二、偽りの記憶

カテナ「ん……」

 気が付けば、いつもの部屋の寝床にいた。

 窓の外に目をやると、もう随分と日は高く上っている。

カテナ「そうだ、オイラ……」

 眠る前のことを思い出す。

 頭への違和感はもうない。

 あるのは心の違和感だけだ。

 カテナはゆっくりとその身を起こした。

 カテナのベッドの片隅には、クルトが突っ伏して寝息を立てていた。カテナが倒れてから、ずっと付き添って見守っていたのだ。

クルト「すぅ…すぅ……ん……?」

 少女はゆっくりと身を起こし、寝ぼけ眼で辺りを見回した。

カテナ「がぅっ!?」

 すぐ隣で寝ていた少女に、そして目を覚ましたことに驚きを隠せず、思わず声を上げてしまう。

 逃げようにも逃げ場がない。いや正確にはいくらでもあるが、身体が固まってしまって言うことを聞かない。

カテナ「あっ……えっ、えっと、お、おはよ……?」

 目を合わさず、どう対応していいか分からずに口籠る。

クルト「あっ、カテナ……!」

 カテナに気付いて、一瞬目を丸くして瞬きしたたのち、やや置いて、

クルト「……おはよっ!」

 少女は安心したように微笑んだ。

カテナ「えと、なんでここに……。オイラが、こわくないの?」

 出会った時に見せた威嚇。

 そして現に自分は赤い髪の女の人を傷つけている。

 威嚇は少女以外に向けたものだったが、一緒にいた以上少女にも威嚇していたと思われても仕方ない。むしろ威嚇していないと考える方が難しいはずだった。

 それなのに、この少女は近くで無防備に寝息を立てていたのだ。

カテナ「……オイラがキミを、かんじゃうかも、しれなかったんだよ?」

クルト「看病してたの。元気になってよかったぁ」

 少女はほっと息をついて言った。

クルト「カテナが記憶を失ったって知ったときは、びっくりしたし、悲しかった……だけど、怖くはないよ。だって、大切なお友達だもん」

 そして、再びにこっと微笑んだ。

カテナ「とも、だち……オイラとキミが……」

 ズキッと、頭が痛んだ。

 蜃気楼のようにボンヤリとしているが、自分の過去に関係があることを示しているのだろう。

 ズキッと、心が痛んだ。

 少女の本心からの微笑みに対して、自分が何も覚えていないことに罪悪感を感じた。

カテナ「えっと、なんだっけ……そう、クルト……クルト! オイラ、カテナ! はじめ……じゃなくて、えーっと……これから、よろしく!」

 カテナは身を乗り出し、少女の──否、クルトの頰をぺろっと舐めた。

クルト「ひゃ……!?」

 カテナに頰を舐められて一瞬びくっとするが、すぐに笑顔を取り戻して言った。

クルト「そう、クルト……覚えてくれてありがと……! よろしくね……!」

カテナ「オイラはもうだいじょーぶ。えっと……がうぅ、アイグルってヤツたちのところにいかないとダメだよね……はぁ」

 アイグル、そして老人と赤い髪の人。まだまだ信用できない三人。

 会いに行くのに気乗りしない様子を顔に隠さず、ベッドをぴょいんと飛び降りた。


 リビングでは、一同がくつろいでいた。

サーシャ「あっ、カチェナ!」

コヴァレンコ夫人「カチェンシュカ、具合は大丈夫?」

 少年と夫人がカテナに気付いて声をかける。

カテナ「サーシャ! おかーさん! しんぱいかけてごめんっ、オイラもうへーき!」

 サーシャとコヴァレンコ夫人の顔を見るなり、ぱぁっと顔が明るくなる。右手を高く上げブンブンと大きく左右に振って応えた。

ドルジ「おぉ、カテナ。具合は良さそうじゃの」

 続いて老人が席を立ちカテナの方を向く。

ドルジ「おっと、改めて挨拶が必要じゃの。わしはドルジと申す。“じーちゃん”と呼ばれておった。よろしくの」

 落ち着いた、しかし慈しみのある態度で、老人は会釈した。

 つかの間、カテナは老人の声が自分に向けられたことに気付き、突然電池の切れた玩具のようにピシッと固まった。

カテナ「がぅ……オイラ、カテナ……」

 ささっとクルトの後ろに隠れ、ゔ~っと唸りながらじっと老人──ドルジを睨んだ。

カテナ「ドル……えっと、じ、じーちゃん? オイラのこと、じまんのまごって……。じーちゃんはほんとに、オイラのじーちゃん……?」

ドルジ「カテナ、おぬしはどう思うかね? “本当の家族”とは、血の繋がりか? それとも、絆の深さかね?」

 老人は静かに訊ねた。

カテナ「???」

 ドルジの問いは、カテナには質問の意味さえ分かっていなかった。

サーシャ「はい! はい! ボクはね、ボクはね、カチェナがほんとの兄弟だったらいいのにな……って思ってるよ!」

  少年が手を上げて答えた。

 サーシャの発言にパッと顔を向けるカテナ。

カテナ「そんなのオイラだって! サーシャはオイラの……あ。」

 そこまで言いかけて、ようやく理解した。

パンドラ「そう、家族……血はつながっていないけど、あたしたちは家族だった」

 椅子に座り、うなだれるような姿でボソッとつぶやくパンドラ。長く美しい赤髪が垂れ下がり、髪の隙間から力を失ったような青い目が床を眺めていた。

カテナ「つまり……オイラのほんとのじーちゃんってわけじゃ、ないんだね」

 ドルジに向き直した顔は、少し残念そうにしている。

カテナ「でも……うん、そうだね。それでも、オイラ、かぞくだっておもう。かぞくであってほしいって、おもうよ」

 コヴァレンコ夫人とサーシャを見て、カテナはふっと優しい表情になった。

カテナ「わかったよ、オイラの、その……じー、ちゃん。これから、よろしくッ」

 少し照れくさそうにドルジに応えた。

カテナ「うがぅ……」

 カテナは少しフラッとするが、何とか持ちこたえる。

 家族。

 それを考えると、物凄く頭がいたい。

 自分の今までに、家族が深く関わっている?

 どうして自分の周りには、サーシャのように親がいない?

 ズキズキと痛み、カテナは今は極力家族のことを深く考えないようにした。そうしないと、再び倒れてしまいそうだった。

カテナ「がぅ……」

 残る一人。玄関付近の椅子に項垂れる人。

カテナ「あの、そこのひとも、なかまなの? なんかずいぶんほかのひととはちがうかんじがするけど……」

 なんとも言えない雰囲気に、最大限の警戒心を持ってカテナは見つめていた。

コヴァレンコ夫人「あら、そうだわ」

 夫人はぽんと手を打ち、棚から袋を持ってきた。

コヴァレンコ夫人「はい、カチェンシュカ。パンドラさん──紅い髪のお姉さんからカチェンシュカに、キルスクの街のお土産よ」

 温かい笑顔とともに差し出された、しっとり脂の乗った上等の干し肉。

カテナ「うがぅっ!? オイラに……? なんで……」

 反射的に溢れ出た涎を拭ってきょとんとしているカテナに、夫人は続けた。

コヴァレンコ夫人「パンドラお姉さん、カチェンシュカのことを知って、誰よりも心を傷めていらしたのよ。カチェンシュカのことを大切に思っておいでなのね」

 そして、身を屈めると人差し指を立てて言った。

コヴァレンコ夫人「“ありがとう”と、“ごめんなさい”──言えるかしら? お利口さん」

カテナ「がうぅ……」

 干し肉を受け取り、くんくんと匂いを嗅ぐ。特に不純物の匂いはしない。素直に次の涎が溢れ出るだけだった。

 コヴァレンコ夫人に見守られ、おずおずとパンドラの方を向く。

カテナ「う、その、これ……ありがと。あと、そのて……きずつけちゃって、ごめんなさい……」

 か細く絞り出すような声で、そして怯えるように、パンドラへお礼と謝罪を述べた。

パンドラ(もう、誰も失いたくない)

 パンドラは心の中でそっとつぶやくと、カテナを抱きしめた。

ビクッ!

 突然のことに体を強張らせ警戒体勢に入るカテナであったが、常人の数倍の嗅覚を持つカテナは、パンドラから少し悲しげではあるが優しく安らかな香りを感じ取った。

 カテナから警戒、不安、疑心の思いが消えていき、眠る直前の乳飲み子のような安らかな表情があふれた。

カテナ「なんだか…なんだろう……オイラ、すごく、なつかしい……いいにおい」

 親子に存在する当然の愛の形。

 母を知らないカテナは戸惑いながらも、それに似た感情をパンドラに抱いた。

 無意識のうちに、自分もパンドラを抱き返していた。

 今日はよく涙が溢れる。今度は何の涙だろうか。

カテナ「ごめん、パンドラおねーちゃん。さいしょはこわかったけど……こうしてるとよくわかるよ。パンドラおねーちゃんは、すっごくいいヤツだ! オイラのことたいせつにおもってくれてありがと! えへへっ、これ、なんかおちつくな……」

 しばらくそのままパンドラの温もりを感じていたが、ふと横目に飛び込んだ血化粧の跡にハッとなる。

カテナ「うがっ! けが! ほんとにごめんパンドラねーちゃん! オイラ、あのときわけわかんなくなって……!!」

 おろおろと狼狽し、血化粧の跡や自ら怪我をさせた手をペロペロと舐めた。

パンドラ「ふふ、くすぐったいじゃないか」

 パンドラの笑顔を見て自然に笑顔になるカテナ。

コヴァレンコ夫人「あらあら。カチェンシュカのあんな笑顔、初めて見たねぇ」

 パンドラと分かち合った後、カテナはずっとこちらに視線を向けている人物の一人へ向き直った。

カテナ「アイグル……」

 気まずい。関わらなくていいなら、このまま何もしないでおきたい。

 “ありがとう”と、“ごめんなさい”──言えるかしら? お利口さん

 コヴァレンコ夫人の言葉が頭に残る。

 そう。言わなければならない相手はパンドラだけではないことを、カテナは理解していた。

カテナ「その、はじめてあったとき、キバむけてごめん……。あのときアイグルがオイラをみつけてくれなかったら、このみんなとあうこともなかったと、おもう。それに……」

 チラッと、そしてハッキリと、数日間共に暮らした二人を見た。

カテナ「それに、おかーさんやサーシャとも、いっしょにくらせなかった。みんなみんな、アイグルのおかげだよ。だから、その……」

 一度息を止め、すうっと大きく息を吸った。

カテナ「アイグルっ、どうもありがとう!!」

 照れくさいのか、まだどことなくツンとした態度。だがカテナは目を瞑り、精一杯の声で叫ぶのだった。

アイグル「ふふ、どういたしまして、カテナくん」

 アイグルは微笑んで、カテナに寄ると、その頭を軽く撫でた。

アイグル「コヴァレンコさんの言うとおり、お利口さんね」

 弟を慈しむ姉のように、女は優しい目をカテナに注いだ。

カテナ「えへへ……」

 頭を撫でられるとやっぱり嬉しい。俯きながらも、その顔ははにかむような笑顔になっていた。

ドルジ「ほっほっほっ、これにて一件落着じゃの」


カテナ「えっと、それでさ。いっしょにいくとはいったけど……みんなはこれからどーするつもりだったの?」

ドルジ「おお、そうじゃった。わしとクルトは、“人のような獣”、狼男の情報を辿って、もしやその過程でカテナと再会できるやも知れんと思ってここにやってきたのじゃが……カテナは、旅の目的、覚えておるのかの?」

 ドルジはカテナを見つめておもむろに訊ねた。

カテナ「おぼえてるかっていわれると、おぼえてなかったんだけど……」

 すぐ前にいるアイグルをチラッと見る。

カテナ「アイグルからきーたはなしだと、オイラもおーかみおとこのじゅーじんのことをしりたかったみたい。さいしょそういわれたときはぜんぜんしんじてなかったけど、いまはしんじられる。じーちゃんたちのはなしともあうしね。そのひとのなまえは、たしかイザって……いっててて!!」

 思い出そうとすると頭が痛む。

アイグル「カテナくん、無理しないで! 大丈夫よ!」

 アイグルはカテナの頭を撫でてなだめると、懐から一枚のしわくちゃになった紙を取り出した。

アイグル「カテナくんと会ったとき、こんなものを持ってて……私が預かってたの。この辺りの少数民族の言葉で、“この子、カテナはイザという名前の狼男の獣人を探しています。何か知っていたら教えてあげて”って書かれてるわ」

 紙には、恐らく子供が書いたのであろう拙い筆跡で、見慣れぬ言葉が書かれていた。

パンドラ「アイグルさん、記憶喪失を治せるような医者とか術者に心当たりはないかい? こんな広い国だから一人や二人くらいいそうだけど」

アイグル「そうねぇ……医者は絶望的にヤブしかいないし、術者といっても、そんなに強力なのはそれこそラスプーキンくらいしか……そうだ!!」

 アイグルは首をかしげて考え込んだのち、ぽんっと手を叩く。

アイグル「ラスプーキンが狼男を調査しようと、この辺りに下向してきてる……って話よ。どうせ“調査”とか云って、虐殺するか捕らえて見世物にでもしようというつもりだと思うわ。カテナくんが狼男を捜してる理由は知らないけど、先手を打たないと、カテナくんの目的が果たせないんじゃない?」

 アイグルは深刻な面持ちで言った。

ドルジ「カテナが狼男を捜しておる理由は、もし変わっていなければ、わしらは知っておる」

 より一層深刻な面持ちで、ドルジが口を開いた。

ドルジ「その狼男、“イザ”とは──カテナの父親じゃ」

 ラスプーキン。父親。イザ。捜す。その四つのキーワードが並んだ時。

カテナ「いッッ!! うああぁあぁぁっ!!」

 突然頭を押さえ、蹲る。これまでより一層酷い頭痛がカテナを襲う。

カテナ「おもいっ……だしたッ!!」

 険しい表情の顔だけを起こして、はぁはぁと息を切らしながら言葉を続けた。

カテナ「そうだよ、オイラ、まちがいなく、イザっていうじゅーじんを、さがしてたっ! でも、ソイツは、オイラのおとーさんじゃ、ないっ! オイラの、おとーさんは──」


──ラスプーキンだ!


 カテナの言葉が、部屋中に響いた。

 少しずつ息を整えながら、カテナは思い出した内容を伝える。

カテナ「オイラ、めがさめたら、おとーさんがそばに、いたんだ。そのときもう、まえのことは、なんにもおぼえてなかったんだけど、たおれてたオイラをひろったって、おとーさんはいってた。もちろん、さいしょはしんじなかったよ! でもおとーさんは、こわいところもあったけど、オイラにすごくよくしてれて、いっしょにくらしてくうちに、オイラ、おとーさんにほめられたいっておもうようになったんだ」

 カテナは回想して少し懐かしそうに微笑むと、続けた。

カテナ「たまたまオイラはケンカがつよいほうで、おとーさんがいうわるいヤツをやっつけてたんだ。そのやっつけたわるいヤツをおとーさんのところへつれてくと、おとーさんすごくよろこんでくれて、オイラのあたまをなでてくれるんだ。それでオイラ、こんどはイザってヤツをやっつけてつれてきてっておねがいされてて。だからオイラ、イザのことをさがしてたんだとおもう。それに……えーと、なんてゆーのかな。イザをやっつけるってことこそが、オイラのやるべきことなんだっておもうよーな。なんか、へんにしっくりきたんだ」

パンドラ「どういうことだいこれは……洗脳? 精神操作? それとも真実なのかい? もしこれが真実ではないのなら、こんな小さな子供を騙して利用するなんて、ラスプーキンってやつは許しちゃおけないよ」

 パンドラはカテナに聞こえないように、少し離れたところでアイグルとドルジに話をした。

クルト「カテナ、なに言ってるの……!? ほんとのお父さんはイザさんでしょ!? 倒すんじゃなくて、“見つけて、見返すために戦って勝つ”って言ってたの……!」

 カテナに向かって涙ぐんで、困惑を顕にするクルト。

 その後ろで、ドルジとアイグルがパンドラに答えて声を潜めて話す。

ドルジ「真実はクルトの言う通りのはずじゃ。洗脳……しかも、“記憶の上書き”じゃろうかの……。そんな芸当が出来るのは──」

アイグル「それこそ、ラスプーキン本人くらいでしょうね……」

 アイグルは忌々しげに拳を握った。

カテナ「がぅ!? な、なんでないて……えぇぇ?」

 全く悪気はなかったカテナは、クルトの潤んだ瞳を見て狼狽した。

カテナ「イザがホントのオイラのおとーさん? でもいまのオイラにとってはラスプーキンがおとーさんで……。だからオイラはイザをつかまえてつれていきたくて……。でもイザはホントのおとーさんでぇ……。がうぅ、オイラ、どっちのゆーこときけばいーのか、わかんなくなっちゃったよッ!」

パンドラ「色々考えると坊やの負担になるからね。今はラスプーキンだろうとイザだろうと、考えすぎると混乱を招くだけだ。坊やの心を守りつつ、あたしたちがラスプーキンから真実を聞き出す。そして記憶を取り戻す。場合によってはラスプーキンをしばきたおす! イザも見つける! ということさ」

 笑顔でカテナに近づき、カテナの頬を撫でるパンドラ。

パンドラ「坊や、いやカテナくん。一緒にいこう。本当の家族に会うまでは、今はあたしたちがあなたのお父さんお母さんだよ。信じてついてきてくれるかい?」

 パンドラは優しい笑顔でカテナを見つめてウィンクをした。

カテナ「パンドラおねーちゃん……」

 温かい。

 自分の頬を撫でるその温もりを、もっとずっと感じていたい。でも照れ臭い。

 カテナはその手に自分の両手を添え、ほんの少しだけ頬ずりするのであった。

カテナ「みんながおとーさん、おかーさんかぁ……」

 改めて、この部屋にいる全員の顔を見る。

カテナ「うんっ、そーだね! みんなオイラのかぞくだっ! ありがと、パンドラおねーちゃん! オイラ、ついてく!」

 右拳を胸の前に置きながら、カテナはパンドラの笑顔に応えた。

ドルジ「ほっほっほ。パンドラ殿の愛は呪詛をも上回ったの」

 一安心という様子で成り行きを見守るドルジ。

クルト「ん……」

 涙を拭って、少し落ち着きを取り戻したクルト。

 時に、アイグルが旅支度を始めながら言った。

アイグル「この村からさらに行った廃炭鉱で、狼男が目撃されたっていう情報よ。ラスプーキンの狙いも狼男なのだとしたら、先手を急がなきゃ!」

 旅支度を始めるアイグルを見て、カテナは出発の時が近いことを知る。即ち、この家を出る時が。

カテナ「おかーさん……サーシャ……」

 サーシャと遊び、農業を手伝い、コヴァレンコ夫人の温かい料理を平らげ、眠る。そんな日が明日からも続くと、つい今朝まで思っていたのに。

 カテナは複雑な面持ちで、二人を見つめた。

 カテナの安らぎを奪って良いのだろうか――いっそ記憶を失ったまま過ごしているほうが幸せではなかったのだろうか――そんな思いを抱きながらも、パンドラはカテナの肩に触れながら言った。

パンドラ「またすぐ会えるさ。家族っていうのはそういうもんさ」

 カテナは普通の子供ではない。真実を受け入れる力を持っていると、パンドラはカテナの肩に触れたときに感じた。

カテナ「うん……だいじょーぶだよ、パンドラおねーちゃん。やるべきことがみつかったんだもん。おとーさんと、ホントのおとーさん……。どっちにしても、イザをみつけてたたかう!ってことはかわんないんだ。まだまだわからないことだらけだけど、いかなきゃはじまんないよね。さびしいけど、ここにいたいからやっぱりやーめたっ、なんてことはいわないっ!」

サーシャ「カチェナ……ボク、応援してるから……! 離れてても家族だから!」

 半べそ顔で少年が言う。

カテナ「サーシャっ……ありがと! オイラの、きょーだい……!」

 サーシャの半べそに釣られ、カテナも同じように半べそになってしまう。

カテナ「だいじょーぶ、いつものおてつだいみたいなもんだよっ! いつものよーにちゃちゃっとおわらせるから、そのあといっぱいいっぱいあそぼーねッ!」

 心配かけまいと、半べそながらも出来る限りの笑顔でサーシャの声援に応えた。

コヴァレンコ夫人「カチェンシュカ、元気で行ってらっしゃい。また帰ってきたら、温かいボルシィを作ってあげるからねぇ」

 夫人は屈んでカテナを抱きしめ、背中を優しくさすった。

カテナ「おかーさん……。さいしょオイラあんなにキバむけたのに、オイラのことずっとずっとしんじてくれて、ありがと。なんにちもおかーさんがしんじつづけてくれたから、オイラもおかーさんのことしんじられるようになったんだ。だからいまここにいるみんなのことをしんじてみてもいいかもっておもうようになれたのは、おかーさんのおかげでもあるんだよ……」

 カテナはコヴァレンコ夫人を抱きしめ返す。この感触を忘れまいと、強く、強く。

カテナ「おかーさんのりょーり、たのしみにしてるからねッ……!」

 旅立ち際、カテナは家の方を振り向いて、力強く手を振って言った。

カテナ「おかーさん! サーシャ! いってきます!!」

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