第6話 労働の日々 2

 悠馬様はレジを打っています。働きだして一週間、少しは様になってきました。その時に一人の客が訪れました。その客はギフトカードを持っています。

「これ」

 悠馬様はにこやかに言います。

「はい、何円ですか?」

 しかし、客から放たれた言葉は予想外のものでした。

「10万円」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「え?」

 きょとんとした表情で聞く悠馬様に、その客は無表情な表情で言います。

「10万円お願いします」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 あまりのことで言葉が出ない悠馬様に客は言いました。


「もしもし?」

「あ!はい!10万円ですね!少々お待ちください!」

 それから、悠馬様は店長のところに行きました。

「店長、店長はいますか?」

 それをそばで聞いていた森末さんが反応します。

「店長なら今いないわよ。今新しいトラックが来たから品入れをしているの」

「ああ、そうか、困ったなー」

 それに森末さんがボリボリ頭を掻きながら言いました。

「何よ?何が起きたっていうの?」

「いや、客がギフトカードに10万円分の金額をチャージしたいって」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はぁ!」

 その森末さん怒鳴り声に悠馬様は明らかにビクついていました。

「いや、その、そういう客がいるんです・・・・・・・・」

 森末さんは美しく若い女性でしたが、普段から険しい目つきをさらに険しくして言いました。

「ちょっと!お前!」

「は、はい!」

「なんとかしなさいよ!」


「い、いえ、僕は、先輩の方こそ・・・・・・・・・」

 森末さんはギロリと悠馬様を睨みます。

「先輩だから、何?」

「い、いえ・・・・・・・・・・」

「ともかく、私の方もお客がいるし、店長もすぐに帰ってくると思うから、あんたがなんとかしておいてよね!じゃあ!」

 そして、森末さんはスタスタとレジの方に行き客の買う商品をさばいていました。

 悠馬様は呆然とそこに立ちすくんでいましたが、やがて、レジに戻りました。

「すみません、お客様」

「はい」

「店長が今、不在でして、少々お待ちいただけますか?」

「はい」

「次のお客様どうぞ」

 そうして、少し経った後に店長が戻ってきて、無事に客がギフトカードの金額をチャージできました。




「クッソ!あのクソアマ!」

 ダン!

 午後5時の夕方の時に悠馬様の雷が落ちました。今度も不幸なことに小鳥遊さんがいます。

 小鳥遊さんは他のウェイトレスと何か相談していましたが、どのウェイトレスも首を横に振っていました。

 私は、このままでは悠馬様がウェイトレスに怒りを爆発させることは明白なので、念話でそらすことにしました。


「悠馬様」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 しかし、悠馬様は答えません。私には悠馬様の感情がマグマのようなドロドロとした怒り感情が渦巻いていて、言葉にならない、といったことを感じました。

 仕方ないので、悠馬様の気をそらすことにしました。


「悠馬様、森末さんはひどい人ですね」

 ダン!

 そばにやってきた小鳥遊さんが怯え、逃げていきます。

「ああ、あのクソアマ!こんなことさせてただじゃあおかねえ。ぶん殴ってやらなきゃ気が収まらねえ!」

「まあまあ、ちょっと彼女のことを考えながら倫理について考えましょう。彼女の行動は端的に言って悪い行動でしたね?」

「あたぼうよ!あれが悪くなかったら何が悪いんだ!」


「では、問いますが、彼女の行動の何が悪いんですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 悠馬様が静まった頃を見計らって、小鳥遊さんは水とメニューをそっと置きました。

「それは・・・・・・・・・・・・・」

「それは、何ですか?」

 悠馬様の思念が毛糸玉になっています。

「それは、それは〜・・・・・・・・・・・」

 そのままこんがらがっている悠馬様に私は言いました。

「メニュー、来てますよ」


「お?そうだな。・・・・・・・・・じゃあ。すみませーん」

 ビクつきながら小鳥遊さんが来ます。

「はい。何でしょう?」

「抹茶パフェをくれ」

「はい。わかりました」

 私にはわかります。悠馬様の感情は今、私の問いを解いてみたい、という気持ちでいっぱいだということに。

 その証拠に、すぐに思念が送られました。

「あのクソババアが何が悪いかというと〜・・・・・・」


 あまり、こういうことを考えたないのがわかります。悠馬様の感情は予想を超える問題に悩んでいます。

 仕方ないので、私が回答を与えました。

「森末様の行動が悪かったのは、新入りのあなたに責任をなすりつけて逃げたことでしょう?」

 それに悠馬様は膝を打ちました。

「そうそう!それ!俺が言いたかったのはそれだよ!」

「では、また聞きますが、なぜ後輩に責任をなすりつけて逃げることが悪いことなのですか?」

「え?」

 悠馬様の感情を驚きの気持ちでいっぱいです。

「なぜって。そりゃあ、それは悪いことでしょう?」

「なぜ、それが悪いんですか?論理的にお答えください」

「え、え〜!?」

 また、悩んでいる悠馬様にパフェがそっと置かれました。


「抹茶パフェ、きましたよ」

「おお、サンキュ」

 そして、抹茶パフェを頬張る悠馬様に私が回答を与えました。

「なぜ、彼女の行為が悪いのか?それは誰が見てもまだよくわからない後輩に責任をなすりつける行為自体が悪いから、ではないですか?」

 それにパフェを食べるのを一旦やめ、また膝を打ちました。

「そうそう!それ!いやー、ブブ様はいいことを言うなぁ〜」


「では、また聞きますが、悠馬様は自分の得になることしかしない、と言いましたね?」

「ああ、言った、言った」

「では、問いますが、なぜ?悠馬様は森末様を非難できるのでしょうか?悠馬様は言いましたね。俺は自分の得になることしかしない、と。それは森末様の今回の行動も同じではないですか?森末様は自身の特になる行動をして、あなたに責任をなすりつけた。それはまさしく、あなたが普段、言っていること、やっていることと一緒ですよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 私は一種の賭けに出ました。これで逆ギレさせる可能性もありえるかもしれません。そうなれば、私は消滅して、終わりです。しかし、悠馬様から感じ取れる感情は意外なものでした。

「俺と、森末が同じ、か」

「はい」

 悠馬様は腕を組みます。

「考えれば、そうだよな。俺も自分の得になることしか考えていなかったよな」

「悠馬様」

 私は心から安堵した感情が溢れます。


「でも」

「でも?」

「俺が今まで悪いことはわかった。だけど、これから変えていく、というのがわからない」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「確かに、そうだよ。俺は自分の得になることしかしなかった。だけど、それって俺から言わせればすごく当たり前なことなんだ。クラスメートも先生も親もテレビの芸人もみんな自分の得になることしか考えていない気がする。そんな生活が当たり前だったから、どういう風に自分が自分を変えていくのがわからない。ブブ様のいうこともわかるよ。でも、自分がこうありたい!正しい道を歩んでいきたい!という、なんていうのかなぁ、実感というか」


「そういうモデルがないから自分がなれる気がしない、というのですね?」

「そうそう!それそれ!」

 また、悠馬様は膝を打ちました。

「いや、ブブ様はほんといいこと言う!それなんだよ!俺の言いたいことは!」

 そして、悠馬様はウンウンと頷いていました。

「まあ、それはゆっくり考えればいいんじゃないですか?実感のわかないものを無理に考えたら、かなりストレスがかかりますよ」

「そうするよ」

 そして、抹茶パフェを平らげると悠馬様は店から出ました。家路につく悠馬様の目は鈍色の色をしていました。



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