月から月へ

チロ介

第1話01

今日、私と洋平は「他人」になった。

元々、性格は真逆で、何故結婚までこぎつけられたのか、何故十年も一緒に生きてこられたのか、当の私たちでさえわからない。そんな関係だった。だから、別々の人生を歩むことは何ら不思議ではなく、きっとこれが最善なのだろう。

それでも、私は彼を愛していたし、尊敬もしていて。それは離れても、他人になっても同じ温度を保っている。こんなに一緒にいることが不自然な二人でも、一緒にいてしまえばこれ以上ないパートナーだし、これ以上ない家族だったので、愛着も執着も人並みの夫婦程度にはあるわけで。


洋平のいいところは、勤勉で、正直で、面倒くさいところだよ。

そういった私にあなたは決まって「褒められている気がしない」とそっぽを向いていた。

私はこれ以上の褒め言葉も、愛の告白も見つけられないと言うのに。


洋平から「渡辺家を解散させようかと思っている」と告げられた時、私はとっさに「嫌です。」と言ってしまった。その言葉で彼の考えが変わるとは思えなくても。ポーズでもセリフとしてでもなく、ただ咄嗟に出てしまったのだ。私の頭と私の唇はいつだって私の心を置いてきぼりにする。


「一人じゃない生活で、こんなに心が楽になったことないよ」洋平がそう微笑んだのは何度目の結婚記念日だったかな。

結婚一年目から、毎年私たちは互いの好きなところ、いいところなんかを簡単に言うというルールを作った。お互いに言葉が足りないうえに時間のすれ違いも多かったためだ。

 洋平は毎年新しい言葉を用意していた。普段の彼から考えると、そんなに引き出しあったのか、と思えるほど饒舌に私の好きなところを語ってくれた。一方で私は十年間ずっと同じ言葉を並べていた。他にいいところがないわけでも、好きなところがないわけでもなかったが、どうしてもそのトップ3は変えられなかった。「トップ3にこだわるから思いつかなくなるんだよ」なんて三回目には言われてしまったけれど、どうしたって変える気になれず、結局変えられないまま渡辺家は解散してしまった。


解散、か。

地元へ向かう新幹線の中、誰にも聞こえない声でつぶやく。

彼の言葉の選び方はいつだって、正しい。

「離婚」と言えるほど「夫婦」ではなく、「別れる」と言えるほど決定的ではなかった。

彼と私は解散が決まった後も寝食を共にし、休日は一緒に遊び、言い合いをすれば間で落ち着き、何も変わらずに生活し、何も変わらずに互いを必要としていた。

 今朝だって、まるで懸賞に応募するかのように二人でたわいもない話をしながら離婚届を書いて、ランチにでも行こうかというような軽い足取りで役所へ提出してきた。

窓口の人の怪訝そうな顔を見て、やっと「これは普通じゃないのか」と気付いたほど、私たちは二人でいることが当然になっていた。

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