特別編

特別編1 優勝は梅原大吾

 今年のカプコンプロツアー(以下CPTと略)、オンラインプレミア大会アジア東予選が、7月25日~26日にわたって開催された。

 優勝はDaigo The Beast、梅原大吾。この結果と試合内容に熱狂したファンは、国内外問わず多かった。

 格闘ゲームでよく見るいつもの優勝候補である、ウメハラの優勝に、何故それほど皆が感動したのか。

 一年ほどウメハラ配信を見続けていた人間の一人として、記録を残しておく。


1.梅原大吾の近年の成績

 日本人初のプロ格闘ゲーマーとしてレジェンド的な存在となっているウメハラは、今年39歳。

 17歳で世界一となって以降、20年以上の長きに渡り現役選手として大会で姿を見せてはいるものの、優勝に絡むことは少なくなりつつあった。CPTでは2018イギリスのプレミア大会で優勝して以降、一度もトップには立っていない。

 年頭のEVO Japan 2020でも成績が振るわず、「キャラに調整が入るかもしれないタイミングで全力で大会に臨むのは難しい」と発言し、勝てなくなった言い訳だと叩かれることもあった。

 使用ツールをアーケードコントローラーから、レバーレスコントローラーに移行したことすらも、勝てない理由を自ら作りに行っていると嘲笑されることもあった。


 そう、今やウメハラはゲーセンで長年慣れ親しんだ、レバーとボタンのアーケードコントローラーを手放している。

 上下左右の方向入力を行うレバーに当たる部分を、4つのボタンに置き換えたレバーレスコントローラー。このコントローラーの代表的なメーカー『HitBox』の名前から、レバーレスコントローラー全般を「ヒットボックス」や「ヒトボ」と呼ぶこともある。

 操作感は、キーボードで格闘ゲームをプレイしている感覚に近いものと言えるだろうか。両手の指を駆使してボタンのみを押し、キャラクターを動かすさまは、ピアノ演奏や音ゲープレイを見ているようでもある。

 近年あまりいい成績を残せなくなりつつあったウメハラは、「レバーレスコントローラーのほうが操作フレームが理論値に近づく」と言った理由で、今まで使用したことのないこの新しいコントローラーの練習に取り組んでいた。

 最初に触れたのが2019年5月、現在使用中の正規品に切り替えたのが2019年7月。理論値にはまだ程遠く、今までのレバーであれば失敗しないような操作をして、負けてしまう様子も時折見られていた。


 そんな中、今年の2月~3月に渡って行われたTOPANGAチャンピオンシップ。

 ときど豪鬼に7-0で完敗したことは衝撃的だった。

 この日、優勝がかかった直接対決で、ウメハラはときどに一勝も出来ずに、負けてしまう。

 かつてウメハラ自身が主催するイベント『獣道』において、10本勝負で10-5の大差をつけてねじふせた相手である、あのときどからの逆襲の完封。


 使用キャラの弱体化や、レバーレスコントローラーによる不慣れなどもあったかもしれない。

 が、一言で言うなれば「低迷」。過去のプレイヤーとなりつつあるのではないかという見方が一部からありはしたのだ。

 外野の言葉をどういう心境で受け止めていたのかは、わからない。ウメハラは毎日ただただ、ストリートファイターVをプレイする姿を配信していた。

 CPUにランダムな動きを覚えさせて、それに毎日1時間以上対応する、意味があるのかわからない練習を繰り返していた。


2.大会の特殊性とレベルの高さ

 例年であればCPTは、一年にわたって世界各地で何回か大会を開き(2019年は全部で約60回)、その順位や結果を元にしてポイントを配布、昨年優勝者を含むポイント上位者32名が決勝であるカプコンカップに進む。

 しかし今年は、新型コロナの影響で大会の開催が難しく、各地域での18回のオンライントーナメントの優勝者・各一名のみを予選通過とすることに決まった。

 通常、丸一年かけて何度も大会を行って、そのポイント順位で競っていたはずの枠の奪い合いを、トーナメント一回の優勝者18名のみが勝ち抜けるという異例の形で行うことになったわけだ。

 優勝以外に、価値がない。準優勝には何の特典も賞金も与えられない。


 ましてやCPTで採用される作品タイトルである、ストリートファイターVの選手層は、日本を中心とした地域に多い。昨年のカプコンカップ決勝に出場した32名中15名は日本人選手である。近隣の韓国や中国にも強豪は数多い。

 今年の予選も当然のように、こうした有力選手たちがアジア東予選当日に集まった。だが、ここから選ばれるのは、優勝者たった一名のみ。

 アジア東予選は、今年のCPTでは二回行われる。つまりこの地域でのチャンスは二回しかない。どちらかのトーナメントに優勝しなければ、本戦に出場できない。

 プロゲーマーがこぞって世界中を飛び回って、他の地域の大会にも参加しポイントを加算して順位を競っていた昨年とは、状況が一変している。

 最も強豪ひしめく地域での、優勝以外に価値がない大会。「メンツ的にここで行われる予選が世界大会に匹敵するのでは」と言われるような大会だった。

 これにウメハラは優勝した。


3.自粛期間での梅原大吾の配信量

 新型コロナにより国内外の大会は全て中止となり、対戦部屋に集まっての格闘ゲーマー同士の交流会もなくなり、更には取材なども減ったのかもしれない。

 浮いた時間をウメハラは、配信者としての活動に費やした。

 約3年間スポンサードされていたCygames Beastと契約を解除したのが3月。

 新たに新興配信サイトMildomからスポンサードされて、Team Mildom Beastとして再スタートを切ったのが4月。

 そこからウメハラは、連日異常な時間のゲーム配信を行った。TwitchとMildomをハシゴしての、休憩時間すらほぼない連日12時間にも及ぶ配信生活。

 スト5をやり、アンダーテイルをやり、雪山人狼をやり、東方をやり、マイクラをやり、洞窟物語をやり、麻雀をやり、カタンをやり、人狼をやり、ラジオをやり、お絵かき配信をやり、こどものためのチャリティー番組をやり、スタッフ面接配信をやり、とにかく配信していた。


 この活動のおかげで視聴者はぐんぐん増え、今では格闘ゲーム以外でも人を呼べる、いっぱしのゲーム配信者になりつつある。

 「大会がなくなって、表に出るきっかけや賞金がなくなったとき、プロゲーマーはどう暮らしていけばいいのか。それを以前から漠然と考えていた。この機会に、配信者としての生き方も模索していきたい」そんなことをウメハラは言っていた。


 ここで単に、他のゲームを遊んで視聴者を集めるだけに腐心していれば、「格ゲーにおいてウメハラはもう過去の人なのか」という声も大いに高まったはずだ。

 しかしこの異常な配信時間の半分近くは、必ずスト5をやっている。

 毎日やっている、CPU相手の意味がよくわからない差し返しの練習を1時間。小攻撃は無視、中攻撃には大足払いで差し返し、必殺技はサマーソルトキックで狩り、ジャンプしてきたらアッパーで落とす。相手のランダムな動きにただただ反応する練習を、配信中ほぼ無言で約1時間やっている。

 そこからの数時間、対戦相手を招いての3本先取や5本先取の練習試合。並み居るプロや強豪プレイヤーが挑戦に来ても、ウメハラはほぼ全員に勝ち越していた。

 対戦相手と通話をつないで、「ここはこうしたほうがいいかもしれない」「俺はこれをされたら嫌だ」「これがなんで出来るかというとこういう方法でやっている」など、求められるままに全て手の内を晒しもした。それを聞いて練習して、再戦に来た相手にウメハラが負けることもあったが、回数を重ねるとまたウメハラのほうが勝ち数で上回っていた。

 CPTアジア東予選の数日前に、ときど豪鬼が対戦に訪れ、5本先取の勝負に2連続でウメハラが全勝。10-0の大差をつけるという出来事もあった。

 それ以前の二人の戦いは、TOPANGAチャンピオンシップでのときど7-0勝利の印象が強いため、あの大差をまたもや大差でひっくり返したのは、強烈なインパクトだった。果たしてこの二人、毎回どうして大差で勝敗を決し合うのか。


 「変な話だけど、この自粛機関に家でずっとゲームやってたら、俺は強くなった実感があります」と、ウメハラは言っていた。

 見ているファンたちも「本当に今のウメハラは強いと思う」「この強さを大会で見れないのが残念」と言い続けていた。

 だが、普段のプレイでは勝っていて強いのだが大会では負けてしまう、いわゆる『野試合番長』と呼ばれる存在でしかないんじゃないかという、穿った見方もあった。この意見を跳ね返そうにも、今の実力を証明するような大会がない。

 といったタイミングで、ようやく訪れた今年最大級の大会。それがカプコンプロツアー(CPT)オンライン大会・アジア東予選だったわけだ。


 配信を見ていた方や、ニュースで噂を聞いた方はご存知かもしれない。

 結果ウメハラは、あの意味があるのかないのかわからない練習の成果を見せつけて優勝した。

 優勝から遠ざかっていたレジェンドが、配信で練習風景も全て見せて対戦相手にアドバイスもして、大一番のこの大会で優勝したのだ。

 視聴者からも、ウメハラとしのぎを削った格闘ゲーマーからも、どちらからもこの優勝は、歓喜を持って迎え入れられた。

 ウメハラと直接当たる前に負けたプレイヤーも、ウメハラと直接当たって負けたプレイヤーも、大会でのウメハラのプレイを見て、なんだかニヤニヤしていた。


 なお今年のCPTには、人気投票枠という出場枠も設けられていた。

 昨年のカプコンカップ出場者32名のうち、人気投票で一位の人間だけを今年の本戦に出場させるという枠。予選を勝ち抜けずとも、投票で一位になれば、決勝に駒を進めることが出来る。

 この人気投票枠は、実質ウメハラ枠とも囁かれていた。勝てなくなったが客を呼べるレジェンドを大会に参加させるため、運営側の用意した枠なのではないかと。

 だが、ウメハラは人気投票を待たずして、こうして自力で熾烈な予選を勝ち抜けてきた。

 2020年CPTアジア東予選、日本中のベテランや若手を倒し、優勝は梅原大吾。




《追記》

 ウメハラ優勝による熱狂はこれだけで終わらなかった。

 謎の練習による異常なまで差し返しの精度、そしてなぜあの練習をしていたのか。これらはいずれも大会後に大きく話題となった。

 果たして練習で若さに追いつくことは可能なのか、そこにウメハラが出した答え。次回はその話を取り上げようと思う。


《追記2》

 この回がびっくりするほど閲覧数が増えて、なかとばきじで書いたエッセイの全PVを一回で上回りそうな勢いになっている。

 ありがたいことです。もう少しウメハラの話を続けます。

 好評だからと言うだけでなく、俺が語りたいから続けます。

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