四、子守唄
山賊たちの埋葬を終えると、五人は廃炭鉱に向けて出発した。
ボリス「お気をつけて」
ボリスからいくつかのハーブをもらった。この土地でとれるハーブで、お茶に混ぜるとリラックス効果、また傷口につけると止血、殺菌の効果があるという。
一行は荒野を歩いていく。
太陽が頭上に昇る刻、炭鉱の街に着いた。もちろん、すでに使われていないゴーストタウンである。窓はなく、外壁はひび割れ、およそ生命を感じない無機質な建物が並ぶ。
カテナ「ここのたんこーに、イザがいるかもしれないんだ……」
ごくり、と喉を鳴らすカテナ。今までラスプーキンから退治を頼まれていた悪者とはワケが違うような、そんな嫌な予感がする。カテナの中の野生の勘がそう告げていた。
カテナ「でも、イザじゃなくて、あやしいまほーをつかうヤツかもしれないんだよね? ……どっちもいるってこともあるけど」
そう言いながら周りを見回す。
カテナ「ここにはだれもいないのかな? それこそじゅんびしてるぼーけんしゃとかいればいーんだけど……もうみんななかにはいってるか、さんぞくにやられちゃったか、かなぁ……」
斜め上方を向いて眼を瞑り、くんくんと匂い感知に集中する。
街の付近にはいくつもの穴が掘られている。
アイグル「ここは昔、石炭が発掘された場所で、かなり賑わっていたみたいよ」
パンドラ「それが今ではゴーストタウンかい」
アイグル「実際は石炭が目的じゃなくて、“賢者の石”の発掘が目的だったと言われているわ。でも、その発掘に関わった人は次々と不審死を遂げていった……発掘隊の人だけでなく、その家族などの縁故者もね。そしていつしか発掘は頓挫され、街は廃れていった……」
ドルジ「賢者の石……伝説の金属“オリハルコン”を精製するために必要な材料じゃな」
パンドラ「まるでおとぎ話ね……。そんなことより、いくつかある穴から怪しい気や匂いを感じたりはしないかい?」
ドルジとカテナに目線を移して訊ねるパンドラ。
ドルジ「ここからでは特段異様な魔力の感知はできぬが……それにしても……」
眉を潜めるドルジ。
クルト「気分の問題だけど……なんかここ、怖い……」
言い知れぬ不吉な予感に、クルトは胸元で両手をぎゅっと握りしめた。
パンドラ「ん?」
不意に視線を炭鉱から廃墟に移そうとしたが、目線はそのまま炭鉱に向けて仲間たちに呟いた。
パンドラ「狼男かどうかは分からないけど……もしかしたら建物のほうにいるかもしれないね。普通の獣には出せない、人間独特の粘りつくような視線を感じたわ」
カテナ「うん、まちがいないよ。オイラたちいがいにも、いきもののニオイ、する。せっかくいてくれたんなら、ムシするのもわるいしね。なにかいいはなしがきければいーんだけど。まっ、もしかしたらむこうもオイラたちにようがあるかもだし? もしそうなら、どんなカタチであれ、おへんじしないとだしね!」
クルト「罠、かな……」
パンドラ「ドルジ爺が異様な魔力を感じないと言っているから、今のところ敵意はないかもしれないね。でも、観察されているのは間違いないわ。まぁ、この距離で私や坊やに見つかるってことは、大した相手ではないわ。確認しにいきましょう」
パンドラは剣を羽織物で隠すようにして、建物のほうに歩み始めた。右手はいつでも左腰から剣を抜けるように、腕の振りを抑えた歩き方である。
カテナ「そだねっ、ここにずっとたちどまってたら、こっちがきづいてるってバレちゃうし! オイラたちはきづいてなーいっ、きづいてないですよ~」
堂々と、ウキウキしたような表情でパンドラの後ろを追うカテナ。
楽しそうに歩くカテナの姿を笑顔で見るパンドラ。
パンドラ「相手に不穏な動きはない。こちらの意図はバレてはいないわね(坊やのリラックスした姿を見たら、観光をしているようにしか見えないだろうね)」
あえて少し遠回りをしながら、視線と気配と匂いを感じたところを目指す一行。
団地を通り抜け、廃墟中央にある聖堂に辿り着いた。扉に鍵はかかっておらず、一行は恐る恐る聖堂内に入った。
パンドラ(バレていない。相手の動きにもぎこちなさは出ていないわね。相手の呼吸の乱れや心音の変化……それを見逃すほど私はマヌケではないわ)
観光客を装いながら、あたりに細心の注意を払うパンドラ。
カテナは匂いで、ドルジは魔力で、パンドラは音で周囲の状況を把握する。
常に音と過ごしてきた踊り子のパンドラにとって、相手の心拍数の変化を見分けることは容易いことである。足で地面を叩いたり、言葉など、パンドラ自身が音を発することによって、反響を利用して見えないところにいる相手の位置や感情を読み取ることができる。イルカやコウモリが使う、いわゆる
カテナはぐるっと見回し、近くを調べ始める。
カテナ「うえぇっ、カベとかこまかいし、1まい1まいちがうえがはいってるんだ……」
この聖堂の建造時を想像してしかめっ面になる。
カテナ「ゆかはひどいけど、ほかのたてものとちがってしっかりしてるよね。えもけっこーキレイなままだし。まちがボロボロになっちゃっても、ここはだれかがていれしてたのかな。カミサマにたすけてもらうために……」
オイラはカミサマとかぜんぜんわかんないけど、と最後に小さく付け加えた。
ドルジ「そうじゃな、神様に助けてもらうために……」
聖堂に祈りを献げて、ドルジは言った。
ドルジ「信ずる者の神に対する想いは、家族の絆のように深いものじゃからの」
男「その通りです。祈りは想いとなり、神はこの国の民に祝福をもたらすでしょう」
不意に男の声が聖堂内に響き、聖堂奥の
パンドラ(やっと姿を見せたね……あいつだよ、私たちを見ていたのは)
パンドラは声に出さずに、アイコンタクトでアイグルに伝えた。
男「申し遅れました。私の名はザハル。帝都の宮廷作曲家でございます。この街の調査に来たのですが、例の狼男の襲撃に遭い、仲間たちとはぐれてしまいましてね」
カテナ「おーかみおとこにおそわれて? みたってこと? じゃあ、ここにおーかみおとこがいるってうわさはまちがいなかったんだね」
とりあえずガセネタで空振りに終わる心配はなさそうで、一旦安心するカテナ。
パンドラ「私たちを見た途端、心拍数が急激にあがったね。嘘はついていないが大事なことを隠しているね」
パンドラは腰の剣に手をかける。
ザハル「ふふ」
不敵な微笑を浮かべるザハル。パンドラの顔が強ばる。
先程まで波打っていたザハルの心拍数は、一滴の水が落ちた水面に広がる波紋のように穏やかなものとなった。
パンドラ(心拍数が一定に戻った……この男、心拍数をコントロールできるのかい!?)
ザハル「あなた方はそれぞれ
再び不敵な笑みを浮かべるザハル。
ザハル「そんなスペシャルを持つあなた方を欺くつもりはありません。だからこそ姿を見せたのです」
カテナ「てーと、っていったよね。おとーさんにたのまれてここにきたの?」
ザハル「お父さん? んん~?……あぁ、なるほどなるほど。ふふふふ」
パンドラ「なにがおかしいんだい!」
ザハル「いえいえ」
ザハルはカテナに向かって優しい笑みを浮かべながら語りだした。
ザハル「あなたの父君、ラスプーキン様はここにいらしていますよ。彼は酔狂なお方でね……狼男捕獲の任務を自分から名乗り出たのです。しかし思った以上に相手は手強い。ぜひ、あなたの力を貸してほしい! 狼男を共に捕まえてこの国の民の安全を確保しましょう! きっと父君も喜ばれることでしょう!」
続けて、一同に目線を送って言った。
ザハル「皆さんもいかがですかな? 私たちに協力してはくれませんかな? もちろん報酬ははずみますよ」
カテナ「がぅッ!? おとーさんここにきてるの!? がうぅ、オイラがみつけてよろこばせたかったのに、おとーさんじしんにさきこされちゃうなんてっ!」
悔しそうに、ギュッと拳を握りしめるカテナ。
カテナ「って、そんなこといってるばあいじゃない! おとーさんがあぶないの!? わわっ、もちろんオイラたちもてつだうよ! もともとオイラたちもおーかみおとこのところにいくつもりだったんだし! ねっ、みんな?」
ザハル同様、皆へ協力を促す。
ドルジ「ちょっと待て。捕獲とは穏当ではないのう……その狼男が危険な存在じゃとは、わしらは確認しておらぬからの」
ドルジは怪訝そうに顔をしかめた。
クルト「そうだよ! カテナのほんとうのお父さんが、捕まって、どうされちゃうか分からないんだよ!?」
クルトも悲痛そうな表情をあらわにして叫んだ。
アイグル「そうよ。あなたたち、その狼男を捕まえていったいどうするつもり?」
アイグルも、ザハルと名乗るその男に警戒感を示し訊ねた。
ザハル「そうですねぇ……簡単にいえば人体実験ですね。いや、狼男ですから動物実験とも云えますね。ふふふふ」
パンドラ「実験?」
ザハル「まずは一定の電気や刃物等で苦痛を与えたり、内臓を取り出して、死ぬまでの肉体の反応を観察し、記録をつけるでしょう。どこをどこまで傷つければ死ぬか。死ぬまでの時間やその様子は貴重な情報です。また、狼男の細胞を利用して人間をさらなるステージにレベルをあげる計画や、狼男自体を我が国の軍隊に利用する計画もあります」
カテナ「──ッ!!」
ザハルの言葉に眼を見開き、息を飲む。
アイグル「やっぱりね、そんなことだろうと思ったわ……」
忌々しげにザハルを睨む。
パンドラ「胸糞悪いわ」
ザハル「狼男というレアな被験体がいくつも必要なのです。我が国の医学と軍事力の発展のために……そしてゆくゆくは、この国を世界唯一の
パンドラ「
ザハル「理解できませんか? あなたたちは賢い人間だと思って話したのですが」
パンドラはカテナの方を一瞬見たあと、すぐに目線をザハルに向け、唇を噛み締めた。そこから髪の毛のように赤い色の血がしたたる。
カテナ「ぁ…ぃゃ……でもおとーさんがいうよーに、ほんとーにわるいヤツならべつに……でも、もしオイラのほんとーのおとーさんだったら……うがぅっ、でもっ、でもっ! ここのままじゃおとーさんがあぶなくてっ! ああっ、うあぁっ! オイラはっ、オイラはどーしたらッ……」
その瞳は、ガクガクと細かく震える荒れた床を見続けたまま、何かをぶつぶつと呟いている。
この先にいるであろう狼男がイザではない別人であること、そして極悪であること。それを願い続けるばかりだ。
ドルジ「カテナよ」
ドルジは混乱しているカテナの頭を優しく撫でた。
ドルジ「考えるのじゃ。たとえどんなに悪い輩じゃったとしても、ザハル氏の云うような非人道的な──極めて酷いことをする──実験に使うなどということが、許されると思うかね?」
そして、ゆっくりした口調で続けた。
ドルジ「カテナ……おぬし自身も──“獣人”──なのじゃからな」
ザハル「ふふふ……。炎の竜姫パンドラ、大賢者ドルジ、荒野の妖精カテナ、魔笛の奏者クルト……天才マースハルト楽団を打ち破ったヴァルトベルクの音楽祭、実に見事でした」
パンドラに歩み寄るザハル。
パンドラ「知っていたのね、私たちのことを……」
ザハル「私も音楽家ですから。ラスプーキン様と一緒に、ヴァルトベルクで拝見拝聴させていただきました。実に素晴らしいものでした」
パンドラの横を通り抜け、カテナの頬を撫でるザハル。
“止めなければならない!”という意志とは裏腹に、パンドラは身動きができなかった。
ザハル「あなたの父君・ラスプーキン様は、あなたをたいへん誇りに思っています。私たちと共に行きましょう。カテナ君が獣人だとしても、ラスプーキン様はあなたを本当の子供のように愛しているのですから」
ザハルの言葉から奏でられる不思議な旋律が、あたりを包む。
うつろな目でザハルを見るカテナ。
音楽家であるパンドラでさえ、その心地のよい声に意識が遠のいた。
パンドラ「違う! こいつは! こいつらは! 無関係な人たちを! 何も知らない子供たちを利用する真の邪悪!」
声を荒げたパンドラは、薄れゆく意識をはねのけ、強く握りしめた拳をザハルに打ち込んだ。
グジャ!!
鈍い音と共に、パンドラの右拳はザハルの顔の十㎝手前で止まっていた。
ありえない方向へ曲がっている人差し指と小指。おびただしい血が聖堂の床に飛び散った。パンドラの右拳は痛々しいほどに砕けていた。
パンドラ「くっ!」
ザハル「美しい手がもったいない……。自己防衛のために音の壁を張らせていただきました。お許しくださいパンドラ殿。そして改めて自己紹介させていただきます。私はザハル・ボリシェヴィチ・ドナフスキー。帝都の宮廷作曲家であり、ラスプーキン様の側近の一人です」
カテナ「あゔ……おとーさん…オイラのこと…あいして…オイラも…おとーさん…すき……ほんとの…おとーさん…みたいに……いかなきゃ…おとーさん…たすけ、いかなきゃ……」
虚ろな目のまま、頬に触れたザハルの手に対し、包み込むように自分の手を繋いだ。
クルト「だめ! カテナ!! カテナに触らないで……!!」
湧き上がる恐怖を必死に抑えて、クルトはザハルを強く睨み、戦慄する小さな手を握りしめて杖を向けた。
アイグル「クルトちゃん、早まらないで!」
アイグルもザハルを睨みつつ、今にも攻撃魔法を詠唱しそうなクルトを庇うようにして制した。
ドルジ「そこまでわしらのことを調べておるのじゃったら、分かるじゃろう? ザハル殿よ。この子はこう見えて、幾度もの死地を乗り越えてきた立派なドルイド……侮らぬ方が良いぞ」
ドルジもまたクルトを庇うように一歩前に出て、静かに、しかし底知れぬ威圧を込めて言った。
ドルジ「クルトよ、力に力で抗っても不毛じゃ。相手も音楽家という。わしらには今一つの強き武器があるじゃろ?」
そして、背後のクルトに静かに諭した。
クルト「今一つの強き武器……わかった、やってみる……!」
クルトははっと気付かされたように頷き、杖を足下に置くと、かばんからフルートを取り出した。
クルト「カテナは渡さない……カテナ、気付いて……!」
掌にフルートを握りしめて強く念じると、大きく息を吸って、その息を吹き込んだ。
カテナ「ん…んがぅ? この、きょく……」
聞いたことのないはずの旋律。
だが、確かに聴き慣れた旋律。
ズキッと走った頭痛。
その痛みがカテナの意識を一瞬呼び寄せた。
カテナ「クル…ト……。じぃ…ちゃ……?」
知るはずのない歌詞。
だが、確かに知っている歌詞。
耳からは聞こえないが、脳内でその歌詞が流れている。
朦朧とする意識の中、ザハルの手からするりと抜けるように離れ、クルトの前にいるドルジに向かってふらふらと近付き、やがてその老いた身体を纏う衣服にぽすっと埋もれるように抱きついた。
カテナ「じぃちゃ…じぃ、ちゃぁ……おや、すみぃ……」
穏やかな表情のまま小さな寝息を立て始め、そのまま徐々にずりずりと引きずり落ちていった。
ザハル「……素晴らしい」
カテナから目を離し、クルトを見つめるザハル。目を見開き、額から一粒の汗が顎に流れ落ちた。音楽家としてのザハルが、一瞬、クルトの奏でる音色に心を奪われたのだ。
パンドラ「優しくて温かい……」
右手の痛みが和らぐほど心地よい音色。ザハル同様に、パンドラもクルトの音色に心を奪われた。
クルト「カテナ……!」
ドルジの裾元で眠り落ちたカテナを見て、すかさずしゃがんでその手を取る。
クルト「よかった……!」
戦慄の糸が切れ、心の底から込み上げる安堵感で胸がいっぱいになり、自然に涙が溢れ出した。
ザハルが目の前からカテナがいなくなったことに気がついた時、目の前には左手で剣を構えるパンドラの姿があった。
パンドラ「今のうちに坊やを連れて逃げて!」
ドルジたちに叫ぶと、パンドラは力強く地面に剣を突き刺した。
地面は波打ち、まるで竜の咆哮のような轟音が聖堂を包み込んだ。
パンドラ「さぁ、私のダンスに付き合ってもらうよザハル氏」
ザハル「見事です。しかしあなたとのダンスはまたの機会としましょう」
パンドラ「つれないねぇ。私の誘いを断る気かい?」
ザハル「ふふふ。私も忙しくてね。カテナ君たちを逃してしまった失態の言い訳を考えなくてはならないのです。それでは失礼」
ザハルがパンドラに向けてお辞儀をすると、次の瞬間、パンドラの全身に衝撃波が走った。聖堂の窓ガラスが割れるほどの破裂音が響く。
パンドラの肉体は波打ち、目と口と鼻から血が溢れる。
膝から崩れ落ちるパンドラ。
そして肉体を通り越した衝撃波は、すでに壊れかけていた床を砕き、地下の空洞にパンドラは落ちていった。
パンドラ「……みんな」
アイグル「パンドラさん──!!」
落ちていくパンドラを追うように叫び、とっさにロープを投げるアイグル。しかし間に合わなかった。
クルト「パンドラさん……っ!」
駆けつけたクルトも、心底心配そうに、アイグルと並んで床の穴の淵を覗いた。しかし、パンドラの影は見当たらなかった。
三十分ほど意識を失っていただろうか。地下納骨堂の床の瓦礫の上に倒れているパンドラ。
パンドラ「う、くっ……」
目を覚ましたパンドラは、折れた指を強引に元に戻し、そこにボリスからもらったハーブをつけ、破いたマントで拳を固定した。
パンドラ「うぅ……」
痛みに少し顔がゆがむパンドラ。残ったハーブを口にくわえ、心を落ち着かせた。
パンドラ「右手はしばらく使えないわね。それより内臓を痛めたかしら。体が思うように動かない。皆は無事かしら……」
震えながら立ち上がり周囲を見回すと、異変に気がついた。
「ニンゲン」
「ボクタチ サラウ ニンゲン」
「ユルサナイ 喰ウ」
パンドラの付近の柱の上に、獣臭を放つ140cmほどの子柄な男が三人立っていた。
整えられていないボサボサの長髪。上半身は裸であり、鍛えられた肉体が露出している。下半身はボロボロになった膝下までの長さのズボンを履いていた。むき出しの手足の鋭利な爪は、明らかに獲物を狩るためのものである。
パンドラ「まさか! 狼男かい!?」
狼男「喰ウマエニ ボス ノトコロ ツレテイク」
パンドラ「安心しな。あんたたちをどうにかするつもりはないわ。あんたたちの平穏は邪魔しない。ただし、それでも私を襲うつもりなら抵抗はさせてもらうよ」
震える左手で剣を掴むが、パンドラに抵抗する力は残っていない。
ニヤリと口角を上げ、精一杯の虚勢を張る。
狼男が口を開くと、鋭利な牙があらわになり、臨戦態勢に入った。
パンドラ(ここまでか……)
ヒュン!!
風を切る音。
狼男の足元に火矢が突き刺さった。
狼男「ヒィ!!」
驚きの声をあげる狼男。
男「去れ! 次は外さないぞ」
次の弓に手をかけ威嚇をする、コートをまとった男。バンダナから垂れる髪の間から覗く瞳が、狼男を睨みつける。
狼男「ウォーー!」
逃走の合図らしき遠吠えをすると、三人の狼男たちは納骨堂の闇の中に消えていった。
男「ふぅ……相手が下っ端の狼男で助かったな」
口元のタバコを手に取り、パンドラに笑顔を向けた。
パンドラ「ラスプーキンの一味……ではなさそうね。助かったわ、ありがとう」
パンドラは警戒を解いて、男に微笑みを返した。
パンドラ「私はパンドラ。あなたは?」
男「グレイという。旅人だ」
男は、タバコを携帯灰皿で消すと、そう名乗った。
パンドラ「グレイさんね。こんなところで何をしているの?」
グレイ「俺は旅人だ。狼男、廃炭鉱の賢者の石、きな臭い宮廷の噂……そんな話を耳にすれば知りたくなるだろ? 真実を」
新しいタバコに火をつけて、パンドラに向かって笑みを浮かべるグレイ。
パンドラ「ふふ、なるほどね」
グレイに笑顔を返すパンドラ。
パンドラ「助けてもらったお礼は次会ったときにでもするわ。お酒が好きなら、ヤポニヤという国の
グレイに手を振って別れを告げると、パンドラは体を引きずるようにフラフラと歩いて上の階を目指した。
グレイ「強い人だ……重症の自分の体よりも、仲間を思うことができるとはな」
グレイはパンドラに近付き、彼女の左手を自分の肩に回して肩を組んだ。
パンドラ「ここから先は危険だ。これ以上の手助けは命取りになるよ」
グレイ「ただのレディーファーストだ。気にするな」
パンドラ「ふふ。なら体が回復したら、お礼に敵から守ってあげるわ」
グレイ「それは助かる。俺は戦闘が得意じゃないからな」
二人の小さな笑い声が、納骨堂の階段に響き渡る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます