第3話子供っぽい少年 2

 悠馬様が歩いています。学校の中を。

 家でいる時とはまるで別人のようにとぼとぼ歩いています。そんな悠馬様の背中を大きく叩くものがいました。


「おはよう!ガリ勉くん」

 それに悠馬様は伏し目がちに答えます。

「あ、どうもです」

 そして、自分のクラスの3―Aに入りました。悠馬様が入った瞬間、ざわめきが収まり、そしてすぐにまたさっきとは別の色の囁き声がしました。

 烏丸だ。

 あいつ、東大落ちたんだってな。


 そうそう、他にも志望校超有名大学にしてさ、滑り止めも考えとけばいいのにさ。

 いや、なんでもあいつの母親がそんなこと許さなかったらしいよ。なんでも、有名校に合格しなければ進学させないつもりらしい。

 あいつもバカだよな。3年間。一度も遊ばずに勉強ばかりやってさ、それでこんな羽目になるなんて。


 うんうん、かわいそうよねー、烏丸くん。もっとマトモな親がいればこういうことにはならずに済んだのにさ。

 うっそー、じゃあ、あいつ将来はフリーターなの?めっちゃかわいそうじゃん。

 そうやってあわれみのこもったひそひそ話に悠馬様はじっと下を向いていました。




「全く!」

 悠馬様はテーブルにガツンとこぼしを打ち付けました。

「あの野郎ども!」

 そして、憤懣(ふんまん)やるかたない表情で言いました。

「俺が世界を征服したら、あの野郎どもは奴隷だよ、ど・れ・い!そんなものにして俺様にあんなことを言ったことを後悔させてやる!」

「あ、あの」

 そんな険悪な表情をしている悠馬様に一人の小心者風に見えるウェイトレスが近寄ってきました。

「お客様、ご注文、の方は?」

 そのウェイトレスに彼はギロリと睨み、ウェイトレスの表情が強張る。

「いちごパフェ。期間限定いちごパフェだ!いいか!15分後に持って来ねえとただじゃあおかねえからな!」

 ウェイトレスは雷に打たれたかのように屹立しました。


「はい!期間限定のストロベリースペシャルですね!ただいまお持ちします!」

 そうやって足早にさって行きました。

「これ悠馬様」

 そう、私が念話で呼びかけると、悠馬様は頭を動かしました。

「なんだ?これは」

「念話です。私があなたの心に直接呼びかけているのです。応じる時には心の中で声を出してください」

「うーん。よくわからんぞ」

「まあ、私が話していたら気持ち悪がる人もいますから慣れてください」

「まあ、ブブ様がそう言うならなんとなくやってみるが」

 そう言い、彼は素直に念話に応じてくれました。

「しかし、何の用だ?ブブ様?もしかして、俺の世界征服計画に参加する気になったのか!?」


「いえ、そう言うことではなく」

私は間をおいて話しました。

「先ほどの学園生活のことです」

それに悠馬様は、ああ、と言いました。

「だからあいつらをだ。将来は奴隷にして・・・・・・・」


「いえ、そう言うことではなくて、学園の生活の態度はいつもあんな感じなのですか?」

「そうだよ。だって、俺学校に入ったとき勉強ばかりしていたからすっかりガリ勉キャラになったんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 悠馬様の言っていることはイマイチ分かりづらいのですが、勉強ばかりしていたらガリ勉キャラとはどういうことでしょう?


 しかし、学校の悠馬様は普段の悠馬様とは違っていました。別にそれ自身は不可思議なことではなく欧米でも、同僚同士の関係や、ボスとの関係、それと親しい友人との関係や、恋人同士に関係をそれぞれ別の態度を示すというのはよくありますが、それにしては先ほどの悠馬様の態度と今の悠馬様ではあまりにも違いすぎます。

 長年、欧米の世界に降り立っていた私としましてはなんとも日本という国は不思議な場所です。


「それで話はそれだけ?」

「いえ、まだあります。悠馬様、あまり人をいじめない様にお願いします」

「いじめ?別に俺はいじめてないけど?」

「先ほどのウェイトレスの態度はまさしくいじめであると言えないのですか?」

「あれはいいんだよ。お客様は神様なんだから。俺が金を出しているんだから、従業員に対しては何してもいいの!」

 はたまた。あまりにも驚きの発言をくらいました。


 お客様は神様だから何をしてもいい、というのは本当に驚きです。

 長年欧米に行きましたが、フランスでは国民のために色々と保護を与える政府に抗議デモを頻繁にすることは珍しくありませんし、他の国でも医療従事者や公共の交通機関の従業員がデモをすることも珍しくありません。


 例外があると言えば、アメリカではチップ欲しさに親切な対応を客にしていますし、ドイツなのではスーパーなので長い列になっていると集団クレームをすることもあります。

 ただ、日本では欧米とはかなり違う、という感じを受けました。欧米の人たちは自分から積極的に発言をすることを良しとされている反面、日本人ではどうも受け身的な印象を感じます。

 先ほどのガリ勉もそうでしたが、どうも悠馬様が進んでそのキャラクターになっているというより、周りからそのキャラクターを押し付けられているように感じます。


 そして、先ほどのウェイトレスも悠馬様の顔色を伺うように話されていた感覚があります。

「はい。お待たせしました!」

 先ほどのウェイトレスがすぐにパフェを持ってやってきて、丁寧に悠馬様のテーブルにそれを置きました。

 しかし、すぐに悠馬様の雷が飛びました。

「遅い!1分半遅れているぞ!」

「は、はいぃぃぃ!すみません、すみません!」

「全く、ここの店はたるんでるな!客をこんなにも待たせるなんて!ああ!SNSでこの店をクソレストランと書き込んでやろうか!?」

「はいぃぃぃ!それだけは、それだけはどうかお許しください!」

 そうやってウェイトレスは平謝りをしました。

 私は念話で悠馬様に止めるように言いつづけましたが、しかし、悠馬様は聞く耳を持ちませんでした。

 



「ただいま」

 悠馬様の挨拶に私はある種のおかしさを感じざるを得ませんでした。

 悠馬様はどちらかと言えば、悪い人のように見えますが、しかし、学校ではしなかったのに家に帰ったらちゃんと挨拶することがなんともおかしいですね。

「お帰りなさい」

 悠馬様の挨拶にリビングにいたお母様が挨拶を返されました。

 そして、悠馬様がリビングに上がっている時に、先ほどのお母様の血の気がない挨拶よりも、明るい声が聞こえました。


 まあ、一馬!こんな問題も解けるのね!

 ・・・・・・・・・・・・

 やっぱりお兄ちゃんとは頭の出来が違うわね。入る高校もお兄ちゃんとはずっと上の進学校だし。

 ・・・・・・・・・・・・・・

 お兄ちゃんとは違ってドジを踏まないでよ。目指すは東大合格よ!

 ・・・・・・・・・・・・・・




 バタン!

「クソ!」

 悠馬様は乱暴にカバンと卒業調書をベッドに放り投げました。

「あの。先ほどの会話は」

 悠馬様はカバンからコーラを出して、言いました。

「ああ、あれは弟の一馬だよ」

 そうしてコーラを悠馬様は飲みました。

 先ほどの会話。そして、学校での同級生のひそひそ話を勘案するに。


「もしかして、一馬様が優秀だったから、悠馬様は大学に進学できなかったのですか?」

「そうだよ。それ以外に何がある?俺は東大の受験に落ちたんだぜ?当たり前だろ?」

 そうして、またくいっとコーラを飲む悠馬様。

 それに私は言葉が出ませんでした。

 東大に受からないから、大学に進学させない?そして、ずっと勉強漬けの日々を送って、目的の大学に進学できなかったら他の大学に進学させない?

 正直言って意味がわかりません。もちろん欧米にも子を勉強漬けにする親もいます。

 しかし、その場合はどちらかというと子供が学校の授業で学問に興味を持ち、子供の目的に沿って親がサポートすると言ったそういう形がメインでしょうか?

 欧米の場合問題となるのは、学問に興味を持たず、ゲームやドラッグをして目的もないまま遊んでいる子供たちが問題であって、こう言った悠馬様のケースは非常に特殊なものに写ります。


 大抵、勉強ばかりしている子供たちは欧米の場合は落ち着いた感じがあるのですが、悠馬様はどちらかと言ったら、かなり子供っぽいです。

 日本の高校は一体子供たちに何を教えているのでしょうか?

 確か、日本の高校は暗記づくの授業を教えている、という知識はあるのですが、高校は義務教育ではなく、高等教育の基礎を教える場所。それなのに悠馬様のような勉強ばかりしていて、精神的に未発達な子供を生み出すことが日本の大問題ではないでしょうか?

 一応、私も日本の文献を当たってみましたが、政府は日本の子供たちの学力に一喜一憂しているようでしたし、識者の間では日本の詰め込み型の勉強を批判したり、歴史認識に議論の終点があたるようでしたが、それよりも、こういう悠馬様のような精神的に未発達な子供を大人にすることが一番重要な教育の問題ではないでしょうか?


 しかも、それを誰がするかですが、日本の場合だと大方学校がするものだ、と暗黙の了解があるようですが、普通欧米では子供の心の成長は親や地域社会が担うものです。

 学校は知識の伝達の場所であることは欧米の当たり前のコモンセンスですが、どうもそれがわかっていない識者が多くいるように感じられます。


 悠馬様のお母様を見てもどうも子供を勝ち馬に乗せたがっているように見えますし、識者の皆様も塾通いの子供の教育を批判しているようですが、しかし、子供自身の意見で塾通いをしているわけではありません。親がさせているのです。そういった一番子供に影響力を与える親や地域社会に日本の教育は全く焦点があっていないのがかなりおかしいですね。


 そんな私の考えを知らずにコーラを飲みながらスマホにかじりつく悠馬様。スマホでは何か派手な演出がなされているようですね。そして、それが終わると悠馬様は憤激しました。

「畜生!3万石使ったのにガブリエルちゃん出ねえじゃねえか!?俺の石を返せ!」

 悠馬様がやっているのはゲーム、でしょうか?あれはソーシャルゲームなのでしょうか?

 

人間界ではやっているとは聞いていますし、私も欧米に降り立ってみたことはあるのですが、どうも日本のゲームは欧米のものとはかなり違っていますね。

 絵が非常に独特で子供向けアニメでもないし、やたら女性の性的魅力を強調する絵ですね。

 欧米では大人向けのゲームでは映画のように絵が実写的でしたが、日本のゲームの絵は独特ですね。

 それで今ガブリエル様の名前を言いましたか。まあ、私も著作権ぐらいは知っているのですが、国ごとに発行されていくらか年月が経つとそのコンテンツが解禁されるらしいですね。

 それで、私はピンときました。初めて悠馬様に会った時に私を知っている、ということを。

 なるほど、このようなゲームで神々を登場させて、クリスチャンが少ない国でも私のことを知っているということになるのですね。


 なんとも日本という国は不思議な国ですね。

 それはともかく、悠馬様は今度はゲーム画面ではなく、テキストを打つような画面に切り替えました。そして、一心不乱にテキストを売って送信したようです。

「何をなさっていたのですか?悠馬様」

「ああ、あれは俺のガブリエルが出ないんでゲームの評価を一にしてボロカスに言ってやったんだ」

別に、そこまですることは・・・・・好きなんでしょう?そのゲーム」

 そうたしなむ私にキッと険のある視線を悠馬様は送りました。

「いいんだよ!ガブリエルが好きで始めたゲームでばあちゃんとかのお年玉をふんだんに使って購入した石なんだから!それで一つも引けれないというのはありえんだろ!」

「引けれないというのは、もしかしてランダムで引くんですか?」

「ああ、それ以外に何があるよ」

 当然のようにいう悠馬様に私はびっくりしました。欧米のゲームではあまりランダムに引かせるゲームはなくて、それはもう見事に期間限定で購入させたりするのに、日本ではそうなっていないんですね。

 私なら、というか誰も考えると思いますが、そういうゲームはしないと思うのですが。しかも、それで特定の人物だけを引こうとするのは想像を絶します。

 よく、日本の皆さんはそんなゲームにお金を出せますね。

「普通に考えてですよ。悠馬様。普通に考えてそんなランダムで特定の人物を出せるわけがあるわけがないと思うのですが、そういうのは考えたことはないんですか?」

「ああ!?」

 また、悠馬様は険のある視線を送った後に、子供っぽく唇を尖らせました。

「だって、実際に手に入れたっていうレビュー見たから俺も手に入れれるかなって、思ったんだよ。他の人が手に入れて俺が手に入れれないのはおかしいだろ!」


「いや、あのですね・・・・・」

 本当に日本の高校は何を教えているんでしょうか?統計の基本を教えていないんでしょうか?

「悠馬様、そのゲームには何千、何万というユーザーがいますね」

「ああ、レビューの数も1万はいっていたからそれくらいいるんじゃない?」

「その一万という方たちが一斉にガチャをしたとします。そうすると普通に考えて強力なキャラクター、例えばガブリエルですが、それを手に入れれる人は何百人かはいますね」

「まあ、いるかもしれねえな」

「そのゲームのガブリエルというキャラクターが強くて、なおかつ魅力的なキャラクターならば当然、手に入れた人は嬉しくて、ガブリエルを手に入れたぞ、というレビューを書く可能性が高いですね」

「う、ううん。そうかもな」


「だから、別に悠馬様が手に入れれなくて他の人が手に入れてもおかしくはないのです」

 これで私の話を了解してくれたと思いましたが、甘かったです。悠馬様はビシッとスマホを指して言いました。

「でもさ、でもさ!URのガブリエルちゃんだけのピックアップガチャなんだけど!しかも、URはガブリエルちゃんだけど、排出率は2パーセント!しかも!それを100回回した俺が手に入れれないってどういうことだよ!やっぱりおかしいよ!」


「あのですね、悠馬様。別に2パーセントが積み上がって200%になるわけじゃないんです。一回で2パーセントの確率があってそれを100回繰り返しただけですよ。ずっとハズレを引く可能性だってあるんですから」

 それに悠馬様は口をへの字に結びました。

「でも!なんで他の人が手に入れているのに俺だけが手に入れれないんだ!」

「それは運次第で仕方ないんじゃないでしょうか?」

「お・れ・は・他の人が手に入れているのに俺が手に入れれないのがおかしいだっていっているんだ。とにかく俺が手に入れたいものは手に入れたいんだよ!」


 なんとも、もはや駄々っ子ですね。これが本当に高校生を卒業した人とは思えません。

 そして、そっぽを向きました。

「ところで」

 これ以上この会話をしても不毛だと知った私は話を変えました。

「卒業してからどうするつもりですか?」

「ん」

 悠馬様はコーラを飲み終えると言いました。

「もちろん働くよ。働けばじゃんじゃん金もらえるだろ?それでガブリエルちゃんをゲットするつもりだぜ」

「はぁ」

 どうやら、彼に生産的な話は無理らしい、というのを痛感した時でした。




 今、悠馬様はコンビニのフランチャイズ店内の中にいます。

 私は部屋の上に張り付いて下を見下ろしました。

 悠馬様はガチガチに緊張しています。オーナーの人は2、3質問して、悠馬様はビクつきながら答えました。

 そしてオーナーさんは後日連絡をする、と言って悠馬様を放ちました。悠馬様はペコペコと頭を下げて、そのコンビニから出ました。




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