第44話 新居へ
大勢の力持ちの男たちの怪力でようやく動き始めた馬車を見ていたこちら側の人たちは、拍手と歓声を上げ動き出したのを喜び合った。
「その調子!」 「いいぞ!」 「もう少しだ!」
掛け声に後押しされて、車輪がようやく深みから抜け出し、馬車はゆっくりと動き出した。その後は馬の力で進むのみだった。
「やった!」
馬車は弾みがついたように滑らかに進み、こちらへたどり着いて止まった。
「ルーク様、抜け出せてよかった」
「みんなの力で、どうにか動いた。人数が多くて助かった」
それからは、きのこの森は順調に通り抜け、時しらずの森で一泊した。宿屋の夫婦は時間がゆったりと流れるので生活にゆとりができたようで、籠などを編んだり家具を作ったりして過ごしているようだ。湖は渡ることが出来ず、かなりの遠回りをして地下帝国の上に出た。魔女の住む雪山ではだいぶ雪が解けて木の芽が見え始めてきた。そこを通り過ぎると荒れ地が見えてきたが、水浸しだった土地は乾いて一斉に芽吹き始めていた。水を吸った地面からは、草が一面に生い茂っていた。
「景色が一変しましたね」
「素晴らしい。荒れ地だと思っていたが、水でうるおされて肥沃な土地になっている」
「さあ、家の中へ入ってみよう。すべて無事だといいんですが」
「きっと元の通りですよ!」
ルークが初めに扉を開けて中へ入った。暫く締め切っていたせいか、じっとりと湿った空気が漂っていたが、窓を開け外の空気を入れると風が流れて乾いた空気に変わった。
「さあ、僕たちの本当の新居です。ちょっと手を出してください」
「はい、手を握って入りますか」
「いや、やっぱりこうじゃなきゃ」
ルークは私の腕を握って、次の瞬間軽々とお姫様抱っこをして部屋へ入った。
「姫様どうぞお入りください」
「私が王子様のお妃なんですね。全然実感がわきませんが」
私はルークの首元に腕を回して、しっかりしがみついた。もう誰にも邪魔されないで好きな人と暮らしていける。私の胸は高鳴り、期待で一杯だった。
「宮殿とは比べ物にならないほどの質素な家ですが、必要なものは揃えてあります」
「キッチンに、部屋がいくつかあるので私には十分過ぎます。ベッドもふかふかです。外で眠った時に比べれば、はるかにいいです」
「そうでしたね。ここの西には魔王の住んでいた森がありましたが、その向こうまでは行ったことがありませんでした」
「もしや、ルーク様。そこまで行ってみようってことじゃあ……」
「行ってみましょう。何があるのか」
「やはり、そうだと思いました。行きましょう」
まだまだ、これから冒険は続きそうだが、それも楽しみの一つだ。同行した人々も次々に入って来て、新たに持ってきた家財道具などを運び込んでいく。ここを起点に彼らの住む住居を立てていく予定になっている。それまでは、この家で一緒に暮らすことになる。
荷物の中には畑で作物が収穫できるまでの間の食料がどっさり入っていて、その中からリンゴの実を見つけて二人で食べた。リンゴを食べると、雪の中で食べた事を思い出す。あの時は、これが最後の食事かもしれないと覚悟をして味わって食べたっけ。はるか遠い日の事のような気がしている。
「エレノアさんといる時はいつも大変な時だったので、こうして座っていられるとしみじみとしてきますよ。ありえないというか……」
「私もそうです。こんな穏やかな時間は私にはありませんでした」
「さあ、僕たちの部屋へ入ってみましょう。部屋にいる時だけは二人だけでいられます」
「いいですね」
扉を開けて部屋へ入ると、木目が美しく木の匂いがしていた。窓からは緑の草原や遠くには深い森が見えた。あの森には今でも龍が住んでいるのだろうか。様々な神秘や謎を秘めたこの国の中で、私たちはこれからも一緒に旅をしたり、時には語らいながら時間を過ごしていくのだろう。
前の三回の結婚相手達は、私がいまこんなにも幸せな時間を過ごしていると知ったら、どう思うだろうか。もう私のことなど忘れてしまったか、心の片隅にもないかもしれない。それを考えると少し誇らしくなる。偶然とはいえ、私の運命の中に入って来たルーク様。これからも私の幸運が続く限り共にいてください。二人だけの部屋にいて心の中でそう呟いていた。
私たちは、立ち上がって手を取り合い、リズムを取りながら歌を歌った。その歌に合わせて自然にダンスを始めた。ゆらゆらと体を揺らしていると、小鳥の声やさざめく草の音が聞こえてきそうだ。私はターンしたりステップを踏んだりしながら、ルークに近づいたり遠ざかったりして部屋の中を動き回った。くるくる回って目が回ってしまいそうだった。こんなことは生まれて初めての体験だ。ダンスというのはどのようにすればいいのか、なんとなくわかってはいたが、そもそも相手がいて初めてできるものだ。急接近したと思うと、すっと離れていく。その力加減がちょうどいい。離れている間も自分の方に視線が注がれているのだと思うと、無性に嬉しくてくすぐったくなる。
「初めて踊るのですが、これでいいんでしょうか?」
「厳密にいえば、ステップの踏み方などは決まっているのですが、楽しければいいですよ」
「ルーク様はいつも優しいですね。知らなくても踊れるような気になりますもの」
「エレノア姫、僕はあなたとずっと一緒にいると誓いますよ。それがたとえ茨の道でも」
「わあ、そんなに素敵な言葉を聞けるなんて、夢を見ているようだわ」
「夢じゃなくて、現実です。だから、僕のそばにいてくださいね」
「そんなふうに言われて、断れる娘はいませんよ」
私は踊りの手を解き、ルークの口元に当てた。彼は軽くウィンクして外の暖かい風の中へと私をいざなった。
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