第2話子供っぽい少年 1
1章 子供っぽい少年
「はは、やったぞ。ついにやったぞ!」
最初に聞こえたのはその言葉でした。というより、聴覚を復元した後に聞こえた言葉はそれでした。
もともと、私たち霊体の体にとって五感はさほど重要なものではありません。重要なのは霊体を保全するための魔力が重要なのです。
魔力とはなんなのか?それは人が神を名付ける時に決まります。
例えば、ミカエル様であれば正義の心、ガブリエル様であれば愛の心です。しかし、純粋魔力とも呼ばれるものも存在し、それはそれだけで全ての霊体に適応される魔力です。
私はカナンにいた頃は新生の象徴。特に人の赤子が必要だったり、人の精欲で魔力をもらっていましたが、悪霊、魔王となった今は非常に曖昧(あいまい)で、簡単に言えば人の負の感情で魔力をもらい生きていくことができるのです。
とは言っても、天界、魔界にいればの純粋魔力がたくさんあるので、人から魔力を取ることにそんなに苦労しなくてもいいのですが。
しかし、下界に行くものにとっては魔力は必要なもので、特に私のように魔王のような強大なマナを持つものにとって、マナを還元できる魔力は重要です。
そして、下界に行くときに、その魔力の吸引、かつマナに変化させ霊体を保つ仕組みに全神経を集中し、集中したが故、体はできても五感の構築は後回しになりました。
なので、あの少年は五感を持っていない私を見て、そして、私が五感を構築して初めてあの少年を気づくことができるのです。
私は辺りを見渡しました。
あの少年はいますね。しかし、ここは・・・・・学校でしょうか?今は夜で傍らに大きな建物が見えます。
多分、日本の学校であるような気がします。
なにせ、これまでは北米やヨーロッパを中心に降り立ちましたから、日本の風景を見るのは初めてですが、北米やヨーロッパと違った非常に特殊な風景をしていますね、日本という国は。
北米のニューヨークを別とすれば、非常に広大な農業地帯を背景としたワイルドな風景でもなく、ヨーロッパの昔ながらの風景を尊重した国々でもなく、何かおかしな風景ですね。
モダンといえばモダンですが、遠くに見えるビル群の無秩序さや、かといってとってつけたかのような木立や雑草という点から言っても非常にユニークな町の外見をしています。
なおかつ、この大きな影の、学校は非常に変で、学生たちの学び舎のはずなのに監獄のような無機質性を持っており、しかもそれがこの混沌としたモダンな街にぴったり合うから不思議です。
それはともかく、私は少年に話しかけました。
「貴方が私を呼んだのですか?」
そう、尋ねたらその少年は大層(たいそう)驚きました。
「おお!喋ったぞ。なあなあ、俺あんたに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「ええ」
「あんた。魔王ベルゼブブ?」
「はい。今はそうです」
そういうとその少年はガッツポーズを出しました。
「やったぜ!これで世界の奴らは皆殺しだ!」
「これこれ、少年」
少年は不思議そうな顔をしてこちらに向き直ります。
「相手の名前を訪ねるのは、まず自分の名前を言うべきでしょう?どこの国でもそのルールは変わらないと思いますが?」
そう言うと、少年はなんとなくがっくりと肩を落としました。
「なあ、あんた。本当にベルゼブブ?なんか雰囲気が想像したのと全然違うんだけど・・・・・・・」
そう言う少年の反応に意を介さず私は言いました。
「自分の名前」
しかし、少年は素直に私の言葉に従ってくれました。
「烏丸悠馬(からすまゆうま)」
「悠馬様ですね。私のことはベルゼブブとお呼びください」
「いや!」
烏丸様は大きな声を出して、手で制した。
「ブブ様と呼ばせてくれ!」
「ブブ様?なんですかそれは。私はそんな呼ばれ方したことがないのですが?」
「人間界じゃあそう言う呼び方が流行っているんだって!是非呼ばせてくれよ」
そうはいっても、北米でもヨーロッパでも私をそんな風に呼んだ人はいませんでしたけど?
「まあ、ご自由に。と言うより、私は日本で有名なのですか?」
「モチのロン。日本じゃあ大有名。ちょっとしたアイドルと言っても差し支えのない大人気魔王だぜ」
「はぁ」
なぜ、人口の1%ほどのクリスチャンしかいない国で私はそんなにも有名なのでしょうか?
その時、私は思い出しました。私を名付けた人たちが滅んだことを。
そして、私を悪霊にした神に今私が支えているということ、そしてなおかつ、それがクリスチャンが多くない国で私が覚えられているということに私は大きな感慨を覚えざるを得ませんでした。
結局、私は私を慕ってくれる人に何もできませんでしたね。人の運命には関与しない。たとえ、その運命が己が身を滅ぼすことになっても。しかし、私を慕ってくれる人には何かをしたかったですね。個人的に。
「それはともかく」
悠馬様は期待を寄せる目で私を見つめました。
「なあなあ、あんたベルゼブブだろ?魔王だろ?魔王と言ったら悪いことするやつだろ!?ならさ、世界中の人を俺の奴隷にしてくれないか?俺を世界の王にしてくれ!抵抗するやつは皆殺しにしようぜ!」
それに私は苦笑しました。
確かに私は人を殺す能力は備わっていますが、神は人の運命に関わるべきではないという暗黙のルールをどうやって彼に伝えるか。
それに私が世界征服をしようとしても天主が下級天使に命ずれば簡単に私は負けます。
悪魔は天使に勝つことはできない。そう人が神の法則を決めたのですから、私に魔王という属性がついている以上、私はどんな力の弱い天使に勝つことは出来ません。
そう、私がその天使よりはるかに強いマナをもっていようと、人間に定められた法則の範疇(はんちゅう)を超えることはそもそも私たちには出来ないのです。
しかし、それをどうやって彼に伝えるか。今までもそれを伝えるのが一番苦労している部分です。
悩んだ末、私は言いました。
「いえ、私はしません」
「なんで!?」
「私は人を支配したくないのです。金にも女にも興味はありません」
ここで、いつもくる反論の、これから好きになればいい、という反論をどう対処しようかと考えていたところ、彼はあっけなく頷きました。
「そうか、なら仕方ないな」
私は拍子抜けしました。欧米人相手だとここでいつも口論をするので一番めんどくさい場面ですが、日本人の彼はやけにあっさり頷きました。
日本人は真面目で礼儀正しい、とは聞いていたのですが、まさか世界征服を企む人が真面目で礼儀正しいわけがないと思っていましたが、いやはやなんとも驚きです。
本当に日本人というものは欧米人に比べてなんとも変わっています。
「でも、世界征服ができないのならどうしよっかな」
彼は一人後ろに俯いてブツブツ言いました。そんな彼に声をかけます。
「あの、世界征服は無理ですが私はあなたのそばにいますよ」
それに彼は振り向いて好奇のキラキラした目で言いました。
「本当か!?」
「ええ、ちょっと待ってください。流石にこの姿では目立つので」
今の体は全長2メートルのかなり大柄な姿です。その体内に備えた機能をコンパクトにして、そのまま体型を変化。
「できました」
私は先ほどまでは悠馬様を見下ろしていたのですが、今度はこちらが見上げました。
「おお、ハエだ!」
「はい。下界にいるときは大体こういう姿をしているのです」
そして、私は悠馬様の肩に止まりました。
「では、帰りましょうか。悠馬様」
「あ、でも、変化してくれるなら女の子の姿をしてくれれば良かったのに」
「いえ、私の性別は男性と決まっているので」
昔は天使は両性でしたが、今では一人の天使、悪魔ごとに性別は決まっています。これもやはり人間が決めた格言に沿って我々も変化していったのです。
「まあ、いいか。では我が家に帰還するか」
「はい」
そうやって悠馬様は歩く道すがらこうも問いかけました。
「世界征服が無理なら、俺の気にくわない奴ぶっ殺してくれない?」
「私は殺人は好きじゃないので」
「残念だな。じゃあ、何のために俺の召喚に応じてくれたんだよ」
そういって悠馬様は頬を膨らませました。
別にあなたが私を呼んだのではなく、私があなたのところに行ったのですけどね。
キリスト教においては黒魔術、白魔術両方禁じられています。
中にはそれを試す人もいますが、大方の人が天使や悪魔を呼ぶことができないと信じていれば、私たちはどうあがいても人の力では呼べないのです。
そして、人は悪いことが起きた際には何かと悪魔のせいにしたがるので、悪魔も人間界に降り立がらないのです。
しかし、天使だと大勢の人々に喜ばれますが、悪魔の場合だと嫌われます。
私たちは人の格率にしたがって生まれてきますから、人が悪魔よ去れと念じれば、それだけで悪魔は消えます。
そして、だからこそ神はあまり人に関わりたくないのです。人はかなり身勝手で天使や良い神にでも自分の欲望を知らず知らずのうちに通そうとして、邪魔になればいなくなれ、と唱えれば人間界からも消えますし、ましてその天使や神の悪い噂まであげたら、存在が危機的状態になるのです。
実際に私は主神から魔王になったのでそれはよくわかります。だから、天使や神は滅多なことでは人間界に降りてきません。
「ついたぞ、ここが俺の家だ」
そういって悠馬様が指差したのはアメリカ風のモダンな建物でした。ですが、やはりアメリカの一軒家とは雰囲気がだいぶ違います。
欧米風の建物ですが、どこかこぢんまりとして、かなり日本らしさを私は感じました。
「さ、上がってくれ」
「はい」
そして、初めて私は悠馬様の家に上がりました。
最初玄関を上がった時に驚いたのは悠馬様が靴を脱いだことです。
私はどこが靴を脱ぐスペースなのかわからないのでかなり戸惑いました。正直言って人間型ではなくてよかったです。
そのまますぐ右手に悠馬様は移動しました。
目に入ったのは世界中でおなじみのリビング。テレビとファンヒーター。
ファンヒーターは例えばカナダだとあって当然ですが、テキサスあたりになるともう撤去している家も珍しくありません。今は3月ですが、日本は今でも寒いのでしょうか?
その時、私は温度覚も備えることにしました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
少し寒いですね。霊体と言えど、本来の私は天界にいて、ここにあるのはマナで作られた構造物です。もちろん、衝撃を受ければ砕け散るし、あまりの暑さや寒さなどでは体の機能に支障をきたすかもしれません。
一応、私の能力、人の負の感情をマナに変換する能力を使って、負の感情を吸引、そしてマナに変換して、体を温めておきましょうか。
それから、また、ざっとヘアを見ます。リビングには棚もあり、アルバムや育児関連の本が目につきました。
「クソババア帰ったぞ」
そういって悠馬様はどかっと食卓の椅子に体を預けました。
「さっさと食わせろ」
悠馬様のお母様が出てきました。まだ、シワはないですが肌にツヤがないどこにでもいる中年のおばあさまです。
「はいはい」
そういって、テキパキとキッチンに行って悠馬様のお夕飯を出してくれました。
「なんじゃ?こりゃ?ご飯と味噌汁とシシャモじゃねーか。まともなもの食わせろよ」
しかし、お母様は幽霊のごとくその場から去りました。
「チ!しけたやろうだぜ」
なんとも、またしても私はカルチャーギャップを受けました。
日本人というものは礼儀正しくて優しい人たちではなかったのですか?まあ、私を呼ぶ人ですから性格的に曲がっているのは容易に想像することはできたのですが、しかし、あまりにもちぐはぐな性格の変化に私は驚きを禁じえませんでした。
素直に私のいうことを聞くかと思えば、自分の母親にはこういう対応を取る。あまりのもおかしいです。
それから彼はぶちぶちと不満を言いながら夕食を食べました。
「ああ〜あ、疲れた」
お風呂上がりの悠馬様が不満そうな表情でタオルで髪を乾かしています。
そして、ドライヤーで髪を乾かします。悠馬様の髪は昨今では珍しくない、ちょっと髪を伸ばしたヘアスタイルをしています。
神は自分ヘアスタイルの形を気にしませんが、人間たちは自分の髪や髭、服装にたいそう執着しているようで私にはわからない世界です。
「よし、完璧!」
そういって悠馬様はにっこり笑いました。
ちょっとしか悠馬様と話していませんが大体彼の性格はわかりました。いい意味でも悪い意味でも悠馬様は子供っぽいんですね。
「どうよ?ブブ様!俺のヘアスタイルは!」
そうはいってものの、髪の毛が密着せずにサラサラしたような髪型をなんというか私には知りません。こういうのを人はかっこいい、というのでしょうか?
「まあ、似合っていますよ」
「よっしゃ!」
そういって悠馬様はガッツポーズを出して、スタスタと自分の部屋に戻りました。
そして、どさっとベッドに腰を下ろしました。
「ブブ様は明日このうちにいるか?俺は学校に行くけど」
「いえ、私もあなたのお供をさせて欲しいのですけど」
それに彼は苦い顔をする。
「う〜ん、まあいいか。世界征服しまえば構わないし、俺の学校での待遇を知ってもらいたいしさ」
どうやら、まだ悠馬様は世界征服の夢を捨てきれていないようですね。
「そうか、じゃあおやすみ」
「おやすみなさい」
そう言って彼は布団にもぐって寝てしまいました。
霊体の私は睡眠など必要ではないのですが、一時的に体内の機能をフリーズすることができます。それは何時間後に起きる設定もできるので人間の睡眠とはだいぶ感覚が異なるものです。
今は3月ですね。日本の場合3月というのは学生で言ったら今の学年の終わりですか。
私はちらりと悠馬様を見ました。見るからに高校生のようですが、多分、2年か、3年でしょう。その年が終わる。どちらにせよ。次は受験か、大学進学ですね。
「おやすみ、悠馬様」
それから私も体をフリーズさせました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます