― 幕間 6月6日 ―




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 煌々こうこうと輝く満天の星と、柔らかい月明かりの中。



 酔う程まで酒を飲んだ訳ではないはずだが、ふわふわとした足取りで帰路に就く。



 通い慣れた、孤児院と橙黄石シトリアやじり亭を結ぶ細い路地。――そういえば、クナートへ来たばかりの時は、孤児院に住み込みをしていたんだったっけ、と思い出しながら、歩む足を止めて天を仰いだ。



 眩しそうに目を細め、静かに息を吸ってそっと吐き出す。



 ――今日は誕生日だった。



 職場である孤児院で、院長、スタッフ、子ども達、義兄あに夫婦に冒険者仲間。


 皆が集まって祝いの言葉をくれた。孤児院の子ども達や料理の出来るスタッフと義姉あねが協力して色々な種類のご馳走と大きなケーキを焼いてくれた。子ども達は手作りの工作をプレゼントしてくれた。



 ――楽しく、満たされたひと時だった。



 それなのに。



「どうしてかな」



 ポツリと呟く。



 いつの頃からだろう。


 身体の真ん中に、どんな楽しい事をしても満たされない、“大きな”が開いている。



 そこは、奈落の様に真っ暗で、全てを闇に飲み込んでしまう。


 楽しくて笑っているはずなのに、心の底からは笑えていない。

 どんなに美味しいものを食べても、満たされた気持ちになりきれない。


 息苦しいほどの空虚感。



 ――



 どうしても、何かが、足りない。


 己の身体の真ん中の、欠けた部分。


 狂おしい程に求めてやまないもの。



 ――それがなのか、分からない。



 天は降り注ぐような満点の星空。


 以前の己であれば、その美しさに見惚れて、浮かれた気持ちで散歩などしていたのかもしれない。……否、そもそも、「今日くらい泊まって行けばいい」という院長の言葉を固辞する事も無かったかもしれない。



「早く帰らなきゃ」


 呟いて、橙黄石シトリアやじり亭へと足を速める。



 あの宿の、あの部屋に、早く帰りたい。


 もしかしたら、今日こそはそこに求めてやまないものがあるかもしれないから。




 ――祈るような気持ちで、今日もまた、家路を急ぐ。




--------------- side : Shellnan Voruford ----------------










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 ――驢馬車エーゼットラングの車輪亭の一室。



 手紙を書き終えてから、油紙に包まれたパンケーキを手にしてベッドに座る。



「皮肉なものね……」



 ぽつり、と呟く。その声は、自分が思っていた以上の寂寥が滲み出ており、唇を噛んだ。



 ――いつかの日に、彼と共に並んで座って食べた出来立ての温かいパンケーキ。


 すごく美味しいね、と嬉しそうに笑う緑碧玉の色の瞳。



 まさか、その露店の発祥の地で、こうしてあの時と同じパンケーキを手にするとは。



 ――それも、よりによって、今日、に。



 偶然とはいえ、何という巡り合わせだろう。


 油紙の包みを解くと、すっかり冷えた“あの日と同じ”パンケーキ。一口、口にすると、思い出のものより少し硬く、想像していたものより味気なかった。


 思い出は美化される、と言うから、きっと味覚もそうなのだろう。


 無理矢理自分を納得させつつ、少しずつパンケーキを咀嚼する。


 普段食事をあまりとらないため、まるごと一つ食べきるのは難しかった。残りはまた明日食べる為に、丁寧に油紙で包み直してから、小さく息を吐き出す。

 灯りの無い部屋は、窓からの月明かりで淡く照らされている。ベッドから立ち上がり、食べ残したパンケーキを鞄に仕舞うと、自然と窓際へと足が向かう。


 窓枠にそっと両手を置いて、ゆっくりと空を見上げる。



 煌々こうこうと輝く満天の星と、柔らかい月明かり。



 ――彼は今この瞬間、幸せに過ごしているだろうか。



 嬉しそうに笑った顔、大切そうに己の名を呼ぶ声、大きな手の平、すっぽりと包み込む両腕、温かさ――彼を思うと、思い出そうとしなくても、それらが鮮明に蘇る。それが、嬉しくて、悲しくて、辛い。そんな思いを振り払う様に、幾度か首を横に振る。

 皆に愛されている彼ならば、きっと今も多くの人々に囲まれて祝われている事だろう。


 自分の祝福の言葉は、届かなくて構わない。伝わらなくても構わない。――ただ、感謝を捧げたかった。




「……生まれてきてくれて、ありがとう」




 思いを込めてそっと紡いだ言葉は、誰にも聞かれること無く、夜空に吸い込まれて消えていった。



--------------- side : Fontane ---------------





>> To Be Continued...

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