絆の記憶
鳥位名久礼
一、再会
セッション日:2019年12月1日~2020年2月8日 LINEにて
◆主な登場人物
・パンドラ:赤く豊かな髪が特徴の33歳の女。情熱的な舞踏が得意な
・クルト:焦茶の長い髪が特徴の11歳の少女。西の果ての島国「エーラ」に古代から続く
・ドルジ:白く長い鬚と眉毛が特徴の109歳の老人。長い眉毛で目が隠れている。雪の大山脈に囲まれた東方の辺境「カワチェン」出身の僧侶(大地の女神ヨルズの
・アイグル:長い黒髪が特徴の21歳の女。北国の辺境森林地帯の少数民族(タタール)出身で、
・カテナ:紺色の髪に野性的な皮衣が特徴の9歳の男児。獣人(狼男)の父と人間の母の子。ドルジたちと仲間を組んでいたが、約一年前に彼らと別れて、父親を捜して一人旅に出た。
・キャスト:
パンドラ&ゲームマスター:AKIRA
ドルジ&クルト&アイグル:鳥位名久礼
カテナ:天空大地
-前日談-
古城ヴァルトベルクで催された音楽祭。世界中の腕利きの楽士たちが集まるこの祭典に、パンドラとドルジたちはひょんなことから、オラトリオ劇の配役として出場することとなる。かつて“神童”と称された天才宮廷音楽家“アマデウス・マースハルト”を打ち破って優勝を勝ち取ったのは、パンドラたちの加わり、教会楽長ゼバストゥス・アンスバッハ率いる“アンスバッハ楽団”。
音楽祭で絆を深めて喜びを分かち合うパンドラたちだったが、それは長くは続かなかった。パンドラはかつて孤児院で共に育てられた“心の家族”たちを捜して再び旅に出て、カテナもまた父親である狼男“イザ”を捜して一人旅に出て行った。
そして時は過ぎ、彼らは各々の目的に向かって旅を続けていた――。
* * *
とある街のスラム地区。暴力と麻薬が横行する夜の酒場。
しかし今夜は、いつもと様子が違った。
喧嘩をしていた屈強な男たちも、酒に潰れていた男たちも、みな舞台の上から目が離せなくなっていた。
北の国の言葉で歌い舞う美しき赤髪の女性。北の大地の永久凍土を溶かすほどの情熱的な踊り。
彼女の名はパンドラ。赤い髪と情熱的な踊りから、「炎の竜姫」と呼ばれている。
パンドラが舞台裏に消えていくと、男たちはしばらくの間、魂が抜かれたように余韻にひたり、その後静かに酒場をあとにしていった。
店長「ありがとうございますパンドラさん。いつもは客同士の喧嘩で店がめちゃくちゃになることもあるのですが、今夜は何事もなく、それにかなり稼がせてもらいました」
パンドラ「こちらこそ感謝するわ。ずっと荒野を旅してきたから、人前で久しぶりに踊れて気持ちよかったわ」
店長「今夜は好きなだけ飲んでいってください。私のおごりです」
パンドラ「ふふ、ありがとよ♪」
静まり返った閉店後の店内。パンドラは自分の髪と同じ色の、濃く力強いワインの味を楽しんでいた。
店長「パンドラさん、これも飲んでみますかな? ヤポニヤという東の島国の
店長が、異国の字で書かれたボトルから陶器の器に注いでパンドラに渡した。
パンドラ「ありがたくいただくよ。へぇ、こんな小さな器で飲むのかい」
髪留めを取った豊満な赤い髪と、澄んだ美しい青色の目が映し出された透明な水を、パンドラは一口で飲み干した。
パンドラ「珍しい味。ふくよかな味わいと形容したらいいのかしら。とにかく美味しいわ」
店長「ヤポニヤでは生魚を食べる文化があるみたいですよ。
パンドラ「へぇ、生魚をねぇ。それはかなりワイルドな民族だね。ヤポニヤか、いつか行ってみたいわ」
陶器の器を店長に傾け、無言で笑みを浮かべてСакеのおかわりをもらおうとするパンドラ。
薄暗い店内で照らされた美しい笑顔に、店長は酒を注ぐのを一瞬忘れてしまっていた。
クルト(おトイレ……)
酒場兼宿屋の二階に泊まっていた少女──クルトは、夜中ふと目覚めて、時ならず明るく話し声が聞こえる階下の酒場の様子に気付いた。
クルト(こんな夜更けに、まだお客さんいるのかな……?)
少女は寝ぼけ眼をこすりながら、ネグリジェ姿のまま階段を降りていった。
クルト「あ……!!」
一階のカウンターで呑んでいる女性に、クルトは見覚えがあった。一年ほど前、プラークの街で出会い、ヴァルトベルク城の音楽祭を共に演じた昔の仲間だった。
クルト「パンドラ……さん?」
思いもよらぬ再会に眠気も覚め、やや遠巻きに女に声をかける。覚えていてくれているだろうか……。今や十一歳になったクルトだが、長寿の分成長も遅いことが多いハーフエルフの血筋ゆえもあってか、まだ体格も風貌もあの時から見違えるほど成長してはいない。
パンドラ「ん?」
どこかで聞いたことのある声。
いや、忘れるはずがない。
共に死線を乗り越えた戦友。何千という観客の前で万の歓声を分かち合った仲間。
パンドラ「クルトちゃん!」
飲もうとしていた異国の酒をテーブルに置き、クルトの元に駆け寄る。
パンドラ「久しぶりじゃないか! 少し背が伸びた!? 大人っぽくなったじゃないか!」
体の小さなハーフエルフの少女が抵抗できないほど、強く抱きしめて喜ぶパンドラ。
クルト「い、いたいよパンドラさん」
言葉とは裏腹に顔を赤らめて笑顔になるクルト。
パンドラ「おっと、ごめんよ。ついつい嬉しくてね」
クルトを両腕から離すと、再び笑顔になり優しく抱きしめ、再会を喜びあった。
クルト「どるじぃもいるの! 起こしてくる?」
嬉々としてパンドラに寄り添うクルト。
パンドラ「あら、ドルジ翁も一緒なんだね。まっ、こんな物騒な街にクルトちゃん一人で来るはずもないわね。会いたい気もするけど、こんな夜中に起こしちゃ悪い、朝になれば会えるでしょう。それにしても、僥倖ね~まさかこんな北国でクルトちゃんたちとまた出会えるなんて」
そこでパンドラは大きなあくびをして、残りの酒を飲み干した。
パンドラ「ふわ~ぁ。あたしもさすがに眠くなってきたわ。クルトちゃんもお休み」
クルト「ん、また朝に! お休みなさいっ!」
クルトは寝室に戻り、ほどなくしてパンドラも自分の寝室に入った。
明くる朝、パンドラが起きてくると、一階の酒場では少女クルトと白鬚の老人──ドルジがトーストを食べていた。
夜の頽廃的な酒場とは打って変わって、のどかな時間が流れている。
ドルジ「おぉ、これはこれはパンドラ殿。久方ぶりじゃのぅ!」
起きてきたパンドラを見ると、ドルジは立ち上がって大きく手を振った。
パンドラはドルジの姿を見るなり、二階の手すりを乗り越えて一階に華麗に着地した。
パンドラ「変わらず元気そうね、ドルジ翁。いや、一年前よりも心も体も鍛えられているように見受けられるわ」
ドルジとクルトを抱き寄せ、大きな笑みを浮かべるパンドラ。
ドルジ「ほっほ。パンドラ殿も一段と鍛えておいでじゃな」
パンドラ「ほんと、みんな元気そうでよかったわ!」
クルト「また会えてほんとによかった……!」
再会を喜ぶ三人に、店長はコーヒーとこの地方の料理ブリヌィー(パンケーキのようなもの)をサービスで持ってきた。
店長「事情はわかりませんが……
一同「За встречу!」
心から再会を喜びあう三人。
ドルジ「ところで、パンドラ殿もここに来たのは、もしや例の噂かね?」
コーヒーを飲みながら、おもむろに訊ねるドルジ。
パンドラ「例の噂? あたしはただいつも通り、宛もなく旅してるだけさ」
それに対して、意外そうな表情のパンドラ。
ドルジ「ふむ、では完全に奇遇というわけか……実はの……」
クルト「この近くで、見かけられたっていう噂があるの……カテナが捜してた、“人のような獣”──ワーウルフとは違う、強いけど害をなすわけじゃない、“狼男”の話……」
クルトも、少し声を潜めておもむろに語る。
女「へぇ、あなたたちも“狼男”を捜して来たのね」
不意に、隣のテーブルでロシアンティーを飲んでいた黒髪の若い女が、身を乗り出して声をかける。
パンドラ「ん? あんたは……?」
女「あはは、いきなり失礼したわね。私はアイグル・カラバエヴァ。このあたりの地元の民族出身で、“
エキゾチックな模様の丸帽子を持ち上げて、女はウィンクした。
パンドラ「えーと、アイグルさんだっけ? 貴女は狼男について何か知っているというわけね。それとも自分から密偵組織を名乗るなんて、私たちを謀るつもりかしら」
パンドラの口元から笑みがこぼれた。
女の身空でありながら長いこと一人旅を続けてきたパンドラは、生きるために懐疑的な思考展開をする癖があるが、今回はパンドラの生来の性格である好奇心が上回っていた。好奇心こそが、パンドラをこれまで成長させてきた才能である。
アイグル「あはは~、警戒されちゃったかな?」
女は苦笑を浮かべて帽子を被り直した。
アイグル「密偵組織と云っても大それたものじゃないの。浪人や野伏のギルドとして、仕事の情報交換や助け合いとかをね……」
「怖くないですよ~」と言うかのように、手をひらひらさせながら微笑む女。
アイグル「それで、狼男の話だけどね……」
と、少し真面目そうに向き直ると、続けた。
アイグル「そのものについての情報は、まだ噂程度なんだけど……それを追って旅してる子供がいるの。ちょうど、お嬢ちゃんよりちょっと年下くらいの……」
クルト「カテナ……!!」
思い当たる節に、クルトはカフェオレのカップを叩き置き、女に詰め寄った。
アイグル「そうそう、そう名乗ってたわ。やっぱり知り合いだったのね」
女も、再び身を乗り出してクルトを見つめ返した。
ドルジ「ほう。アイグル殿もカテナと会ったのかね? して、今どこに?」
アイグル「数日前にこの街にやってきてね……チンピラどもに絡まれてたのをたまたま通りがかった私が助けて、今は郊外の知り合いの農家に預かってもらってるわ」
クルト「教えて……!!」
女の言葉を聞いて、彼女の袖をぐいぐいと引っ張り詰め寄るクルト。
アイグル「わーったわーった、まぁ落ち着いて、一緒に行ってみましょ」
クルト「ん……」
苦笑を浮かべつつ頭を撫でてなだめる女を見て、少し落ち着いて手を離すクルト。
アイグル「カテナくんだっけ? その男の子にも、あなたたち以上に警戒されちゃったから、同じくらいの子供がいる家に預けたのよ……
ドルジ「ふぉっふぉっふぉ。カテナは特別“人間”の大人に対しては警戒心が強いからのぅ……ともあれ、カテナも近くにおるとは、僥倖続きじゃの」
一安心といった様子でコーヒーを一口飲むドルジ。カテナが一人旅立っていったあの日を思い返して、店の扉の向こうに遠く目をやった。
パンドラ「私が生まれ育ち、そして私を捨てた国。やれやれ、飽きさせない国だねぇ。こんな出会いや再会があるなんて」
少し悲しげに笑みを浮かべたが、すぐにいつもの優しく美しい表情に戻った。
自分の髪と同じ色の真っ赤なボルシィ(この地方の伝統スープ)の残りを食べるとパンドラは立ち上がり、出発の準備をドルジたちにアイコンタクトで送った。
アイグル「それじゃあ、案内するわ」
一行は郊外の村に向かって歩き出した。
既に季節は初冬、郊外に向かう道には薄ら雪が積もり始め、落葉の積もった道には霜柱が立ち始めている。
パンドラ「ところでアイグルさん、グリゴーリィ・ラスプーキンという男をご存知かしら? 実は西にある帝都サンクト・ピチルブールクでラスプーキンという男から招待を受けていてね。ヴァルトベルクの音楽祭を見ていたらしく、私の踊りを間近で見たいということなんだ。ただこの男、見るからに怪しい雰囲気だからねぇ……招待を受けるか悩んでいるんだよ。密偵組織にラスプーキンという男の素性の情報は入っているかい? まぁ怪しいと思っているのは女の感ってだけなんだけどね」
アイグル「グリゴーリィ・ラスプーキン──」
その男の名を聞いて、アイグルは顔を濁らせた。
アイグル「帝都サンクト・ピチルブールクの宮廷で今話題の──“悪名高い”と言ったほうがいいわね。皇室に取り入って擅横の限りを尽くしてるっていう、例の“怪僧”のこと?」
パンドラ「怪僧ラスプーキン……去年のようにまたクルトちゃんたちと音楽を奏でたかったのだけど、そんな不気味な噂がある男がいる帝都で披露するのは気がひけるねぇ。皆を危険な目に合わせられないし」
パンドラは少し寒そうに両手を合わせて歩くクルトの手を取り、ドルジとアイグルの少し後ろを一緒に歩いていく。
アイグル「そうね、関わらないほうがいいと思うわ。アカ(改革勢力)からもシロ(保守勢力)からも毛嫌いされてる人物だしね」
そうしている間に、一行は郊外の農村に着いた。そこそこ大きな農家があり、羊や牛がのどかに草をはんでいる。
アイグル「やっほーコヴァレンコさん。坊やは元気してる?」
農婦「おやおやアイグルさん、坊やならうちの子供と遊んでいますよ」
畑仕事をしていた中年の農婦が手を止めて、アイグルに挨拶した。
農婦「サーシャ、お客さんよ! カチェンシュカを連れて来て!」
男児A「はーい! カチェナ、行こっ」
遠くの畑から子供の声がした。
男児B「がぅ! でも、なんでオイラまで?」
もう一人、この寒空の下でありながら、皮衣を腰に巻いただけという野性的な姿の男児。サーシャと呼ばれた男児に続き、四つ足で走り、その後を追った。
そして、数日前から世話になっているコヴァレンコ夫人の元へと辿り着く……と同時に、必然的にその先に佇む四人の人物も目に入った。
男児B「う?」
一瞬怪訝そうな顔をし、一呼吸の間の後、カチェナと呼ばれていた男児は大きな声で吼えるように叫んだ。
男児B「──だれだっ、おまえら!!」
がるるるる、と唸りを上げながら牙を見せ、三人の見知らぬ人物、そして覚えのあるアイグルに対しても威嚇したのだった。
クルト「カテナ……? わたしだよ、クルトだよ?」
ドルジ「じーちゃんじゃよ~(まさか……記憶喪失か!?)」
笑顔で出迎えたのも束の間、一同は言い曇ってしまう。
サーシャ「あれ、カチェナの冒険仲間じゃないの~?」
農婦の子供も怪訝そうな態度をしている。
カテナ「ぼーけんなかま? アイツらがっ? オイラが、ぼーけんしてた……?」
改めて三人をじっと見てみるが、
カテナ「しらないよそんなのッ……! オイラ、ぼーけんしてたかどーかもわかんないッ! でもたしかに、どこかでかいだことのあるニオイはした! したけど! だからってアイツらがなかまかどーかなんてわかんない!」
自分の肩を抱くようにして俯き、小刻みに体を揺らす。
カテナ「こわい……こわいよッ! オイラ、なんなの? いままでなにしてたの? がんばっておもいだしたほうがいいの!? おもいださないほうがいいの!? もうヤダよ……!」
ドルジ「やはり記憶喪失かの……」
ドルジは、深刻そうな面持ちで鬚をおもむろに撫でた。
パンドラ「坊や……」
カテナ「くるな!」
肩に触れようとしたパンドラの手を、カテナは牙をむき出しにして振り払うと、芝の上に積もった雪に赤い鮮血が飛び散った。
パンドラの手のひらからしとしとと血がこぼれ落ちる。
パンドラ「ごめんよ、驚かしてしまったね」
悲しげな表情を浮かべるパンドラを、怯えるような表情で見つめるカテナ。
パンドラから滴る血を見てビクッと体を震わせるが、すぐに気を取り直し、次は噛み付いてやる、と隙を伺う。
クルト「カテナ……大丈夫、大丈夫だから……たとえ思い出せなくても、またここからお友達になろっ?」
クルトは目に涙を浮かべつつ、
クルト「カテナとのお別れの約束……また会ったらフルート聴かせてね……って」
カテナ「がう……ぅ?」
そこへ、優しい音色がカテナの耳に入って来たのだった。クルトの奏でるフルートの音だ。
カテナ「なにこれ……なんだこれぇ! なんでこんなへんなかんじになるんだ……なんっでっ、なみだでるんだよぉ……」
その場にへたりと座り込み、自分でも何が何だか分からず、悔しげに勝手に溢れ出る涙を拭うカテナ。
クルトはぐっと飲み込むように涙をぬぐうと、哀愁ある
ドルジ「ほう、乗ってくるのう」
ドルジも、バラライカを取り出して奏で始めた。手拍子でそれに加わるアイグル。
クルト「パンドラさん……!」
一瞬手を止めてパンドラに向かって微笑むと、クルトはさらに軽快に続けた。
ドルジ「カテナ、何度でも言おうぞ。おぬしはわしの大切な大切な、自慢の――孫じゃ!」
力強く云うと、ドルジはバラライカを奏でつつ、朗々と歌い始めた。
クルトとドルジの音楽に合わせて、パンドラは愛剣「フラガラッハ」を抜き取ると、雪の積もる地に軽やかに降り立った。
パンドラ「運命を嘲笑うニャルラトホテプよ! 目に焼き付けて消え失せるがいい! 我が剣はあらゆる困難を切り開く!」
手から流れる血を目元で拭うと、鬼気迫る表情で、足元から腰へ、腰から肩、肩から指先へと回転が加えられていく。
パンドラはその場で回転をしながら、地に向けた剣を天へと斬り上げる。
不思議とパンドラの足元に積もっていた雪は半径一メートルほど円を描くように溶け、黒い土が顔を出した。
竜姫が起こす奇跡。
北の大地を焼き尽くすが如く、パンドラ、ドルジ、クルトの思いはカテナを包み込んでいた。
カテナ「じー……ちゃん? オイラの、じーちゃんだって……?」
ドルジの発言に反応し、顔を上げたその時。
自分が傷つけた証となる血化粧を施したパンドラの力強く猛々しい踊り、クルトの軽やかでいてどこか優しい音色の演奏、見えぬはずの暖かい眼差しと共に神々しさを纏うドルジの唄。その三つが重なった光景が目に飛び込んできた。
カテナ「ぅがぅッ!!」
瞬間、突然発生した頭痛にカテナは頭を押さえ、幼い顔を歪めた。
カテナ「オイラっ、なんっ、いっ……てッ!」
痛い、熱い。
正直老人の歌詞や女の人の言葉の意味は全然分からない。
しかし、三人から自分に向けられた、焼き尽くすが如く熱い想いはよく分かる。
それが直接頭に流れ込み、頭から何かを引っ張り出そうしている。そんな感覚だ。
カテナ(なにこれっ、オイラ、まえにもこんなの、みたことある、のかッ……? がうぅッ、あの3にんがきてから オイラにへんなことばっかりおこる!! わかんないけど、わかんないけどッ、オイラとなにかあったのは、ホントっぽい……? アイツらといっしょだと、なにかわかるかもしれない……?)
少ない頭で、必死に自分自身に決断を求める。
即興劇による鈍痛は未だ頭に響いており、先程まで頰を伝っていた涙の跡は大量の脂汗によって上書きされていた。
カテナ「わかった!! わかったから!! いっしょにいくからあッ!! それもうやめてぇっ!!」
吠えるように、ありったけの声で叫んだ後、フラリとサーシャに身体を預けるのだった。
サーシャ「カチェナ~!」
農民の男児に抱えられたカチェナ──もといカテナは、脂汗をかいて顔面蒼白だ。
クルト「カテナ……!」
すかさず寄り添うクルト。
カテナの精霊力は乱れているが、正常な人間とさほど変わらず──但し、それを取り巻くように、言い知れぬ不自然で強い力が働いているように思う。
クルト「どるじぃ……」
ドルジの袖を引っ張り、耳打ちするように小声で伝えるクルト。
ドルジ「成程、マナの力か……?」
ドルジ「一か八か……“紡がれしマナの業よ、無為の均衡に帰すべし”!」
農婦「ひとまず、家に連れて行ってあげましょうね」
農婦コヴァレンコ夫人は、カチェンシュカ──もといカテナの身体を背負うと、母屋に入っていった。一同もそれに続いた。
パンドラは髪留めを取り、コヴァレンコ夫人に背負われたカテナの汗を拭いた。
パンドラ「つらい思いをさせてしまってごめんよ……坊やの目が覚めたらこれをあげてちょうだい」
コヴァレンコ夫人に、予めカテナへのプレゼントとして街で買っていた干し肉を渡した。
パンドラは母屋の玄関付近の椅子にうなだれるように腰をおろした。
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