第8話 昼夜問わず連日の性行為に悩まされている

 度重なる性行為により、睡眠不足と体液不足で憂鬱だ。

 あれはそう、「異種が人類との交配を無差別に試みようとすることへの拒否反応が花粉症である」と、別役実が『当世病気道楽』で書いていたのだったか。

 別役実のこのエッセイを読んで以後、毎年花粉の時期になると思い出す。

 誰彼構わず子種を飛ばして、異種との性行為にふける樹木たち。こちらの同意を得ずに粘膜に潜り込んでくるので、こんなもん強姦だろう。

 法で縛りたいところだが、人間の法が通用しない「我々は木」という法の抜け穴を使っているので始末が悪い。せいぜい切って棒にしてロープで縛っておくぐらいだ。

 それでもたぶん木の連中は切られた勢いで胞子を飛ばす。どんだけやりたいんだ。

 俺ってそんなに魅力的なのかな。モテモテ。木に。


 この時期もうひとつ困るのは、花粉症で鼻が詰まると安眠が阻害され、自然と悪夢が増える事だ。

 そのために花粉症の薬を飲んで症状を和らげるのだが、こちらも副作用に『悪夢』と書かれている。逃げ場がない。

 暦の上ではもう春だぞ。春眠暁を覚えず、始終眠いのに寝ると悪夢。エルム街?

 今日も悪夢を見て飛び起きた。起きるとねこが猛烈に血尿を出して廊下に血溜まりを作っている夢だ。あまりの悲しみに床を拭くことも出来ず、弱ったねこを撫でながら呆然とそれを見つめていた。

 夢の中で目覚めて起きるタイプの夢だったもので、その後本当に夢から覚めて起きたときにも、まだ「さっきのは夢だったのか?」と信じられずに、真っ先に廊下を確認しに行った。きれいなものだったのでほっとした。

 次にねこを確認して「元気で良かった」となでて、同じ布団に入って再び寝た。

 寝入りばなに布団からねこが飛び出して大暴れを始めたので、「寝かせろ!!」と怒って引き続き寝た。

 またもや寝入りばなに宅急便が届いて起こされたので寝不足だ。眠い。

 寝ても悪夢を見るのでもういい。


 悪夢と言っても種類がある。化け物に追われて殺される夢。

 わけもわからず怖いシュールな夢。以下は自作の詩、『新世界にようこそ』の一部抜粋。


牛の勇壮ないななきが牛を怯えさせる

溝にはまった左足

自動ドアにはさまれた右腕

徐々に完成していく拘束感

じわじわ蝕まれる毒に僕は安堵した

パラボラアンテナは僕を受信してはくれない

あのアンテナがあるたくさんの家のひとつひとつが

僕の言い分を聞いてくれないはずだった

背後ではいつもドアが閉まる音がしている

僕はもうそれに振り返ることすらなくなった

星の臭いに笛を吹き

窓辺の虫たちが夜空を見上げる手助けをする

あと何分かで産み落とされる

豊かで毛むくじゃらな新世界にようこそ


 こういう夢。

 俺がよく見る悪夢は、こうした死ぬとか不気味などの悪夢じゃないことが多い。

 なくなってしまった幸せだった家庭で、何の違和感もなく楽しく過ごしている夢。ご丁寧なことにあれから経過した年数が夢の中でも計上されている。

 そのまま幸せが続いた場合の「もしも」の世界で笑う夢。

 夢を見ている間はただただ楽しく、目覚めると「なんて夢を見ていたんだ」「疑問も感じず楽しく受け止めていることにぞっとする」と、半日は落ち込む夢。

 あのシーンのライアン・ゴズリングの顔になってしまう。あのシーンのライアン・ゴズリングはそれはそれで成功をつかんでいたのであの顔もできるが、俺には今の成功があるわけではないし、元より顔がライアン・ゴズリングのような美形ではないので、ただ渋い顔をしてピアノを弾くだけである。

 ピアノも弾けない。


 自分のことは自分がよくわかっている、という言葉については懐疑的だ。

 本当に自分のことが自分でわかっている人間なんて、そんなにいるものだろうか。

 しかしこと悪夢においては、自分が一番悪夢と感じる悪夢を、自分自身が作り上げて嫌がらせにお届けしているような気がしてならない。

 眠い。悪夢を見たくない。化け物に殺されるような夢を見ていたい。



《追記》

 性行為の夢でもいいがそれはもう悪夢じゃないのでレギュレーション違反です。

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