第11話 遭遇 2

 しばらく寝込んでいたソフィアだったが、収穫祭の幕を閉じて数日が経つ頃には起き上がれるほどまで回復していた。



「熱も平常、顔色も……まぁ、及第点。感冒かぜに関しては、もう問題ないわ」


 長い黒髪に褐色の肌をした女性は一つ頷いて微笑んだ。今日はアトリの知人という施療院の医者の女性がソフィアの部屋を訪ねていた。セラフィアというその女性は、アトリより4~5歳年上でくっきりとした目鼻立ちと意志の強そうな眉をした美人だった。

 彼女は、ソフィアの意識が朦朧としていた時期から何度かソフィアを診療し薬草を処方していたのだという。アトリの友でありながら薬草学の知識は確かで、アトリはセラフィアを師と仰ぎ薬草学を学んでいるのだという。


 そのセラフィア――セラの言葉にアトリは素直に安堵の息を吐いて「わぁ、良かったぁ」という言葉を零すと共に、そのまま相好を崩してベッドサイドの椅子に座り込んだ。アトリの反応に、ソフィアは思わず眉をひそめてボソリと抗議した。


「……あのね、大袈裟なのよ。医者なんて呼んで」

「だ、だって……熱、全然下がらなかったんですよ?」

「だからって……」


 もちろん大袈裟という点もそうだが、もっと重要な点がある。――つまり、


(そんなお金無いんだけど……っ)


 こちらの世界がどうなのかは分からないが、ソフィアの元いた世界ヴルズィアでは、医療や神の奇跡は王侯貴族や大商人、報酬を多く受取る事が出来る熟練ベテラン冒険者達が利用するものであって、一般人が利用するようなものではない。それほど高額なのだ。

 ヴルズィアと、現時点でこの世界は大きな違いが無い。という事は、――という事なのだ。

 ソフィアの感冒かぜは治ったとの事だが、ソフィアの懐事情は相変わらず寒々としたまま変わりはない。苦い顔でソフィアは視線を彷徨わせた。

 その様子から何かを察したのか、セラは診察道具をカバンに仕舞いながら肩をすくめて一笑した。


貴女あなたの意思確認もしないで勝手に治療してから、ふんだくろうなんて思ってないわよ」

「えっ」

「――それより、」


 表情を改めて、セラはソフィアをじっと見つめる。


貴女あなた、ここで一人暮らし?」

「ええ。……言っておくけど、あたし成人しているから。一人暮らしでもおかしくないでしょ」

「まぁね」


 軽く相槌を打ってから、セラは口元に指を当てて何やら少し思案してから口を開いた。


「医者として言わせてもらうと、貴女あなたが一人暮らしというのはあまり望ましくないわ。特にこの時期はね」

「何よそれ……こんなの、毎年の事だし慣れっこだわ」


 子ども扱いされたと感じて、自然と不貞腐れた様な表情で反論する。だがその言葉に「毎年?」とセラの片方の眉がピクリと上がる。


「なら、尚更よ。――そうね、一人暮らしでも良いから、とにかくしばらく南区から離れた方が良いわ」

「どういう事?」

「今、南区この近辺でかなり性質の悪い流行病が出始めているの。貴女あなたかかると命にかかわってもおかしくないから」

「大袈裟な」

「ええええええっ い、い、命?!」


 ソフィアの言葉を遮るように、アトリが顔を青くして大きな声を上げた。むしろ既に涙目だ。


「ソ、ソフィアさんっ ソフィアさんがっ ど、どうしよう……!!」

「ちょっと! まだかかってないわよ!」


 素早くアトリに突っ込んでから、続けてセラに抗議する。


「引っ越すお金なんて無いわ。収穫祭で出た報酬も今までの宿代のツケを払ったら全然残らなかった……というか、まだツケが残ってるから、またここを拠点にして仕事を探すつも」

「駄目よ」


 ソフィアの抗議を遮るように言って、セラはじろりと鋭い視線をソフィアに投げかけた。


「医者として聞き捨てならないわ」

「そんな事を言われても

「駄目」


 無理、と言い終える前に、キッパリとセラは言い切る。取りつくしまもなくがんとして譲らない。続けて抗議の声を上げたいが、思うように言葉が出て来ず、もどかしさで「うぐぐ……」と小さな唸り声を上げていると、アトリがそっと声を掛けてきた。


「わたしとしては、エルテナ神殿においで頂きたいところではあるのですが……流行病が本格的に蔓延すると、施療院から近いので患者さんがたくさんいらっしゃるでしょうから、むしろ避けて頂いた方が良いですよね」


 それから、アトリは「あ、」と小さく声を上げた。


智慧神ティラーダ様の神殿は西区にあります。シンさんに口利きをお願いされてみては?」

「冗談じゃないわ!」


 慌ててソフィアはアトリの言葉を遮った。


「あの人、この前もあなたに頼まれて看病に来てたみたいだしっ あたしはこれ以上、返す・・当て・・のな・・借りを作ったりしたくないわ!」

「でもわたし、至高神アウラス様の神殿に知ってる方はいらっしゃいませんし、戦神ケルノス様は知人で神官様がいらっしゃいますけど、ソフィアさんが滞在するには少し……」

「一旦神殿・・から離れなさいよあなたは」

「えっ? ……あ!」


 呆れたようにジト目で見やりつつ指摘すると、アトリは顔を赤くして両手で口を押さえて黙った。やれやれ、と頭痛を抑えるように頭に片手を当てたままソフィアはセラへ視線を戻した。


「……話しが逸れたけど。……つまり、今南区では流行病が出始めている。で、あたしの体調には不安があるように見えるから、南区以外に宿を移した方がいい、という事よね?」

「ええ。――見える、じゃなくて、もっと深刻よ」


 真顔で頷いてから、ため息混じりにセラは続ける。


貴女あなたの体力では、強い病に罹ったら一気に悪化する。断言できるわ。――そもそも、体力だけじゃなくて貴女あなた生命いのちの精霊の力が非常に弱いのよ。普通の人よりも極端に。――原因は分からないけど、でも貴女あなた自身も薄々感じてるんじゃない?」


 アトリが青ざめて息を飲む。

 セラは彼女アトリに少し目をやってから、すぐにソフィアに向き直ると、真摯な眼差しで水色の瞳を真っ直ぐに見つめて言葉を選ぶようにゆっくりと伝えた。


「このままでは、病にかからなくても、永くは持たないわ」


 ガタン、とアトリが座っていた椅子から音を立てて腰を浮かせた。その顔面は蒼白で身体は小さく震えている。対するソフィアは、特に驚いた様子も無くセラの言葉を聞いていた。セラが推測した通り、ソフィアにとって彼女の言葉は以前から漠然と自覚があった事の為、驚く要素が無かったのだ。

 その為、ソフィアは「それはともかく、」とその話題がどうでも良い事の様にアッサリと話題を元に戻した。


「あなたが言いたい事は分かったわ。―――その流行病が落ち着くまで、どこかここより安い宿が無いか、探してみるわよ。……ついでに仕事も」



* * * * * * * * * * * * * * *



 あっという間に港町クナートの空気は冬のそれになっていた。


 息を吸うと鼻の奥がツンと冷える。そっと口から息を吐くと、以前に比べてより白く見えた。



(……さむ)


 両手の指先を吐く息で温めながら歩を進める。

 収穫祭が終わった後から一段と町が活気付いた様にも感じる。旅姿の一団や冒険者と思われる鎧姿の男達、荷物を両手に抱えた女性達に露店商の掛け声。春告鳥フォルタナの翼亭を出る際にアトリが「あと一月ひとつき半ほど先ですが神殿で今年最後の祈りの集いがあるんです」と言っていた。“聖夜祭”と呼ばれるその集いは家族や恋人など、大事な人々と共に過ごし、新年を迎えるための祈りを捧げるのだと言う。

 正直、その話を聞いてもソフィアは全く興味を持てない。神様がいるとは思っていないし、加えてそのような時を過ごす相手もいないから、完全に蚊帳の外というヤツだ。



(とはいえ、その手伝いにも来ないかって誘ってもらえたのはありがたかったわ……)


 そう。まだ先にはなるが、その聖夜祭でも手伝いをして欲しい、とアトリに頼まれたのだ。きっと間違いなく気を遣ってくれたのだとは思うが、それでも出来る事が少なく、人とコミュニケーションをとる事も不得手なソフィアにとっては、非常にありがたい話しだった。自分に出来る事を全力でさせてもらおう、と胸の中で思わず誓ったほどだ。



春告鳥フォルタナの翼亭のツケは一応今はほとんど残ってないから……宿を変えてもう少し出費を抑えつつ、後は出来たら――アトリとシンに、何か世話をかけたお詫びに……うーん、菓子折り? でも持って行った方が良いのかしら)


 寝込んでいた間、朦朧とした意識の中で何度もアトリやシンの声を聞いた。

 上掛けの上から身体をとん、とん、と優しく叩いていたり、額に水で濡らした布を乗せたり――よく分からないが、あれが世に言う看病・・というものなのだろう。あの行為が、病人に一体どういう効果をもたらすのかは不明だが――それでも浅い眠りで深夜に幾度となく目を覚ました際に、部屋の中に薄明かりが灯っていて、傍に誰かがいてくれる、というのが分かると奇妙な気持ちになったのは確かだった。――その気持ちがなんと言うものなのか、ソフィアは知らない。思い出しただけでも何だかむずがゆく、腹と胸の間、身体の真ん中の辺りがぎゅう、と締め付けられるような感覚だ。もし誰かにこの気持ちが何と言うものなのか聞く機会があったとしても、これを表現して伝えることなど出来ないように思えた。



 大通りの道をぎりぎりまで壁際に寄って歩きつつ、出来るだけ建物の看板を見上げながら歩いているが、なかなか目ぼしい宿は見つからない。それどころか、上を向いて歩き過ぎた為か、何だか気持ちが悪い。足を止めて煉瓦レンガの壁に背中を寄り掛からせて小さく息を吐く。

 その時、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ホラ、そんなに走ったら危ないよー」


 え、と思わず顔を向けると、深緑の外套姿の焦げ茶色の髪をした人物が人の波の合間に見え隠れしていた。キョロキョロと誰かを探している様子だが、すぐにその理由が分かった。その人物――シンが両手で小さな少年をひょいと抱え上げて笑った。


「ほーら、捕まえたっ」

「きゃはは シン兄ちゃん、もっともっとー!」

「もう」


 追いかけっこをしていたつもりなのか、少年はシンに続きをせがむが、シンは「もう帰らなきゃだよ」と笑いながら応える。その彼に違う方向から声が掛かる。


「シンさん、お待たせしましたっ」


 真っ直ぐ腰まで伸ばした栗色の髪を揺らして、シンの元へと駆け寄る女性。年嵩は恐らくアトリと同じか少し下の、黒い瞳の可愛らしい印象の女性だった。


「ううん、大丈夫だよ。買出しはこれで終わりかな?」


 片手に少年を抱き上げたまま、その女性からさり気なく荷物を受取って微笑みかけると、彼女は頬を薄っすらと赤らめて目を潤ませた。


「あっ えっと、私、持ちますっ」

「あはは、僕、力仕事しか取り得がないからねぇ 気にしないでいいよ」

「で、でもでも……っ」

「じゃあ、帰ったらミアちゃんのお茶が飲みたいなっ いつもすごく美味しいんだもの!」

「や、やだ、シンさんったらお上手っ」


 真っ赤になってもじもじとシンと自分の手元を交互に見ながら、ミアと呼ばれた女性はまんざらでもない様子だった。その彼女の両脇に、別の小さな子どもが2人、そしてシンの側にも子どもが1人くっつく。どうやら孤児院の子ども達と町に買い物に来ていたようだ。


 それにしても、とソフィアは壁に寄り掛かって彼らを見送りつつ自分の髪を少し指でもてあそんだ。



(……妙なシーンを目撃してしまったわ)


 2人のかもし出す親密な空気、距離の近さ、そのどれもが彼らを立派な恋人同士に見せていた。



(……いや、見るつもり無かったんだけどっ)


 先ほどの光景を思い出し、顔を少し赤くしつつ、誰に言うでもなく心の中で弁解する。



(っていうか、町の往来であんな風にいちゃいちゃするなんて……やっぱり、あのシンって人、女たらしなんじゃないかしら)


 やや言いがかり的な理屈でシンが悪い事にしてから、先ほど会話が聞こえた方向を見やるが、既にもう彼らの姿は見えなくなっていた。



(――あれが、シンの守る人達)


 彼女に細やかな気遣いを見せるシンと、顔を赤くしてシンに寄り添う女性。その周りには2人に懐いている小さな子ども達。何と言う絵に描いたような幸せそうな光景。思わず眩しくて目を閉じて小さく首を横に振った。

 シンは恐らく時間を掛けて努力して、今のあの明るい居場所を手に入れたのだ。事前に孤児院で住み込みで働いていると聞いてはいたが、の当たりにすると何だか驚いてしまった。

 思考を切り替えて宿探しを再開しようと壁から背を離そうとした。その時、ふっとソフィアの頭上に影がかかった。



「ねぇ、どうしたんだい? 君」


 ハッとして顔を上げると、ソフィアの顔の横に片手をついて屈みこむように男が立っていた。見上げたソフィアの顔を見た男の顔が、一瞬奇妙に歪んだ笑みを浮かべた。だが、男はすぐににこにこと笑顔を見せた為、ソフィアがそれを確認する事は出来なかった。

 それでも、何だか妙な馴れ馴れしさが気味悪く感じ、ソフィアは瞳に警戒の色を浮かべて沈黙したまま男を見た。


「……」

「気分でも悪い?」

「……なんでも、ない、です」


 ぼそぼそと返事をしながら、壁を背に少しずつ男の手と逆の方へ移動しようとするが、素早くもう片方の男の手がソフィアの進行方向の壁に置かれた。男の思いがけない行動に、ソフィアはぎくりと身体をすくませる。


「おっと、怖がらせちゃったかな?」

「……」

「ここは人が多いから――人に酔ってしまったのかもしれないな。休めるところへ案内しよう」

「え…」

「さぁ」


 え、と更に小さく声を上げようとした瞬間、ソフィアの細い腕がガッチリと掴まれ、予想外の強い力で押さえつけられた。慌てて声を上げようとするも、そのまま壁に身体を押しつけられて息が詰まる。


「思ったよりも肉がついてないな……――すぐには無理だな」


 男が小さくひとりつ。



(一体何の話しをしているの……)


 掴まれた腕の痛みと、押し付けられている背中の息苦しさで思考がまとまらない。必死でソフィアは男の顔を見ようとするが、気取られて更に強く押さえつけられる。


「頼むから良い子にしててくれよ。こちらだって商品・・に傷をつけたくなど無いからな」

「……?」

「っくく……どこの箱入りか知らないが、よくまあ一人歩きしててくれたもんだ……こちらとしては良い拾い物が出来て助かったがな」


 男の言いたい事は全く分からない。同じ言語を使用しているのかすら怪しいくらいだ。それでも、自分にとってあまりよろしくない事を言っているのは分かった。――分かるが、普通の人より数倍非力なソフィアがあらがえるはずもなく、もがく事すら出来ずにいた。



(ど、うしよう……)


 痛みで思考が鈍りきる前に、どうにかしなくては――必死で男の腕から逃れるすべを探していると、男の背後から鋭い声が飛んだ。


「てめぇ! 何してんだ!!」


 次いで、声の主は男の背中を豪快に蹴り飛ばした。急に開放されたソフィアはよろけて倒れこみそうになるが、寸でのところでその彼がソフィアを抱き止める。


「おい! 往来でふっざけんなよ! 自警団呼んだからな!」

「!」


 “自警団”という言葉に、先ほどソフィアを押さえつけていた男はサッと顔色を変えた。次の瞬間、素早い動きで身を翻し、町の雑踏の中へ消えて行った。



「あっ 待て! ちっくしょ……ッ逃げられた!」


 舌打ちをして男の消えた先を睨んでから、彼は抱き止めていたソフィアへ視線を移す。


「お前もなぁ! なに人目のつかない場所でコソコソしてんだよ! いくら昼間の大通りだからって危ねぇだろうが!」


 群青色の瞳が怒りに燃えている。


「な、なによ……」


 あまりの剣幕に、むっとして見上げると、彼のその怒りの中にそれ以外の感情も見てとれて、出かかった文句が咽喉の奥へ引っ込んでいった。


「……別に、あたしは……」


 思う様に言葉が出て来ず、目を伏せる。未だに何がどうなって今に至ったのかが分からない。その様子を見て、彼は呆れたように息を吐いた。


「お前――ミードだっけ? シンさんにも知らない人について行こうとするなって言われてただろが」

「?」

「ん?」

「ミード?」

「あ?」

「え?」

「……おい?」


 じと、と半目で男……――シアンはソフィアを見下ろした。そこでやっとソフィアは、シアンに支えられて立っていた事に気付き、慌てて身を起こそうともがく。


「っと、待て待て。顔色悪いって。いや、このセリフなんつーか怪しいか? いやでもとにかく、そうだ、春告鳥フォルタナの翼亭に行こうぜ! お前あの後、あそこに宿取ったんだろ?」

「え……?」

「……お?」

「何故あなたが、春告鳥フォルタナの翼亭の事を……」

「いや、あそこで会っただろ、俺ら」

「?」

「……酒好きの蜂蜜酒ミードちゃん?」

「っ“ちゃん”はやめて!」

「ははっ なるほど! それで、シンさんが呼び捨てで女の子呼んでるのか!」


 ぽんっと手を打ってから、シアンは破顔一笑した。


「ってことは、お前の名前はソフィアだろ!」

「!」


 反射的にギクリと顔が強張る。


「んなビクビクすんなって! 別に嘘の名前言ったからって、ガキのする事にいちいち怒りゃしねぇよ!」


 はははは、と笑いながらシアンは片手でソフィアの頭を撫でようと手を伸ばす。その手が触れた一瞬、ソフィアの身体が無意識にすくんだのを感じ取り、シアンは手を止めてから、ソフィアの額にピシッと軽くデコピンをした。


「いや~、収穫祭での謎が解けたぜ! ってかシンさん、ここしばらくずっと「ソフィアがソフィアが」って大変だったんだぜ~ ありゃ、心配性通り越して過保護ってヤツだ。何だかなぁ……孤児院に勤めてると、父性に目覚めるもんなのかね」


 からかうような口調で言いながらシアンは肩を竦めた。そのタイミングでソフィアはシアンの腕から後ずさって距離を置く。特にそれを咎めることなく、シアンは居住まいを正した。


「一応、名乗るぜ。俺はシアン・バレンティーノ。一応この町で、駆け出しの冒険者をやってる。お前は“ソフィア”でいいんだろ?」

「……――ええ」


 のろのろとソフィアは頷いた。


「んじゃ、ソフィア。お前、面は平気そうだが、顔色はひどいぜ。まぁ、さっき絡まれたせいもあるかもしれねぇけど、それだけじゃねーだろ。具合悪いんだろ?」


 柳眉をひそめて、シアンは俯き加減のソフィアの顔を覗き込んだ。妖精エルフと見まごう程の繊細で美しいソフィアのかんばせは真っ白に顔色を失っている。先ほど狼藉者から救出し抱き止めた際の腕や肩の細さと言ったら、普段から女性と接する事の多いシアンでも驚くほどに華奢だった。――シンが気にかけている少女、という事を抜きにしても、さすがにこの状態のこの少女を放っておく事はシアンの矜持きょうじが許さない。


 結局その後、シアンは大丈夫だというソフィアの言葉に耳を貸す事なく、逆に「つべこべ言うんじゃねーよ! ちゃんとついて来ないなら、引っつかんで抱え上げてくけど?! どーする?!」とやや半切れで脅し文句を突きつけて来た。

 これにはソフィアも反論出来ず、結局新しい宿の情報もつかめぬまま、春告鳥フォルタナの翼亭に戻る事になったのだった。

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