第24話 一人で喋る狂人
コロナ渦中で他者と接する機会を失われた、一人暮らしの男。
仕事で行われる会話も、友人と交わす会話もなくなり、レジで店員に向けて放つ「大きい袋をください」の言葉以外は、せいぜい独り言を漏らすばかり。
会話がしたい……コミュニケーションがしたい……。
声の出し方すら若干わからなくなってきている……!
数年に渡る会話不足は、一人のおしゃべりを狂気の実験へと至らせた。
ついに彼は聴衆を気にすることのないたった一人の雑談を配信することで、コミュニケーション不足を補い始めたのである。
誰とも喋れずとも、誰も聞いていなくとも、連日行われる虚空への会話。
『
ご紹介に預かりました『
話したいけど話し相手がいない。より正確に言うならば、話す相手に狙いをつけて連絡して話そうと思えばそれも可能かもしれないけれど、わざわざ呼びつけて話すほど話したいことがあるわけじゃないし……。みんな俺と違って忙しいだろうし……。
と言った状況でもたもたしている間に、喋り方がよくわからなくなってきている自分に気づき、最近雑談を配信しています。
ツイッターの機能にスペースという、集まった人で好きに話ができるし聞いているだけでも参加できるというやつがあります。このスペースを使って話しています。
話している内容は参加者であれば誰でも聞けるため、雑談と配信を兼ねています。ラジオ的にぼんやり聞いていることも、一緒になって喋ることもできる。
しかし配信を兼ねているとはいえ、誰かが聞いてくれるとは限らない。
こちらも誰かにどうしても聞かせたいような話をしているわけではなく、なるべく気負わず人も積極的に集めない方針でやっているので、聴衆ゼロのこともある。
と言うか聴衆ゼロは頻繁にある。世界中の誰も聞いていないのに、スペースという機能を利用して話している。
ツイッターをやっている人なら誰でも聞ける配信という体で世に発信しつつ、別に誰も聞いておらず、それでもマイクに向かって喋っているという構図は、そのへんで独り言をつぶやいている人間よりも真に迫った本物感がある。
この雑談配信、いつ始めてもいつ辞めてもいいという気軽さもたいへん助かっているけれど、誰も聞いていないのに一時間も一人で喋っていたこともある。
全然途中でやめていいのに。誰も聞いてないのだから。切り上げるのは自分のさじ加減なのだから。
かれこれ10日間連続でやっている。毎日何もない話を、誰も聞いていないことがあっても話し続けて、10日も続いたことで、本物感がより一層に増している。
何故こんなことを続けているのかと言うと、話し始めて実際に体の調子がいいというのが大きい。
会話に飢えて始めた雑談だが、話し相手がいなくても声を発することで体調が整って目覚める感じがする。口が回ると頭も回り神経が整うのだろうか。
今日の雑談で例えに出した、「なんとなく朝に食べているヨーグルトで胃の調子が良くなった」的な感覚が、的を得ているのではと思う。本当に効果があって健康なのかは確証が持てないけれど、この習慣がなんとなくいいのだ。
誰も聞いていないのに一時間一人でマイクに向かって喋ることが? いい習慣?
また、時々は話し相手が見つかって、普通に話が盛り上がることもある。
それはそれで当初の目的である会話欲が満たされて楽しいことだし、こうして他人と話していて、もうひとつ気づいたことがある。
この、誰かがいつも話していて気が向いたら会話に入っていける状況が、話し相手を探していたときの俺の、理想の状況だった。
わざわざ通話をつないで誰かと話すのは気がひけるけれど、「適当に話してるから入りたい人は入ってきて」という人がどこかにいたら、たぶん俺も参加して会話欲を満たしていた。
俺が欲しがってた相手に、今の俺がなってる。
じゃあどっかにいるかもしれない俺のような、会話を欲した末に聴衆ゼロの配信を一人でしてしまう俺のような人が、どこからか話し相手を求めてふらっと来るかもしれないじゃないか。
誰かが他愛もない話をしてくれている環境が欲しくて、ラジオやテレビや配信をつけて聞いてしまうことがあるのと同じように、誰かと話がしたくてつけてしまう配信があってもいい。
これはいわば人助けなんだ! そう、俺は世の中のためになることをしている!
『
《追記》
一人で話していることをクローズアップして書いたものの、通話相手がいるケースもそこそこあり、役者さんや作家さんや編集者さんや絵描きさんやゲーム関連の人などと適当に話している。
皆さん話し上手な方ばかり釣れているので楽しくて助かっている。
通話途中にうちのねこが毛玉を吐いて中座するなど楽しくて助かっている。やめてハプニング。
ねこ的には、ずっと静かに家にいた飼い主が誰もいないのに急に毎日マイクに向かって喋り始めたので、狂人ぶりへの危機感がデカすぎ、毛玉吐いたのかもしれない。
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