特別編3 経験でカバーするダサくてオヤジは誰

 優勝後に話題になった出来事は、差し返しに付随するような形でもうひとつある。こちらのほうが格ゲー界隈の外では、見聞きする機会が多かったかもしれない。

 優勝翌日の凱旋配信で語られた、年齢と経験に関する、ウメハラの持論だ。


「若い海外のプレイヤーには、驚異的な動体視力を武器にしている人がいる。あれは若者の武器だから、対抗するために俺は経験でカバーしようと最初は思った。でも、その考え自体がダサくてオヤジなんだなっていうことに気づいて、むしろ俺がこれにならなきゃいけない、俺もこの反応速度を武器にしなくちゃいけないと思い直して、練習で身につくかどうかやってみた。無理なのかなって最初は思ったけど、伸びるもんだよな。人間、伸びるもんだよ。他人からすりゃあんな練習、意味がないように見えただろうけど。俺も別に、根拠があってやってたわけじゃないから」


 年齢を言い訳にせず、挑戦的に若さに立ち向かおうとする姿勢が評価され、格闘ゲームに興味のない層にもこの言葉は届き、受け入れられたようだ。

 たしかに素晴らしい言葉だ。一年間のあがきと成長を、存分に配信で見せつけた末の優勝から、語られたこの言葉。

 見ているこちらも言いしれぬ感動を憶えた。

 だが、ふたつほど補足と言うか、異を唱えたい部分がある。我々がこの言葉をそのまま受け止めて自分を奮い立たせるには、いささか性急なんじゃないかと思うのだ。


1.「経験でカバーするのはダサくてオヤジ」の意図するところ

 まず第一に、「若さに対抗するために経験でカバーするというのがダサくてオヤジの考え方」という部分。この言葉はそのまま聞いてはいけないと考えている。

 これはウメハラ配信を見続けているから、格闘ゲーム配信を見続けているからこそ、特に気になるポイントだ。

 格闘ゲームは、おじが強い。それこそウメハラがやりあっていたような時代のプレイヤーが、10年経ってもトップにいるため、30代の中年層の厚さが半端ない。

 他のeスポーツでは若いプレイヤーとの世代交代が容易に起こるのに、なぜ格闘ゲーム界隈ではベテランがずっと強いのか、これはちょくちょく話題になる。

 一説に言われるのは、「もう流行っていないから」という理由だ。過去に流行ったときのメインユーザーに年齢層が偏っているので、おじ(中年)ばかりしかいない。

 しかしプロシーンを眺めていると、若手も実はそこそこいる。20代や10代の次世代のプレイヤーが育ち、EVO japan 2020では24歳のナウマンが優勝し、ウメハラが優勝したCPTアジア東予選でもベスト16に若手が5名ほど残っていた。

 逆に言えば、ベスト16のうち10名程度がベテランで、中年層の強さをまたもや浮き彫りにしているとも言える。

 各自の配信風景などを見ると、若手がトレーニングをサボっているわけでもなさそうだ。彼らは彼らなりに日々練習している。

 練習しているのだが、おじも同じかそれ以上に練習している。既に何度も話に出たように、39歳のウメハラが連日スト5練習漬けの末に優勝したのだから、一番やっていたやつが優勝したと言えるだろう。

 こんな意見もある。「格闘ゲームは、若手がいくら練習して追いつこうとしても、おじがずっと練習しているので追いつけない」。


 話を最初に戻そう。ウメハラは「若者には勝てないから経験でカバーという考えがダサくてオヤジ」と語った。

 これを聞き、経験を元に立ち回る年長者をバカにしていると捉えている方がいた。おそらくウメハラの意図はそうではない。

 経験は間違いなく武器だ。積み重ねた対戦経験や対応力を、中年層は持っている。格闘ゲーム業界では並み居るレジェンドたちがそれで勝っている。

 だが、その経験という武器のみに頼って勝とうとするのは、「ダサくてオヤジ」とウメハラは言いたかったのではないか。

 経験を元に老獪に立ち回るのも武器としてありきの上、そこにプラスして「若さの特権」と思われているような武器を吸収し、自らのものとする。いいとこ取りを目指した結果、おじの立ち回りに11フレームの差し返しという武器が加わったのではないか。


 更に言うならウメハラは、「だから年齢を理由にしているお前らみたいな奴らはダサくてオヤジなんだよ」と、悦に入って中年たちに御高説を垂れ流しているわけでも無いように思う。

 ウメハラは人格者なのでそんなことは言わないだろう、という意味ではない。

 彼が、他人がどうあるかをあまり気にしていない人間だというのを、この一年の様々な配信を見ていて知った。ゼロ3世界大会のときからずっと見ていて、そういうタイプだろうとは感じていた。

 良い意味でも悪い意味でも、自分のことしか見えていない。

 だからこの言葉も他人に向けてではなく、自分に向けての言葉なんだろう。「経験でカバーすればいいやと思ってしまった自分はダサくてオヤジだった。考え方を変えなければ」という言葉。

 聞いていて様々な人に刺さった。自分にも刺さった。でも、そういうのはウメハラ当人はどうでも良さそうだ。

 この話を始める数分前にウメハラは、「優勝するためにスト5をやっていたつもりは1ミリもないので、明日からも普通にまたスト5配信します」とも語っている。

 自分が強くなりさえすれば、極論として、周りはどうでも良いんじゃないだろうか。自分しか見えていない。

 それを自分勝手だと嫌う人もいるし、だからこそかっこいいと思う人もいる。


2.我々はウメハラではない

 ウメハラの発言に異を唱えたい部分、もうひとつは個人的な思いも相当に強い。

 さかのぼってみれば優勝後に話した、「年齢を言い訳にしないでやってみたら出来るもんだ」という話は、今年5月末のラジオ配信でも、実は同じようなことを語っている。

 聞き手はKSK。格ゲーの練習の話題から派生したトークだった。


「連続技の練習で妥協するやつは弱いと昔から思ってた。なんでかって言うと、そういう人は『キャラが悪い』とか『これは出来ない』とか、他の部分でも何か理由をつけてゲーム内で妥協してしまう。それ以上伸びない。自粛期間に練習して、俺はこの年齢でも伸びを感じてる。最初に年齢を理由にして『おじだから無理』って妥協してたら、この伸びはなかった。年齢で大した差は出ないから、そこを理由にしないほうがいい」


 この考えを推し進め、周囲から「それ意味あるんですか?」と言われるような練習をし続けて、誰しもに驚かれる差し返しを見せつけ、数カ月後には優勝し、凱旋配信を行って「年齢は言い訳にならないからみんなもやってみるといい」と改めて語ったわけだ。

 これ以上ないほどに説得力は充分である。

 とはいえ、これって、本当か?

 異を唱えたいのは、ここだ。本当に年齢は言い訳にならないのだろうか。

 それって結局、あなたがウメハラだから出来たことなんじゃないか。


 新型コロナの自粛期間にウメハラは毎日配信をしていた。

 こちらも同じく自粛期間に家で過ごし、毎日配信を見ていた。スト5以外も連日10時間も12時間もぶっ続けで見ていた。

 見ていてよくわかったのは、驚くことにウメハラはそんなにゲームが上手くない。

 ゲームに限らず、要領が悪いと言ったほうがより正確だろうか。何をやらせても、とにかく効率が悪い。

 アンダーテールをやればボス戦で同じ技を何回でも食らうし、何度注意されても回復タイミングを忘れるし、同じ場所をウロウロし続ける。でも5時間ノンストップで戦って勝つ。

 東方をやれば「ボムを使うのは逃げ」と言い張ってなかなかボムを使わず、弾幕を強引に避けることしかしないし、難しいボスだけを練習して勝率を上げることもせず、死ぬたびに最初からやり直す。でも開発者ZUNが見ている放送でクリアする。

 洞窟物語をやれば既プレイ者に「ただの縛りモードだからやめとけ」「初見でやるやつじゃない」と忠告されながらもハードモードを選んでプレイ、ラストバトルだけで延べ30時間はかけた。パターン攻略もほとんどせずに、死亡即コンティニューの繰り返しでやり抜いた。

 マイクラはひどいもので、芸術関連は苦手と言っていたのに空中にガラスブロックでスライムを作り始め、「なんでこんなもの作ろうと思ったんだよ……。ガラスのせいでね……どこに何があるか見えないの……。誰か助けて……」とゲーム仲間に悲痛な叫びを聞かせて、「あんなウメハラ初めて見た」と言わしめた。でもこれも毎日ほんの少しずつ進捗して完成させた。


 毎回何のゲームをやってもこの調子だ。ぶっちゃけ見ていてイライラする時も多いのだが、ウメハラが諦めないので、見てしまう。

 ゲームセンターCXの有野課長に似ていると思った。あの人をもっと上手くして、更に効率化を下げた感じ。

 言うなれば、愚直。もっと手っ取り早いルートがありそうなのに、回り道を延々進んで諦めないでいるうちにゴールするタイプ。

 ウメハラはゲームが飛び抜けて上手いんじゃない、勝てるまでやり続けているだけだった。

 しかも、何度かやって運良く勝てばいいというわけでもない。何度も何度もやって少しずつ経験を積み重ねて、出来なかったことがほんの少しずつ出来るようになっていって、結果として勝つ。

 この人は、成長したがっているだけだ。

 成長し続けた末が、今のウメハラの格闘ゲームの強さになっている。

 本当に年齢は言い訳にならないのだろうか。

 それって結局、あなたがウメハラだから出来たことなんじゃないか。


 反射神経は若さの特権だと思われていたのに、ウメハラは練習して差し返しを身につけた。毎日毎日、あのよくわからない練習をして身につけてしまった。

 レバーレスコントローラーへの移行もそうだ。あれだけ自由に出せていた波動拳すらおぼつかなくなったのに、一年間練習して、レバーよりも1フレーム早くクリティカルアーツを出せるほど使いこなすようになった。

 年齢を言い訳にしていては成長しない、現に自分はこうして成長している。ウメハラはそう言う。実際それが彼には出来ている。

 我々はあの言葉に感動こそすれ、そこに追いつくことは出来ないんじゃないか?

 本当に、年齢は言い訳にならないのか? 今からでもみんな、目の前の練習材料に愚直に取りかかれば良いのか?

 年齢と練習について、冒頭に書き起こしたあの話の後で、ウメハラはこうも語っている。


「年齢でこの反射神経は身につかないから、経験でカバーしようと思ってしまうと、プレイスタイルの選択肢が狭まる。おじさんだからもっと簡単なキャラにしようかなとか。それは超嫌だなと思って。出来るかどうかわかんないけど、出来るようになったらまだまだ格闘ゲーム楽しめそうだなって。出来なかったら……年齢で失うものってあるんだなってなって、しぶしぶ経験でカバーしただろうけど。伸ばせる部分で良かった」


 練習があんな成果につながるかどうか、ウメハラはわからずにやっていた。

 他に誰もやっていなかった練習なんだから、当たり前のことなんだけど。見ていた周りだって成果につながるかどうかは、半信半疑だった。

 先につながるかどうかがわからない努力を、ましてや自分の生活に直結するような努力を、こうも長期に渡って愚直に行えるものだろうか。

 わからない。それが出来るウメハラが羨ましいし、恐ろしくもある。

 俺はまだ、「年齢は言い訳にならない」が信じきれていない。運良く今回は結果につながっただけなんじゃないか?

 その言葉を認めてしまったら向き合わねばならないものもたくさんあるし、まずはこの、一万三千文字に至ってしまったウメハラ特別編を書いている。

 半信半疑のままだろうと、書けばそこに何かが生みだされるのだから。

 書きつつ今日も、ウメハラ配信を見ている。




《追記》

 特別編、長らくお付き合いいただきありがとうございました。

 CPTアジア東予選ウメハラ優勝に関する特別編はこれにて終わりとなります。

 皆さんの応援が励みとなり、書ける文字数が徐々に増えました。

 次回は気が向いたら、ウメハラ特別編の特別編・ミルダムでの格ゲー以外の配信内容おこぼれ七英雄誕生までなどをざっくり振り返りたいと思いますが、気が向くかどうかは明日以降の気分次第です。

 俺はウメハラではないので。おじであることを言い訳にして、休み休みやっていきます。

 たぶんね。

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