― 幕間 6月6日 ―
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酔う程まで酒を飲んだ訳ではないはずだが、ふわふわとした足取りで帰路に就く。
通い慣れた、孤児院と
眩しそうに目を細め、静かに息を吸ってそっと吐き出す。
――今日は誕生日だった。
職場である孤児院で、院長、スタッフ、子ども達、
皆が集まって祝いの言葉をくれた。孤児院の子ども達や料理の出来るスタッフと
――楽しく、満たされたひと時だった。
それなのに。
「どうしてかな」
ポツリと呟く。
いつの頃からだろう。
身体の真ん中に、どんな楽しい事をしても満たされない、“大きな
そこは、奈落の様に真っ暗で、全てを闇に飲み込んでしまう。
楽しくて笑っているはずなのに、心の底からは笑えていない。
どんなに美味しいものを食べても、満たされた気持ちになりきれない。
息苦しいほどの空虚感。
――
どうしても、何かが、足りない。
己の身体の真ん中の、欠けた部分。
狂おしい程に求めてやまないもの。
――それが
天は降り注ぐような満点の星空。
以前の己であれば、その美しさに見惚れて、浮かれた気持ちで散歩などしていたのかもしれない。……否、そもそも、「今日くらい泊まって行けばいい」という院長の言葉を固辞する事も無かったかもしれない。
「早く帰らなきゃ」
呟いて、
あの宿の、あの部屋に、早く帰りたい。
もしかしたら、今日こそはそこに求めてやまないものがあるかもしれないから。
――祈るような気持ちで、今日もまた、家路を急ぐ。
--------------- side : Shellnan Voruford ----------------
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――
手紙を書き終えてから、油紙に包まれたパンケーキを手にしてベッドに座る。
「皮肉なものね……」
ぽつり、と呟く。その声は、自分が思っていた以上の寂寥が滲み出ており、唇を噛んだ。
――いつかの日に、彼と共に並んで座って食べた出来立ての温かいパンケーキ。
すごく美味しいね、と嬉しそうに笑う緑碧玉の色の瞳。
まさか、その露店の発祥の地で、こうしてあの時と同じパンケーキを手にするとは。
――それも、よりによって、今日、
偶然とはいえ、何という巡り合わせだろう。
油紙の包みを解くと、すっかり冷えた“あの日と同じ”パンケーキ。一口、口にすると、思い出のものより少し硬く、想像していたものより味気なかった。
思い出は美化される、と言うから、きっと味覚もそうなのだろう。
無理矢理自分を納得させつつ、少しずつパンケーキを咀嚼する。
普段食事をあまりとらないため、まるごと一つ食べきるのは難しかった。残りはまた明日食べる為に、丁寧に油紙で包み直してから、小さく息を吐き出す。
灯りの無い部屋は、窓からの月明かりで淡く照らされている。ベッドから立ち上がり、食べ残したパンケーキを鞄に仕舞うと、自然と窓際へと足が向かう。
窓枠にそっと両手を置いて、ゆっくりと空を見上げる。
――彼は今この瞬間、幸せに過ごしているだろうか。
嬉しそうに笑った顔、大切そうに己の名を呼ぶ声、大きな手の平、すっぽりと包み込む両腕、温かさ――彼を思うと、思い出そうとしなくても、それらが鮮明に蘇る。それが、嬉しくて、悲しくて、辛い。そんな思いを振り払う様に、幾度か首を横に振る。
皆に愛されている彼ならば、きっと今も多くの人々に囲まれて祝われている事だろう。
自分の祝福の言葉は、届かなくて構わない。伝わらなくても構わない。――ただ、感謝を捧げたかった。
「……生まれてきてくれて、ありがとう」
思いを込めてそっと紡いだ言葉は、誰にも聞かれること無く、夜空に吸い込まれて消えていった。
--------------- side : Fontane ---------------
>> To Be Continued...
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