純愛

サマエル3151

第1話宿命の子

純愛       

                                  

                                サマエル




主よ思い起こしてください

 あなたのとこしえ憐れみと慈しみを

 私の若い時の罪と背き(そむき)は思い起こさず

 慈しみ深く、御恵(ごめぐみ)のために

   主よ、私を御心(おこころ)に止めてください。

 主は恵深く正しくいまし

 罪びとに道を示してくださいます。

 裁きをして罪びとに貧しい人を導き。

 その契約と定めを守る人にとって。

 主の道はすべて、慈しみ(いつくしみ)とまこと。

 主よ、あなたの御名(みな)のために。

   罪深い私をお許しください。             旧約聖書 詩篇 25












 序章 宿命の少年




 私はある巻物を読んでいる。そこには定められた宿命を背負わされた人間のリストです。

 上の欄(らん)に人物名が、下の欄(らん)にその宿命が。

 そして、私は一人の人物のところで止まった。

 ・・・・・・・・・・・・・

 思案する。その人物の宿命はかなり特殊な宿命の持ち主で私は彼に接触するかどうか迷っていた。

「・・・・・・・・・行きますか」

 私は羽を広げて彼の元へ飛んで行った。




 私がその門の前へ来ると警備をしていた男性の天使たちが緊張を緩めた。

「どうも、ご苦労様です」

 私の体の性質上お辞儀(おじぎ)はできないが優しい声で挨拶をする。それに天使たちも答える。

「お疲れ様です。ベルゼブブ様」

 私の名はベルゼブブ。カナンの地でバアルとして過ごしていたが、ここの今の天界の主人、天主によって悪霊とされて今はその神に従属している。

 下界の人間たちは神というのは確かなものだと思っているらしいが、そんなことはなく神と人間は相互に干渉をし合っている。

 神は人の運命をある程度決め、人を神に名を与える。それによって神の性格が決定され、またその神によって人の運命、宿命が決まっている。

 よく、人間たちは神々の戦いというがそれは神の世界ではあり得ない。一応戦うことはできるが、その場合人間界にも大きな影響を与えるので、人に名と性格を与えられる神は神との戦いを好まない。

 それよりは、穏健にしていた方がスムーズに神は人に運命を定める作業をし、それによって人間界は安定すれば、神の世界も安定するのだ。


そして、私ベルゼブブも一人の神によって主神から悪霊になり隷属(れいぞく)し、それを人が書き留めたことによってベルゼブブの地位は確定した。

「ミカエル様とガブリエル様はいますか?」

 それに天使たちも頷く。

「います。お入りください」

「失礼します」

 金色の門をくぐると、そこには風が澄みきり。片方には林、片方には池がある、人間風に言えば楽園のような場所だった。

 私は飛び立ち、その中で一際金色色の強い一つの建物に入っていく。

「失礼します。ベルゼブブです」

 中に入るとガランとした通路が現れまっすぐ中央の通路に進む。そして、ある扉の前に来た。

 

いますね。この感じはガブリエル様とミカエル様、そしてラファエロ様でしょうか?

 私は魔力の腕で扉を開いた。

 果たせるかな。そのお三方はその部屋にいました。

 まず、私に挨拶をしてくれたのは巻物を広げた屈強そうな天使ミカエル様です。

「おお、こんにちは。ベルゼブブ。元気だったか?」

「はい、それはもう」

 そして、私は部屋に入り大きなソファーに体を沈み込ませます。

 その部屋は金色のタイルを基調(きちょう)に書棚と観葉植物が入り混じった、とても神秘的な部屋でした。


「隣いいかしら?」

 そう声をかけ絵くださったのはガブリエル様です。

 ストレートのブロンドヘアと青い目、抜群のプロポーションを持って大天使は私に優しく声をかけてくれました。

「どうぞ、おかけになってください」

「失礼します」

 そして、彼女は私の隣のソファーに腰をかけました。


「ベルゼブブ殿、それで今日は何用で?」

 そう言って、ガブリエル様と同じ髪と目をした端正な男性の天使ラファエロ様が私の前にマナポーションを置いて言いました。

「どうぞ、お飲みください」

「失礼します」


 そして、私はラファエロ様がくださったマナポーションの蓋(ふた)をやはり魔力の腕を使って開け、そのマナを吸収した。

 神にとっても外科医の動植物と同じように自分を働かすエネルギー源が必要です。それはマナですが、しかし、もともと、この天界にはマナが満ち溢れ、このマナポーションは栄養補給というよりも霊体の感覚を気持ちよくする、いわば人間界で言うところのドリンクみたいなものです。

 ミカエル様はスクロールを置いて、私の正面のソファーに腰をかけました。

「それで貴殿は何の用でここに来たのだ?」

 ミカエル様は腕を組み丸刈りにした頭で高圧的に言ってきましたが、普通の人間たちにはこれは良くない態度と言うのですが、私たちは長年にわたり生活し知っています。これが単なる彼の癖(くせ)であると言うことは簡単にわかります。


 傍らには私の顔を見てニコニコ笑うガブリエル様を感じながら私は言いました。

「私に下界に行かせて欲しいのです」

 しばしの沈黙。そのあとにため息が一つ漏れました。

「そんなことをわざわざ言うために来たのか?」

「はい」

 また一つため息がミカエル様から溢れました。

 それにガブリエル様は笑みを深くして、ラファエロ様は普段通りの表情で聞いています。


「うーん」

ミカエル様は天を仰いだあと言いました。

「ベルゼブブ」

「はい。ミカエル様」

「本来、私たちは君の行動にとやかく言う所以(ゆえん)はないんだ」


「いえ、しかし、私がいないと言うことは天界の仕事をする人間がいなくなるわけで、一応報告はしておかないと」

「いやいや、私たちはね、君に大変感謝をしているんだ。わかるかね?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「そう、ベルゼブブ。いやカナンの主神バアル。君はあの時、我が主人イエス様や預言者たちを殺すこともできた。だが、君はしなかった。あまつさえ、我が主人が君を悪霊へと貶めた(おとしめた)際にも君は何もしなかった」


「・・・・・・・・・・・・・・」

「それどころか悪霊になって今なお、私たちを手助けしてくれている。君が私たちの信者を何人も助けたことはは誰もが知っている。正直に言って我々は君には頭が上がらないんだ」


「それは神は人の運命に関与すべきではない、という鉄則に従ったまでです」

「うん。その通り。しかし、そのせいで君は主神の地位を追われ人間界には魔王と呼ばれているのに私たちの手伝いをしてくれている。私たちは君に感謝をしても仕切れないし。何より、君は元を言ったら私たちキリスト教の天使ではない。異教の神だ。客には敬意を持って接することは当然だし、このキリスト教界の中でも君は際立って(きわだって)特別な存在だ。もう、君は自由に行動してくれていいのだよ」


「・・・・・・・・・・・・」

 その言葉を私は身じろぎせずに静かに聞いていた。

 そして、4本の組んでいた手を解く。

「では、あの少年に会いに行きます」

 それにミカエル様は眉を動かずに言いました。


「あの少年。あの特殊な星を持った少年か?」

「はい。神は運命に関与してはいけない。しかし、あの少年は運命よりもさらに強い宿命を持っていますから、私が関与しても彼の宿命は変えられないでしょう」

「そうか」

 ミカエル様は立ち上がって背を向けました。

「こうしてみると天使たちの仕事も嫌なものですね」


 傍らのラファエロ様落胆の色を滲ませた(にじませた)冷静な口調で言いました。

「人が誕生してからというもの、我々が生み出されましたが、しかし、私たちは人に運命や宿命を人に与えます。いい運命や宿命だけを与えれば良いのですが・・・・・・・・」

「ラファエロ様」

 明らかに青い表情をしているラファエロ様に私は優しく言いました。

「それは古今東西。どんな神も思っていることですよ。人も神も一緒です。与えられた職責(しょくせき)を全う(まっとう)するしかありません」


 それにラファエロ様は襟(えり)をただしました。

「失礼しました。貴方様にこんなことを言うのは無神経でしたね」

「良いのですよ。むしろ、私は魔王として人々に記憶されているのですから。多くの人に記憶されず滅んだ神もいることを考えれば私は幸運の部類に入りますよ」

 そして、私は席を立ちます。

「では。行ってきます」

 そのまま部屋から出ようとすると背中に声がかかりました。

「ベルゼブブ様」

 それはガブリエル様でした。ガブリエル様は私の元にやってきて十字を切ります。

「貴方に天主のご加護があらんことを」

「はい。有難うございます。貴女にも天主のご加護があらんことを」

 お互いに十字を切り、そして私は飛び出しました。もちろん、目的はあの少年。あの特別な星を持つ少年の元です。










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