第7話

(7)


 夕飯を作るのも僕の仕事になった。同窓会で盛り上がった妻から夕飯もお願いと連絡があったからだ。

 僕は眠る娘を起こさないようにそっとマンションを降りて商店街へと向かった。そこでなじみの精肉屋へと顔を出す。


「よっ、田中さん。今日は旦那さんが買い出しに?」

 カウンター越しに肉屋の若店主が声をかける。ここの肉屋の若店主も娘と同じ年頃の娘が居て、同じ幼稚園に通っている。


「そうだね」

 僕は笑う。

「それで何にする?」

「そうだなぁ…」

 そこでガラス越しに肉の種類を見る。

 妻もいない夜だ。できれば簡単な料理にしたい。

 そうできれば、カレーなんかが良いな。

「カレーにしようかと思って、何が良いかな」

「カレー?ああ、それならこの牛の切り落としなんかどう?」

「じゃぁ、それにしようか」

「でしょう?こいつ中々いいですよ。だって…」

 そこで声が小さくなる。

「どうしたの?」

 僕が聞く。若店主が顔を近づけて来た。

「ほら、田中さん。優君が亡くなったでしょ?あの日、実は食事会でカレーを作ることになってましてね。その時はうちがこの肉を薦めて幼稚園に卸したんですよ。カレーに入れると風味も出て、コクも出るもんだし。何よりもそこで評判になればうちも売り上げが上がるってもんで、それで僕は遊戯会に出ず、ここで仕事して配達に行ったんですよ」

 僕は顔を上げた。

「えっ?本当。それって…何時ぐらい」

「そうですね…妻が娘の遊戯を見ていたから。そうそうお宅のミナちゃんが出る前ぐらいですよ」

「ミナが出る前?」 

 僕は、突如、踏切の警報がけたたましくなるのを感じた。

「ええ、間違いないです。ミナちゃんの前がうちの娘だったから。実はね、田中さん。その日、僕ね…幼稚園に持って行くための肉の選別に時間がかかって幼稚園との約束の時間に遅れたんですよ。それで勢いよく飛び出してね。正門まで回るとあそこ反時計回りに行かなくちゃいけないから焦っていたら、裏口に先生が居て…」

「そ、それは本当に?」

「ええ、そうですよ。もし本当かどうか知りたいならその先生に聞いてください。裏口に立って僕を待っていた先生を見つけたので直ぐに渡したんです。肉は腐るといけないですからね」

 僕はどきりとした。

「先生って?一体…誰…?」

「先生ですか?ええ、藤田先生です」


 僕の脳裏に踏切の音を聞きながら指輪が落ちて響く音が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る