三、山賊
廃炭鉱を目指して五人はゆく。
廃炭鉱までは歩いてまる一日かかる距離。炭鉱近くでは最近、狼男を狙ってか山賊が出没するとの噂もあるそうだ。
カテナとクルトは、お散歩をしているかのように楽しそうにおしゃべりをしながら先頭を歩いていく。その後ろを、アイグルとパンドラが雑談をしながら、一番後ろを皆を見守るようにドルジが歩いていく。
楽しそうに歩くカテナとクルトを見て微笑むパンドラ。
パンドラ「平和だねぇ♪」
アイグル「このまま平和にことが済めばいいわね」
ドルジ「そろそろ日が暮れる。野営地を探さねばな」
アイグル「この近くに村があったはずだわ。そこで宿をあたってみましょ」
アイグルの指した方向にしばらく進むと、寂れた小さな村があった。
その中でも一番ましな家を見つけて、戸を叩く。
アイグル「もしもし~すみませ~ん」
男「はいよ~……なんだい、あんたら?」
気の抜けた声とともに、少しやつれた初老の男が出てきた。
アイグル「旅の者でして、一晩の宿をお借りできないかと……」
男「狭くて良ければ宿は構わんが……こんな子供連れで旅かい?」
男は怪訝そうに一行を見回した。
ドルジ「ほっほ。わしらこう見えても一応冒険者での」
ヨルズ神官の聖印を見せるドルジ。
男「なんと、神父様でしたか。
ドルジ「
ドルジはこの国の風習に従って、十字の祝福印を切った。
カテナ「ね、ねぇ。しんじてだいじょーぶなの、このいえのひと? みんなすごいな、オイラぜんぜんおちつかないよ……」
アイグルとドルジが交渉中、周りに聞こえないように、こそっとクルトとパンドラに話した。
パンドラ「裏切られたらそれはそれで気が楽じゃないか。そのときは容赦せずに叩きのめすだけさ♪」
ニヤリとするパンドラ。
クルト・カテナ「こ、こわい」
言葉とは裏腹に、パンドラの頼もしい発言に笑みをこぼすクルトであった。
クルト「とりあえず、異常な精霊力は働いてないから……普通の人間さんだとは思う……」
クルトは声を潜めて言った。
男「あっしはこの村の村長のボリスと申しやす。まぁ、どうぞお入んなせぇ」
ドルジ「では、有り難く」
一行は(いささか疑心暗鬼ながら、)ボリスと名乗る男の家に入った。
ボリス「もしかして神父様たちも、狼男の噂を辿ってですかい?」
お茶を用意しながら、男が訊ねる。
ドルジ「いかにも。ボリス殿も心当たりがおありですかな?」
ボリス「あっしも噂程度なんですがねぇ。狼男目当てで、ここ数日の間に何組か冒険者の方が通りましたよ」
話しつつ、男は五人にお茶を持ってきた。
パンドラ「狼男目当ての冒険者は何組も来るのに、行ったきり戻って来る人はいないのかい? 道中、誰にもすれ違わなかったからねぇ」
お茶を飲むとその場から立ち上がるパンドラ。
パンドラ「ごちそうさま。シャワーをお借りするよ。んで今夜はもう休ませてもらうわ」
一同に笑顔を向けると、パンドラは奥へと歩いていった。
カテナ「がぅっ!? さんぞくだけじゃなくて、ぼーけんしゃまで!? がうぅ、オイラたちがみつけるまえにつれてかれちゃう、なんてことないよね……?」
目の前にお茶が置かれていたが、初めから抱いている不信感もあり、手が進まない。
焦りと不安で頭の中がぐるぐるしていて、パンドラが奥へ歩いて行ったことにも気づかなかった。
カテナ「そんなことになったら、オイラおとーさんによろこんでもらえない! ……あっ、おとーさんのところにつれてけばいーのかはまだわかんないけど……とにかく、オイラだけでもはやくいかなきゃ!」
ガタッと席を立って、今にも飛び出しそうなカテナ。
アイグル「カテナくん、まあ待って、もう夕暮れだし、夜はとても冷えるわ。休息は大事よ」
アイグルは慌てているカテナをなだめた。
ドルジ「そうじゃ。戻って来た者はおらんのかね?」
ボリス「へぇ。今のところ、確認されていませんねぇ」
ドルジ「ということは、苦戦しておるか──」
アイグル「殺られたか──でしょうね」
深刻そうな面持ちで語るドルジとアイグルを見て、クルトも不安そうにティーカップを両手で握りしめた。
クルト「カテナ、わたしたち、まだ情報収集が足りない……しっかり調べてから行かなきゃ……って思うの」
カテナ「がうぅッ……! がるるるッ!!」
もどかしそうに唸り、歯をくいしばるカテナ。
ボリス「缶詰めで悪ぃんですが、ボルシィできやしたぜ」
男は缶詰めを湯煎すると皿に移して、黒パンを添えて、五人のテーブルに持ってきた。
ドルジ「かたじけなく」
ボリス「おや、赤髪の姐さんはもうお休みなすったですかえ?」
テーブルには四人しかいなかった。
アイグル「無理もないわ。今日は朝からずっとお仲間のことで気を揉んでらしたからね~。ともあれ、他のみんなも、お疲れさま!」
残った仲間とボリスは食卓に着き、ヴォートカと冷茶で乾杯した。
カテナは、空気を読んで乾杯だけはするが、不満そうな顔のまま相変わらず口は付けない。しかし、ボルシィにはちらちらと見ていて気になっているようだ。
カテナ「……じょーほー、ねぇ。オイラたち、たんこーってところにイザ……なのかどーかはわかんないけど、つよいおーかみおとこがいるってことぐらいしかしらないんだよね……。ねぇ、ボリスがしってるうわさってオイラたちとおなじだけ? ぼーけんしゃがここによってくなら、ほかになんかきーたりしてない?」
ボリス「へぇ、あっしも村の連中の噂話を聞いた程度でやして……あんたらみたいにこの村に泊まっていった冒険者さんは初めてでやんす。みんな大概は朝早くキルスクを発って、晩には廃炭鉱に着くようなんでやすよ」
男はボルシィをすすりながら答えた。
ボリス「あっ。あと、廃炭鉱近辺では山賊も出るって噂でやんす。お気をつけを……」
ボリスがそう言った瞬間、
ドカン!
不意に扉が力強く開き、鈍い音が室内に響く。
男A「おらぁ! 有り金すべてと酒を出しなぁ!」
三人の男が乱暴に入ってきた。髭を蓄えボロボロの服を着た筋肉質の男が、ノコギリ状の刀をボリスの首に向ける。
ボリス「ひぃぃ! お助けでやんす!」
男B「なんだぁ、ガキとジジイしかいねぇじゃねぇか」
男C「とりあえずお前らも有り金出しな」
アイグル「ん~典型的な山賊ね」
パンドラ「やれやれ、これから寝ようと思っていたのに。騒がしい夜だねぇ」
ボリスの目の前を赤い髪が横切る。
ガキィン!
不協和音が響くと、そこにはボリスに向けられたノコギリの刃が力なく地面を向いていた。
パンドラ「どうだい、竜の牙に捕まった気分は」
男A「う、動かねぇ」
パンドラの剣に抑え込まれる刀。見るからに屈強である男ですら、パンドラの力にその場から動くことができない。
男B「て、てめぇら! なめるんじゃねえぞ!」
アイグル「ちょうどいいわ、こいつらから情報を聞き出しましょう♪」
カテナ「ガキとジジイしかいない、とかいってるほうがナメてるとおもうけどね!」
カテナはパンドラが抑えつけた姿を見るや否や、瞬発的に最大限の速度を出し、そのまま自分ごと突っ込んで男Aの顔面を殴り飛ばす。床に着地時、両足でギュッとスピードを完全に殺してから、自分とパンドラを驚いたような顔で交互に見た。
パンドラとの連携。頭で考えるよりも身体が勝手に反応して動いたかのようだった。
男A「ぐわぁぁぁ!」
男は弾き飛ばされて、壁にバウンドしてへたばった。
クルト「ごはん中に邪魔しないで!」
クルトは男B・Cに寸止めで
クルト「動くと怪我するよ?」
男B「くっ、メスガキが……
ドルジ「たまたまわしらのおる家に強盗に入ったのが運の尽きじゃったな」
ドルジが
ドルジ「つまりは、こういうことじゃ」
ドルジは杖の先を男共に向けた。
男B・C「ひっ、ひい……!」
ドルジ「武器を捨てて手を上げよ。わしは殺生を好まぬ。おとなしく投降するのじゃぞ」
アイグルはその隙に、男Cの間合いに一瞬で入って、山刀を首筋に突きつけた。
アイグル「一名さまシバきま~す♪」
男C「い、命だけは助けてくれぇ……!」
パンドラ「ひゅう、やるぅ♪」
カテナたちの無駄のない動きに改めて感心するパンドラ。
パンドラ「ほら、目を覚ましな」
気絶していた男Aの顔を軽くペチペチと叩く。
男A「ん、うぅ……うわぁ! バケモノ!!」
パンドラ「誰がバケモノだい!」
イラッとしたパンドラは、今度はグーパンチで再び男Aの意識を彼方へと追いやった。
男C「お、俺たちは炭鉱から逃げてきたんだ……遠くに逃げるための金が必要だったんだよ!」
パンドラ「逃げてきた? 例の狼男からかい?」
男B「分からねぇ……何が起きたのか分からねぇんだ……突然仲間たちが次々にやられていった……例の狼男の仕業なのか、それとも別のバケモノなのか……何も分からねぇんだ」
ガタガタと震える男たち。
男C「すまねぇ姐さんたち……見逃してくれ……もうこの土地には関わりたくねぇんだよ……生きているどうかもわからねぇ仲間たちを救いにいく勇気もねぇ」
男たちは先程の交戦的な態度とは真逆に、子供のように何かに怯えている。
アイグル「遠くになんか逃げなくても、鉄の柵に守られたホテルで、しばらく三食事欠かないんじゃないかしら? ふふ」
アイグルは男共を後ろ手で縛り上げつつ微笑んだ。
アイグル「詳しいことは明日聞くわ。今夜は牛小屋にでも泊まっていって」
アイグルは男共を牛小屋に連れていき、寝袋を着せて柱に縄で縛り付けた。
ドルジ「家を壊してしまってすまんかったの」
ボリス「いえ、とんでもねぇ……神父様たちがいなかったら有り金全部巻き上げられてましたよ」
まだ戦々恐々としているボリスに、ドルジは詫びた。
ドルジ「さてと……ともあれ、皆休もうぞ」
そして翌朝。
クルト「ひゃあ……!」
牛小屋からの悲鳴を聞きつけ、朝食をとっていたパンドラたちが駆け寄った。
パンドラ「クルトちゃん大丈夫!? 山賊が逃げ出したかい!?」
先に食事を終え、牛に餌やりをしようとしていたクルトが、怯えるように地面に座っていた。
パンドラはすぐに、クルトを自分の後ろに待機させ、剣を構える。
アイグル「ちょっと待って! 様子がおかしいわ」
牛小屋の柱に縛られている三人の山賊は、口から泡を拭いており、顔は真っ青な状態で息絶えていた。
パンドラ「クルトちゃん、いつの間にこんな技を……」
クルト「ち、違うよ! わたしじゃないの!」
カテナ「おーかみおとこ?」
アイグル「外傷がない……チアノーゼを起こしてる。狼男の仕業ではないわ」
アイグルが山賊の縄をほどき上着を脱がすと、そこには異様な模様が胸の位置に描かれていた。
ドルジ「禁縛の呪詛……おそらく徐々に呼吸が止められた。時間差で発動したのか、または
アイグル「ラスプーキン……それかその側近たちか……どちらにせよ、こんな禍々しい呪詛を使える人間は限られてくるわ」
呪詛によって息絶えた山賊をうつろな目で見つめるカテナ。
カテナ「ころさなきゃ……わるいやつ、オイラがころさなきゃ……」
カテナの爪が光る。少しずつ山賊に歩み寄る。
パンドラ「ん? カテナいま何か言ったかい?」
カテナ「……ん? オイラいまなにかいった?」
ふいに我に返るカテナ。その瞳はいつもの幼子の優しい瞳だ。
パンドラ「こんなことをする奴、放っておけないわね。行こう! 廃炭鉱に!」
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