特別編2 差し返しは9フレーム、ヒントは2フレーム

 ウメハラが2020CPTカプコンプロツアーアジア東予選大会に優勝した直後、プロゲーマー界隈でにわかに騒がれたことがある。

 対戦中に何度か見られた、差し返しだ。

 差し返しとは、相手のキャラクターが攻撃を打ったのを見て、何らかの技を反撃として入れることを指す、格闘ゲーム用語である。

 お互いがこれを狙い合っている状況を、差し合いとも呼ぶ。


 通常技を空振った後のスキに技を入れる。

 要するに、相手が押したボタンに対応してこちらもボタンを押しているだけ。

 正直かなり地味だ。

 スト3で全段ブロッキングから最大反撃を入れた『背水の逆転劇』や、「小足見てから昇龍よゆうでした」の都市伝説にもなったウメ昇龍のような、派手さはない。

 だが何故かこの差し返しに、ゲーマーたちが沸き立ち、食いついた。


 例えば、大パンチを遠くでぶんぶん振り回している相手に近づいて、そのスキに大足払いをこちらが反撃で入れる。これが差し返し。

 スキの大きい技を対戦中に何度も振っても、ゲームが有利に運ぶことはほぼないので、実際の対戦では大攻撃を振り回すのではなく、取り回しのいい中攻撃などが振られることになる。中攻撃は大攻撃に比べればスキも少なく、よっぽど同じ技を連打していないと差し返しはまずされない。

 だがウメハラは、対戦中に不意に打たれた牽制の中攻撃に、使用キャラのガイルの大足払いで差し返していた。

 見ていた視聴者も実況解説もミラー配信していたプロゲーマーたちも、これに一様に驚いていた。

 ハイタニは「ホンマか?」と。sakoは「キモい」と。皆、笑いながら驚いていた。


 ウメハラ優勝が決まった後の、プロゲーマーらによる振り返り配信でも、この差し返しがまずは話題になる。

 ときど豪鬼の瞬獄殺をサマーで抜けて、裏から数十ヒットコンボを入れて逆転するウメハラガイルも盛り上がった。

 体力数ドットでふ~どポイズンとにらみ合いになり、じりじりと相手の体力を削りつつ、最後はダッシュを小技で止めて勝利するウメハラガイルも盛り上がった。

 コンボ途中で相手をスタンさせてしまって連続技が繋がらず、繋がるつもりでゲージを全放出したためロクな攻撃を入れられなくなり、オロオロした末に投げを一発だけ入れて全く追加ダメージを与えられないウメハラガイルも盛り上がった。しかもこの試合はここから逆転されて負けた。

 ウメハラガイルに注目するだけでも、充分に派手で印象的な試合はあったのに、皆が気になったのは、差し返しの方だった。


 今回はオンライン大会で、トップ16からは対戦が配信されていた。なのでリプレイで試合を振り返って見ることが出来る。

 あの差し返しはどうやって出していたのかを、優勝後に各自が改めて確認し始めた。差し返せるわけがないはず。ストリートファイターVは、牽制で振った中攻撃の空振りに大攻撃で差し返しまくるようなゲーム性ではない。

 一点読みで「ここなら中攻撃を振ってくる」というタイミングに、ウメハラが大足払いで返すことだけに集中して、待ち構えていたのか?

 それとも当てずっぽうで打ったのがたまたま当たったのか?

 人は衝撃的なシーンを目に焼き付けてしまうものだ。「小足見てから昇龍よゆうでした」に見えた試合でも、もう一度冷静に見返してみれば、実は何らかのカラクリがあって我々が錯覚させられていただけだとわかるかもしれない。

 だが、試合中の動きやキー入力表示などを皆で見返してわかったことは、「ウメハラは不意に振られた中攻撃のスキに見てから大足払いで差し返している」という事実だった。


 リプレイではフレーム単位でコマ送りにすることで、その行動が一体何フレームで行われたのかも検証することが出来る。

 優勝時のウメハラの差し返しには、11フレームや9フレームで行われているものもあり、海外向けの検証動画も有志の手によって作られ発信された。

 格闘ゲームにおける1フレームとは、60分の1秒を表す単位。人の反応速度は常人で12フレーム、限界値が7~8フレームと言われている。

 だがここでいう反応速度とは、「光ったらこのボタンを押してください」といったたぐいの単純なものだ。例えば、相手キャラが中攻撃を空振ったら大足払いを差し返すことも、行動をそれだけに絞れば12フレームで誰にでも出来るかもしれない。

 とはいえこれは、トッププロ同士の対戦ゲームの最中である。

 何も技を出さずに歩いてくるかもしれないし、跳んでくるかもしれないし、下がって距離を置くかもしれないし、技を出さずに歩いてくると見せかけて下がって距離を置くと見せかけて中攻撃を出してくるかもしれない。選択肢が無数にある上に、相手も人間なので、別の選択肢をちらつかせるフェイントも交えてくるのだ。

 なのに、中攻撃を打ったときだけ11フレームや9フレームで差し返している。

 とりあえずスト5を起動し、差し返しにチャレンジしてみたプレイヤーは多かったようだ。『背水の逆転劇』の全ブロに憧れ、チャレンジした人たちのように。

 ウメハラ優勝の翌日、スト5の対戦に大足を振るガイルが妙に増えたらしい。


 この差し返しがあまりにも騒がれるために、ウメハラ自身が後日の配信で、リプレイを見返して検証したことがあった。

 コメントで報告される11フレームや9フレームの差し返しに、「それはない。そんな速度で反応してないはず。出来て13フレームぐらいが限界じゃないか」と自ら反論しつつ、対戦動画を振り返る。

 果たして数えてみると、疑惑の9フレーム差し返しは、視聴者と一緒に1フレームずつカウントしたところ、まさしく9フレームで差し返していた。

 「1……2……3……4……5……6……7……8……9。あっ」と、9フレで大足が出た瞬間に気まずいような「あっ」を漏らすウメハラ。

 「やっぱり9フレームじゃん!」騒いでいるコメントたちを前に、一人難しい顔のウメハラ。しばらく考えて、「カラクリが解けた」と語る。


「いや違う。ときどは歩いた後、一瞬立ち止まってから中パンチを打ってるから、俺はこの歩きが止まったのを見て、次の中攻撃を待ってるはず。実質9フレームで反応は出来てない。その前にヒントの行動があるから、その時間を足す」


 ウメハラ当人の物言いを元に再度、歩いて止まってから中パンチを打つまでのフレームを見直す。

 2フレームしかなかった。


 たった2フレームがヒントだと言うならば、それは9フレームで差し返していることよりもどうかと思う。

 ウメハラという対戦相手にヒントを与えないために、2フレの猶予で中攻撃を打っている、ときどもどうかと思う。

 しかも仮に2フレを足したとしても、ウメハラ自身が「そんなに早く反応出来るわけがない」と言っていた11フレームだ。


 驚くべき要素は他にもあり、今回のCPTアジア東予選大会は新型コロナの影響があってオンライン大会だった。今までスト5の大会がオンラインで開かれなかった理由は、通信ラグによってボタンの反応速度などに遅延が生じる可能性が高いからだ。1~2フレームの誤差で攻撃はガードされ、勝敗が決するほどのダメージを負う。ラグに泣かされて今大会で予選敗退した海外の強豪選手も多い。

 そんな中での9フレーム差し返し。ウメハラが言うには2フレのヒントがあったので、11フレームの差し返し。

 その後ウメハラは、「大会で集中してたから出来たけどたまにミスってるし、まだ実戦投入するレベルじゃない」と、自らの差し返しを評していた。


 ウメハラ自身は否定したものの、実際に差し返しは一定以上は機能していた。

 「技を振ったらこんなの食らうんじゃ牽制攻撃が何も振れないでしょ」と言われた大足払いの差し返しは、あの例の、よくわからない練習によって身についたものだ。

 CPUを相手にして、小攻撃は無視、中攻撃には大足払いで差し返し、必殺技はサマーソルトキックで狩り、ジャンプしてきたらアッパーで落とす。相手のランダムな動きにただただ反応する練習を、配信中ほぼ無言で約1時間。毎日毎日やっていた。

 最初はもっと簡単な練習で、小攻撃と中攻撃を見分けて差し返すだけだった。その段階で他のプロゲーマーからも「それ意味あるんですか?」と言われていたが、少しずつ出来るようになってきて、「出来るようになるんですね……」と戦かれていた。

 CPUの動きにもジャンプが加わり、必殺技が加わり、徐々に行動が複雑化していった。

 最終的には、「配信でやってたやつより今はメニューが増えてるんだけど、練習時間が増えすぎたので配信外で集中してやってます」とウメハラは語っていた。

 この発言の直前までは、CPUのランダム行動に差し返したり連携を抜けたりコンボ練習したりを毎日2時間は配信していた。

 配信外で、あれよりも増えてるのか……。視聴者がそう驚く間もなく、対戦相手を募集して数時間みっちり対人戦をやり始める。

 そして優勝。

 優勝に至るベスト16の戦いや、対戦中に刺さる差し返しを見て、色めき立った我々だったが、既に布石は丸一年打たれ続けていた。

 誰でも見ることが出来るウメハラ配信において。


 だからプロゲーマーたちは、「あれは本当に見てから差し返しているのか?」と、本気で疑っていたわけでもないんだろう。

 ウメハラがずっとその練習をしていたことは、毎日配信していたので知っている。

 配信を見ていなくとも、ウメハラが頭のおかしい練習をしていることは、噂となって耳に届く。

 練習を何より好むコンボ職人プロゲーマー・sakoが、あの差し返しを「キモい」と表現したのが何よりの称賛だったように思う。

 ウメハラは見てから差し返していた。それをわかった上で皆、「マジかよ……」と笑いながら見ていたんじゃないか。

 プロ格闘ゲーマーとして活動する以上、こいつを倒さねばならないという、畏怖と喜びの笑い。




《追記》

 差し返しの話だけでかなり長くなってしまったので、特別編をここで分割することにした。差し返しでこんなに書くことがあるとは俺も思わなかった。

 優勝後に最も話題になった、ウメハラが語るところによる、年齢と練習の話。

 「経験でカバーするのはダサい」の話。

 こちらに関しても、一年ずっと配信を見続けていた者としての視点で書きたいことがあり、既に4000字も書いている。

 近日中に公開するので、楽しまれている方はもう少々お待ち下さい。

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