・・・・・」

 サマエル様が言い淀みます。


「それが本当だと大変だな。君がやろうとしていることは人の運命を変えることだから、大変な重罪だな。だが・・・・・・・・・」

「そうです。それは私たちの暗黙の了解であって、別にしても誰からも批判されることはない」

「そうだな。しかし、それを君はいくつかしてきた」


「ええ、そうです。あまりに性格が悪い人に対して、私はそうしてきました。だがら、今回もするつもりです。ただ・・・・・・・」

 サマエル様が頷きました。

「わかっている。君は要するに見ていられないのだろう?悪いことをする人間が。それがたとえ神の法則に反することだとしても、君はそれを止めるのだろう?」


「ええ、そうです。ただ、必要最低限にはするつもりです。しかし、この国の神はそれをしないでしょうね。私はどちらが正しいとは言うつもりはありません。と言うより間違っているのは私の方です。神が人の運命を変えるのは禁じられていますから」

 サマエル様はじっと見ます。

「わかっているとは思うがかの少年の宿命は・・・・・・・」

「ええ、そうですね。私がやっても何の意味もない。悠馬様の宿命は変えれない」

 そう私が行ったら、サマエル様はため息をしてから頭を振りました。

「わかった。私の負けだ。君には死んだ人たちについてあれこれケアをさせたかったなのだが、君はあくまで孤独な人の味方か」

「はい。そうです。私もUSAの人たちのことは知っています。彼らは他の国の人たちからはよく思われていないようですが、しかし芯の部分は人情が深い人たちです」


「日本は違うというのか?」

「はい。来る前と来た後ではだいぶ印象が違います。日本は清潔で治安が良くて怒りっぽい人はあまりいませんが、何か人に対して無関心な印象があります」

「・・・・・・・・・・・・・」

「人はいずれ死にます。早かれ遅かれ。核テロがなくても死にます。しかし、USAの人たちは人情がある。その分怒りも憎しみも率直に出しますが、私はそういう人間臭さがあの国の人たちを嫌いになれない部分です」

「・・・・・・・・・・・・・・」


「しかし、日本人は人によく親切をしますが、親切なだけがします。根本的なところで人情がない。とても情の薄い人たちだと思います」

「それが貴殿がかの少年に執着する決め手か?」

「そうですね。そうです。死ぬにしても人から看取られるのと一人で死ぬのは大きく違いますから、私は悠馬様を一人にしておけない」

「わかった」

 何度目かの嘆息をサマエル様がしてから翼を大きく広げました。

「貴殿がそこまで言うのなら私はもう止めようとしない。悪かったな引き止めて。貴殿に神のご加護あらんことを」

 サマエル様は12本の翼のうちで開いた翼で十字を切りました。

「はい。サマエル様も頑張ってください。あなたに神のご加護があらんことを」

 私も十字を切りました。そして、サマエル様は光を帯びるとその瞬間消えました。

 私はそれを消え去った後をしばし見つめて、外を見ました。

「さて、帰りますか」

 もう夜の帳は降りています。




 私が悠馬様の家に向かっていると、あるカフェに目が止まりました。すぐにそのカフェに入ってその人物に声をかけます。

「悠馬様」

「おわっと!」

 悠馬様は驚いて読んでいた漫画雑誌をお手玉します。

「待ってくださったのですか?」

 それに悠馬様はプイッと顔を背けます。

「ばか!そんなんじゃねえよ!ただ、この漫画を読みたかったから、このカフェに入ったんだ」

 私はその漫画雑誌を見ました。2月号と書かれています。今は5月なのに。

「まあ、いいでしょう。では帰りましょうか」

「ああ、帰ろう帰ろう。全くコーヒーは苦かったぜ」

 カフェから出る際に悠馬様は本当に嫌そうな顔をして言いました。

「あんなに嫌いだったコーヒーを頼んだのですか?」

「ばか!これは別にお前を待つために頼んだんじゃないぜ!ただ、コーヒー飲める男性っていけてるだろ?俺はいけてる男性を目指してコーヒーを飲めるように頼んだんだからな。勘違いするんじゃねえぞ!」


 それに思わず、私は微笑みました。

 しかし、私は何も言わず、悠馬様と家路に着きました。帰る道すがら悠馬様が言います。

「なあ、あの蛇なんだったんだ?」

「サマエル様ですよ。ご存知ないのですか?」

 悠馬様は被りを振ります。

「知らねえ」

「まあ、欧米の人たちでも知っている人はそういませんけど、れっきとした天使です。神の敵意や神の悪意と呼ばれる、死を司る天使です」

 その言葉に悠馬様が身震いを起こしました。


「怖えええ」

「まあ、彼自身が意図的に人を殺したことはないのでご安心ください。ただ、人間を死の運命にかけるのが彼の仕事です」

「やっぱり怖えじゃん!」


「仕方ないのですよ。人はいつか死ななければならない宿命にありますから。彼はあくまで人に死の運命をかけますが、人の努力で回避できます。しかし、どうしても死にやすい人や、高齢で死ぬしかない人たちに死の宿命に近い運命にかけることがあります。しかし、彼の名誉のためにも言っておきますが、彼は意図的に人を殺したことはありません」


 そうです。彼は自分の職務はあまり好きではありません。しかし、仕方ないのです。人が天地創造であり万能の神を生み出した時点でその神が人を死の宿命にかけることにヘブライ人は許容できず、彼が生まれました。

 ゾロアスター教のように光と闇の神が争っていると考えれば、そうはならなかったのですが、天主は万能です。そして天主にかなう存在はいません。その我らの天主がなぜ人に死の宿命を与えるのか?


 教説的に言えば、天主は善を説く神であり、人々の欲望を満たす神ではない、というのが教科書的でしょうが、大切な人が死ねば、そんなことを言っても納得できるものではありません。

 サマエル様は人が万能の神を生み出した時点で存在が確定した人間の矛盾的な思考の渇望そのものなのです。


 そして、サマエル様はその矛盾を背負って生きているのです。

 そう考えていると悠馬様は私の顔を見ました。

「じゃあ、俺を殺すことはないのか?」

「ありませんね。だいたい、サマエル様が死の運命にかけるのはユダヤ教徒とキリスト教徒なので悠馬様は関係ありません」


 ホッと胸をなでおろす悠馬様。そうこうしているうちに悠馬様の家に帰ってきました。

「お?明かりついているな。誰か帰っているのか?」

 不思議なことなのですが、悠馬様のお父様に今まであったことがありません。うちに帰ってきているらしいですが就寝している頃までに帰って来ず、そして朝目覚めると仕事に行っているらしいです。


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