第3話 中央広場



 時間にしてそう掛からない内に、マリアベルはテーブルに並んだ料理をぺろりとたいらげた。


「ふぅ、ようやく人心地ついたな」


 小さく息を吐いてマリアベルは赤ワインを飲み干して笑った。それから店員へ片手を上げると赤ワインのお代わりを頼んだ。その一挙手一投足を見ていたフードを被った恩人――マリアベル命名“フォンテーネ”は、ポテトスープを半分ほど残してスプーンを置いた。気配でそれを察したマリアベルは追加の赤ワインを店員から受け取りつつ彼女の方を見た。丁度フォンテーネが口元を覆った布を付け直したところだった。恐らく偶然だろうが、それでも恩人の顔を見るチャンスを逃した事を内心でほんの少し残念に思いながら、マリアベルは赤ワインを一口、口に含んだ。――葡萄の芳醇な香り。だがまだ若いワインだ。



「ところで、フォンテーネはこの国の者ではないのだろうか?」


 ふと気になった事を口にすると、彼女は僅かに小首を傾げて動作で問うた。その為、マリアベルは言い方を変えて再び問うた。


「先ほど貴女自身もこの国の地理に詳しくないと言っていただろう?」

「……そうだったわね」


 あまり温度の感じないフォンテーネの相槌あいづちだが、全く意に介さずにマリアベルは少し考え込んだ。それから、ハッとしたように目を見開き、顔を輝かせた。


「もしや、冒険者の先輩なのだろうか?!」

「え」

「私を助けてくれた時のあの身のこなし! ただ者ではないと思っていたのだが!」

「いや、ちょっと待っ……」

「成程! 得心とくしんした!」

「違うわよ!」


 鋭いツッコミが入り、マリアベルは目を丸くしてフォンテーネを見た。視線を受けて彼女は肩を竦めながら呆れたように言った。


「あたしは冒険者ではないわ。……ただ、だけ。誤解しないで頂戴」


 たしなめる色を含んだ声音を聞くと、やはり彼女の年齢はマリアベルより上のように思えた。マリアベルは草妖精クドゥクの知人は持たない為、書物の知識しかないが――彼らは目の前に座るフォンテーネ同様、人間の子どものような背丈と聞く。確か、30歳そこそこで成人し、人間よりやや長命だったはずだ。身のこなしが軽く俊敏で、足の裏は水を弾く毛で覆われており、「水の上を走る姿を見た」といった逸話すらある。草木や小動物と心を通わせ、地に根付いた生活を好むと言われている。

 しかし、その性質は極めて陽気で、歌と踊りを愛する者が殆どだという。これは少々――いや、かなり、フォンテーネには当てはまらない。


 しげしげとフォンテーネを見つめていると、彼女はきまりが悪そうに口元を覆う布を手で直した。


「あなたの言う通り、あたしはこの国の人間じゃないわ。だから、あなたが知りたい情報を持っているとは思えないのだけど、一体何が聞きたいの?」


 やや強引に話題を戻され、マリアベルは大きく頷いた。


「私はワーゼンに行こうと思っているのだが、この国からはどう行ったら良いだろうか」

「さっきも言ったけど、ここで驢馬車の予定を聞くと良いわ」


 にべもない返答がすぐに戻って来た。だが、少し間を空けてから彼女は再び口を開いた。


「でも、ワーゼン……は、今、あまり行かない方が良いと思うけど」

「うん? それは何故だ?」


 きょとんとしてマリアベルが問うと、フォンテーネは少し迷った様子で口元に布越しに片手を当ててから、僅かに声を落として言った。


「春先から……つい最近まで、妖魔モンスターの襲撃を受けていたの」

「ああ、それは知っている。神官仲間から聞いた。の国は芸術大国で武力を殆ど持たない事も知っている。だからこそ、何か力になれないかと思って向かっているのだ」

「え」


 小さな驚きの声を漏らした後、フォンテーネは口元に手を充てたまま俯いた。心配を掛けたのかと思い、マリアベルは慌てて言葉を重ねた。


「先ほども言ったが、私は戦神ケルノスに仕える神官戦士でな。微力だが戦う力も持っているのだから、妖魔モンスターに人々が襲われているのを聞いては放っておけない。それから、私の剣を捧げる勇者を探すという目的もある」

「……“勇者”?」

「ああ。……私は過去、大切な人を自分の愚かさ故に、うしなってしまった事があってな。――だから、その人が救ってくれた私の命は、人助けの為に――人を助ける勇者を探し出し、仕え、多くの人々を助ける為に使うと誓いを立てているんだ」


 まるで己自身に言い聞かせるかのように、一言一言ゆっくりとマリアベルは口にした。その言葉を黙って聞いていたフォンテーネは、俯いていた顔を上げて真っ直ぐにマリアベルを見た。


「よく分からない」

「そ、そうか。……うん、実は私もどうしたら良いか、よく分かっていない。だが、思いついたのはこの方法しかなかった」


 苦笑して答えるマリアベルに、フォンテーネは「違う」と小さくかぶりを振った。


「あなたを助けるために命を喪った人がいたのだとして……その人が救った命を懸ける事は、その人の願いにはつながらない気がする」

「!」

「その人は、あなたに生きて欲しかったから、助けたんじゃないの?」


 静かで柔らかな鈴のような声音は、マリアベルの心の底までゆっくりと沁み込んだ。


「だから、あなたはまず、ちゃんと自分の身を守った方が良い。……ワーゼンは、まだ行かない方が良い」

「いや、しかし、」

「どうしても妖魔モンスターに困っている人達の役に立ちたい、というのであれば……ワーゼンじゃなくて、その近くにある港町に行くと良いわ」

「え?」


 目を丸くするマリアベルに、フォンテーネは少し躊躇ためらいを見せた後、静かに続けた。



「港町クナート」



 ――そういえば、戦神ケルノス神殿の同僚達が言っていた。“近くの港町もやられたそうだ”と。


「確か、ワーゼンと同時期に妖魔モンスターに襲われたのではなかったか?」

「ええ」

「では、危険度合いは同じなのでは」

「いいえ」


 ゆるりと首を横に振ったフォンテーネは、確信のこもった声で答えた。


「クナートは冒険者の町。……多くの熟練ベテラン冒険者が集まっているし、騎士団も、自警団もある。あなたの求める“勇者様”だっているかもしれないわ」

「!!」


 思わぬ情報に、マリアベルは勢いよく立ち上がり、前のめりになった。


「そ、それは本当か?!」

「嘘は言ってない」

「いや、待て。ならば何故、春先にワーゼンが襲われた際に、その町の人々は助けに行かなかったんだ?」

「……ほぼ同時期に襲われたからよ。ワーゼンを助けに行こうとしたクナートの自警団の人達を、妖魔モンスターの大群が襲ったの。自警団、冒険者と町の人達が協力して妖魔モンスターを討伐した後、ワーゼンへも救援に行っているわ」

「え?」


 あまりに詳細な情報に、逆に話しが盛られているように感じてしまい、マリアベルは思わず短く問い返した。だが、フォンテーネは落ち着き払ったまま静かに答えた。


「信じる信じないは、あなたの好きにしたらいい。……けど、あなた自身も追われる身みたいだから、少しでも協力してくれる人がいる場所に行った方が良いわ」

「!」


 ハッと目をみはり、マリアベルはフォンテーネを見た。それから、バツが悪そうに椅子に座り直した。


「いや、私の場合はまぁ……命の危険があるものではないし」

「何を言っているの」

「実は、私は家に絶縁状を叩きつけて出て来ていてな。……先ほどの男達は、十中八九、家に戻らせるための父の手の者だろうから」


 あはは、と笑って頭を掻くマリアベルを、フォンテーネはじっと見つめてから小さく息を吐いた。


「さっきの人達」

「? うん?」

「十分、殺気があったわ」

「え?」

「あなたを捕えようとしたんじゃなくて、間違いなく命を狙っていた」

「?!」


 フォンテーネの言葉に、マリアベルの顔が強張った。そんな馬鹿な、という気持ちと、思えば確かにそうだった、という気持ちが内側でせめぎ合う。――左腕の傷を、知らず知らずの内に手の平で触れ、マリアベルは視線を机の上に落とした。


「そんな……お父様は、それほどまで私が邪魔なのか……?」


 無意識に零れた言葉。――まさか、命を狙われるほどテオバルトの怒りに触れたのだろうか。家にいた頃は、マリアベルの影武者を勝手につけておきながら、家を出たら“もう用済み”という事なのだろうか? いや、しかし、だからといって、家としては死んだことにして構わない、と書置きを残した。それでは足りぬという事か――……悶々と悩むマリアベルを黙って見つめていたフォンテーネは、口元に手を添えてやや思案した後、躊躇ためらいがちに口を開いた。


違う・・追手かもしれないわ」

「……え?」

「詳しくは知らないけど、あなたは実家から出てきたのよね?」

「ああ、そうだ」

「ならば、実家からはあなたを追う人が来てもおかしくないけど……逆に、あなたが実家に戻る事をよしとしない人もいるかもしれない」

「――!!」


 マリアベルの脳裏に、一つの記憶がひらめいた。――ティタンブルグ家当主テオバルトには弟がいる。マリアベルにとっては叔父に当たるその男は、ティタンブルグ伯爵家に強い執着を見せていた。マリアベルが幼少の頃から幾度となく屋敷に来ては父ともめていたのを覚えている。

 その叔父一家には一人息子であるベルナルドという男がいる。幼少期から縦にも横にも広い体躯を持ち、粗暴で野心家のその男は、ティタンブルグ家に叔父がくる度について来ては、屋敷の使用人へ威張り散らしては暴言を吐き、幾度となくマリアベルと衝突している。

 もしや、マリアベルが家を出た事を期に、ベルナルドをティタンブルグ家の跡継ぎにするべく、叔父が声を上げたのだろうか。叔父同様、マリアベルの父も伯爵家当主への執着は人並み外れて強い。叔父の声を一蹴するために躍起になって捜しているのかもしれない。――逆に、叔父はこれを好機に、マリアベルを、家督を強制的に息子に継がせようとしているのかもしれない。


 ――全くの推測なのだが、それにしては妙に説得力のある己の想像に、マリアベルは顔をしかめた。


「もし、そうだとしたら……尚更、あなたはワーゼンではなくて、クナートへ行った方が良い」


 淡々と、フォンテーネが言った。言葉の意味を把握し損ねてマリアベルが視線で問いかけると、彼女は口元の覆い布を手でいじりながら言葉を続けた。


「……クナートは、熟練ベテラン冒険者……がいるし。…………も多いのよ」


 語尾に、心なしか彼女の声に郷愁が滲んだのを感じ取ったマリアベルは、もしや、と口を開いた。


「フォンテーネはクナート出身なのか?」

「いいえ」

「え」

「違うわ」


 即答で否定された。


「詳しいからそうだと思ったんだが……違うのか」

「ええ。……以前、短期間逗留した事があるだけ」


 その返答に、マリアベルは素直に「成程な」と納得した。フォンテーネの情報把握能力はマリアベルから見たらとても高い。短期間であっても、ある程度町の状況を把握してもおかしくない。

 クナートも妖魔モンスターに襲われた町のひとつ。冒険者の町というからには、人助けする機会は他の町より多そうだ。その上、港町故に多くの人が集まるだろう。その中で、剣を捧げたいと思えるような人物に出会える可能性も十分に考えられる。


「よし、ならば、行き先はクナートに変更しよう!」


 勢いよく立ち上がると、マリアベルは足早に店内のカウンターへ向かった。驢馬車の路線はカウンター近くの壁に貼り出されており、すぐに確認できた。――港町クナートへの馬車は、丁度二日後の朝に予定されていた。因みに、ワーゼンへの便は横線で消されている。店員に問うと、春先に発生した妖魔モンスターの襲撃を受け、現在ワーゼンは外から入る人間を制限し、復興に注力しているのだそうだ。ボランティアで復興手伝いを行いたい人々はワーゼンへの別便があるそうだが、クナートへ行くことを決めているマリアベルは二日後の朝出発する驢馬車の席の予約を店員に頼んだ。


 席に戻ると、ポテトスープを飲みえたフォンテーネが椅子から立とうとしていた。


「クナート行の驢馬車の席が取れたよ。フォンテーネのお陰だ。ありがとう」

「いえ、別に」


 そっけなく返されるが、気にせずマリアベルは彼女の前まで近付き、駄目元で旅の友にならないか勧誘した。


「フォンテーネはクナートにいた事があるんだろう? せっかくの縁だ。フォンテーネも一緒に行かないか?」

「……クナート方面から来たのに、何故戻らなくてはならないの」


 呆れ声に、やっぱり駄目か、とマリアベルは笑った。ならばせっかくだから、と共に部屋に泊まる事を提案してみたが、これもやはりそっけなく却下され、加えて「防犯意識は無いの?」と冷ややかなお小言まで頂いてしまったのだった。



* * * * * * * * * * * * * * *



 驢馬車エーゼットラングの車輪亭にて湯を借りて全身の汗と埃を洗い流し、サッパリしたところでふかふかのベッドに飛び込みぐっすりと休んだ。翌朝少し寝坊をしてしまったが、そのお陰で昨日受けた左腕の傷は綺麗に治っている。

 簡素で動きやすい臙脂色のワンピースに着替え、宿の1階で鶏肉をメインにしたボリューム満点の朝食セットを平らげる。その後は部屋に戻り、午前中いっぱいを使って剣と半身鎧ハーフプレートの手入れを行った。昼過ぎに再び階下の食堂で、店員お勧めの具だくさんのオムレツとあんず茸フィファリンゲのスープ、子牛肉を使ったカツレツシュニッツェルを食した。マリアベルの食いっぷりが気に入ったのか、店員からオークルにある様々な美味しい料理、名物、他の店でのお勧めを聞かせてもらった。

 その中で、店員一押しというのが、中央広場で人気のパンケーキの露店だった。多種多様なトッピングも選ぶことが出来るそうだが、どれも外れが無いそうだ。昼食をたっぷりと取った後だったが、店員の説明を聞いているとパンケーキ一つ分くらい……否、二つ分くらいは腹に余裕が出てくるのだから不思議だ。


 こうして昼食を終えたマリアベルは、早速中央広場へと向かったのだった。



 宿を出る際に道を教わり、何とか中央広場へたどり着いたマリアベルは、賑やかな街並みに感嘆の息を漏らした。さすが商業大国。その名に恥じぬ賑わいだ。

 お目当てのパンケーキの店を探す為、マリアベルはきょろきょろと辺りを見回した。――しかし、真っ先に目についたのは、初夏の日差しの中で違和感で目立ちまくっている、頭からフードを被った小さな人影だった。


「おーい、フォンテーネ!」


 嬉しそうに声を掛けると、小さな人影はあからさまにギクリとしてから、ゆっくりと振り返った。気にせずにマリアベルは明るい表情で手を高く上げてぶんぶんと振ると、彼女の前まで駆け寄った。


「奇遇だな。フォンテーネも露店を見に来たのか?」

「……違う。たまたま、偶然よ」

「そうか。でも、また会えて嬉しいぞ」


 屈託なく笑うマリアベルに、拍子抜けしたようにフォンテーネは肩の力を抜いた。それから、少し周囲を見回してから、控えめの声で問うた。


「あなたこそ……露店を見に来たの?」

「ああ。驢馬車エーゼットラングの車輪亭の店員が、中央広場に非常に美味いパンケーキの店があると教えてくれてな。いてもたってもいられずに来てしまった」

「……パンケーキ……」


 ポツリと反芻された言葉は、理由は分からないが様々な思いが込められた声音に感じ、マリアベルは首を傾げた。


「フォンテーネはパンケーキが好きなのか?」

「……」


 目深に被られたフードと口元を覆う布で、フォンテーネの表情は見えない。少し考えてから、マリアベルは更に言葉を重ねた。


「フォンテーネも食べるか?」

「…………いえ、いい」

「遠慮するな。昨日の礼に奢らせてくれ」


 パッと笑うと、マリアベルは手を伸ばしてフォンテーネの手を取った。指先が触れた瞬間、フォンテーネの小さな手がおののいた様に感じたが、気付かなかった振りをして手を握るとマリアベルは笑った。


「実は、店がどこにあるのかも分からなくて、少々難儀もしていたんだ。もしフォンテーネが店の場所を知っていたら案内して欲しいんだが」

「ちょ、ちょっと、手、離し……」

「こんなに人手が多いと、はぐれてしまったら大変だ。こうしていると安心だろう?」

「子どもじゃないんだから」

「言っておくが、フォンテーネが、じゃないぞ。……私が、だ」

「……」


 真顔でマリアベルが言うと、フォンテーネはしばし固まった。――それからゆっくりと息を吐き出し、疲れた様な声で「分かったわよ」と小さく返答した。



 聞くところによると、フォンテーネはオークルでパンケーキの店に行った事は無いそうだ。ただ、別の町でここのパンケーキの出店で食べた事があるという。

 驢馬車エーゼットラングの車輪亭の店員から教わった店の場所をフォンテーネに伝えると、彼女は少し思案してから歩き出した。マリアベルが握っていた手は、彼女に丁重に、且つ断固として断られ、今は離れたままだ。周囲の人々より明らかに低い背丈の彼女を見失わない様に、すぐ後ろを歩きながらマリアベルはこの小さな恩人について考えてみた。現時点で、分かっている事は非常に少ない。容姿などは小柄で瞳が水色、というくらいしか分からない。だが、言葉を交わした感じでは、彼女は真面目で謙虚、他人に配慮出来、且つ機転が利く人物に思えた。総じて、彼女はマリアベルにとっては非常に好ましい人物であった。交流を深めていく内に、友と呼べる間柄になれるのかもしれない、などとウキウキと想像していると、目の前に歩いていたフォンテーネが足を止めて振り返った。


「……あの店みたいね」

「おお、そうか! どれど……れ……」


 嬉々としてフォンテーネが指す方向を見て、マリアベルは己の頬が引き攣るのを感じた。――ものすごい長蛇の列である。


「す、すごい行列だな……」


 思わず呆然と呟くと、フォンテーネが小さく肩をすくめた。


「……人気があるんでしょうね」

「いやしかし……パンケーキで、こんなに並ぶものなのか?!」


 唖然としてマリアベルはフォンテーネとパンケーキの店――に並ぶ長蛇の列を、交互に見た。実は、マリアベルは行列に並んだことは一度たりとも無かった。というのも、実家のお嬢様暮らしの時は並ぶ必要が無く、実家を出てからはのんびり行列に並ぶ時間も惜しい程に我武者羅がむしゃらに修行に励んでいたのだ。


「あたしが以前他の町で食べた時も、このくらい並んでいたわ」

「そうなのか! そ、それじゃあ……これがこの店の平常、という事か」

「どうするの」

「え?」

「買わずに宿に戻っても良いと思うわよ。この行列の感じだと、一時間近く並ぶかもしれない」


 フォンテーネの言葉に、マリアベルは「うっ」と言葉を詰まらせた。しかし、明日は朝から驢馬車でクナートへ向けて出発予定だ。並ぶとしたら、今しかない。


「せっかくの機会、逃すわけには行かない! 行こう、フォンテーネ!!」

「……あたしも行くのね」


 表情はフードと口元の布で隠れているはずにも関わらず、フォンテーネがジト目でこちらを見ている気配を感じて、マリアベルは破顔した。



「フォンテーネに時間があるなら、共に並んでくれないか? もちろん、報酬はここのパンケーキだが!」

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