第46話 久し振りの王都

 一年の歳月が過ぎ、久しぶりに王都へ戻ることにした。ようやく今の生活が軌道に乗ったことを家族や知人に報告したい気持ちもあった。途中馬車の中で夜明かしをしたり宿屋に止まったりしながら数日がかりになる。別れを告げた家族や街の人々は、どのように暮らしているだろうか。私にとっては昔の古傷を思い出すことも多く、良い思い出はあまりないのだが、ルークが強く行きたがっていた。みんなにうまくいっていることを報告したいからと、しきりに私に勧めた。


「私の場合、会うと気まずい人もいるのですが……」

「分かってるって。でも今うまくいっているところを見せつけたいから」


 準備は着々と進み、収穫したものなどを積み込み、馬車を仕立てて出発した。沼地だけは何度通ってもいいものではないが、通りやすいように、いずれ木道を通すことにした。王宮の人々は、一年ぶりに会うルークの姿を見て感嘆の声を上げた。今までもすらりとして、身のこなしは軽やかで運動神経抜群だったのだが、力仕事もこなしているせいか、筋肉がつき逞しくなっている。白かった顔は、日に焼けて赤みがかった褐色になっている。


「ルーク様、一段と逞しくなられました!」

「素敵です! 以前にもまして!」


 街行く人々の称賛の声が聞こえてきた。街の人々が勢ぞろいして、迎えてくれているようでその中には私の両親や、結婚している姉とその家族たちも並んでいる。あらあら、あそこに見えるのはセバスチャン。結婚相手の方と一緒だわ。どうしようだんだん近づいていく。


「馬車を止めてください」

「ルーク様、なぜ」

「まあ、懐かしい人がいますから」

「もう、あんな人早く通り過ぎてしまいましょう」


 ルークの命令で馬車がセバスチャンの前で止まり、二人はどうしたことかとこちらを見ている。手ひどい仕打ちを受けた相手を目の前にすると、怒りがふつふつと湧いてくるが、そんな顔を周囲に見せるわけにはいかない。ひきつったような微笑みを二人に投げかけてやり過ごそうとしたが、ルークが馬車を降り彼らの前に立ちはだかった。セバスチャンは私には高圧的な視線を投げかけてきたが、ルークの前に立つと卑屈な微笑みでお辞儀した。


「あなたがセバスチャン様でしたか。エレノアから聞きましたよ」

「ああ、彼女は僕の以前の婚約者でしたが、縁がなかったのでしょう。残念ながら結婚には至りませんでした」


 まあ、そんな言葉で誤魔化すなんて、しゃあしゃあとよく嘘が言えるもんだわ。目の前の美女と結婚するために、私を利用したんじゃないの。


「お気の毒に、セバスチャン様。僕の結婚相手のエレノアに振られてしまったんですね。それでこの方と結婚することになったんですか。申し訳ございませんでした。でも、この方も十分お美しい、まあうちのエレノアにはかないませんが」

「な、な、何を言っているのルーク様。ち、ち、違いますが……」

「優しい方だエレノアさんは、あなたの事をかばっているんです」

「え、え、え、またまたルーク様」

「何も言わなくていいんですよ、エレノアさん。僕は国で一番魅力的な女性と結婚できて幸せ者なんですから」


 その時のセバスチャンの顔と言ったらなかった。言い返したくても王子相手に口を開くこともできず、口惜しさで唇を噛みしめていた。あの悔しさは、私をみすみす逃してしまったことからくるものなのか、ただ単にルークにバカにされたからなのかはわからなかったが。きっと後者なのだろう。ルークも私も気持ちがすっきりして、笑い出したいような気持だった。

 馬車に乗りこんでから、隣にいる私にルークは行った。


「仕返しが出来てよかったでしょ」

「ルーク様ったら、子供みたいなことをするんですね。でも、私もすっきりしました。ルーク様に出会えて心からよかったと、今は思えますから」


 ルークはその言葉を聞き、満足げに道行く人々に手を振っていた。

 宮殿に着き、国王陛下と妃殿下に挨拶をした。第十王子のルークが遠き辺境の地で毎日奮闘していることを報告すると、目を細めて喜んでくれていた。別れ際に二人は私の手をしっかり握っていった。その手は、年齢を重ねて皺が寄り思った以上に平たかった。


「第十王子として育ったルークですが、いつまでも仲良くしてくださいね」

「子供が二十人以上いるから、いつも兄と姉の間で埋もれた存在だった。でも今は誰よりも生き生きしている。エレノアさん、あなたに出会ったおかげです」

「私たちでは足りなかった愛情を、あの子に注いであげてください」


 私は、勿体なくて涙が出そうだった。


「私の方こそ、至らないことばかりです。いつもルーク様に助けられてばかりです。少しでもお役に立てるように、気を付けてまいります」


 戻ったらどう振る舞えばいいのだろうとあれ程思い悩んでいたのに、今では戻って来られてよかったという思いが胸に押し寄せてきた。


 ルークと乗り越えてきた道すべてが、彼との絆を強めてくれたのだとしみじみ思っていた。


 見知らぬ世界には、発見や、驚愕や、悦びや、時にはすべてを打ちのめすほどの恐怖や痛みがある。それらは私たちに見えない何かを与えてくれる。私はそんな世界に向かって、手を取り合って歩き出した。魅力的な第十王子と共に。

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第十王子は予想以上に魅力的 東雲まいか @anzu-ice

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