第43話  旅立ち

 このサプライズのために、教会の牧師さんが、宮殿に出張してきてくれたのだった。結婚式を行うのは二回目だったが、この時ほど緊張したことはなかった。ルークの気持ちがどうなのか気になって仕方がない。本当にこれでよかったのかと、何度も目配せをしたが彼には迷いが見えなかった。隣国の姫ではなくていいの、と私は心の中から問いかけたのだが、いいのだという声が聞こえてくるような気がした。


「誓います」 「誓います」


 牧師さんの問いかけに二人とも同じように答え、式は無事に終わった。悪い龍を退治するために二人で西へ向かった旅の出来事が、次から次へと瞼に浮かび、よくまあ乗り越えられたものだと涙が溢れて止まらなくなった。ルークも顔を真っ赤にして涙を浮かべている。

 私は、何かすがすがしい気持ちになった。式が終わってから、私はルークに問い詰めた。


「こんな大切なことを黙っているなんて、なぜですか?」

「結婚することは、ご両親に了解してもらっていたし、エレノアさんも僕とずっといてくれると言ったから、ここへ来て逃げられると思わなかったので……」

「逃げたりはしませんが、心の準備もできていないのに、焦ってどう振る舞っていいのかもわかりませんでした」

「それでいいんですよ」

「ぶっつけ本番でってことですか」

「まあ、人生全てぶっつけ本番ですからね」


 そんな理屈で、全く納得はできなかったがもう終わってしまったので仕方がない。


 お祝いに全員で食事をしてから、出発することになった。前回同行した職人たちや料理長などと、さらに建物を建てるための資材を積んだ荷馬車が何台も用意された。ルークは見捨てられてしまい、二人だけで駆け落ちする事になるのだろうか、と覚悟していただけに、これだけの大所帯だとは驚きだった。


「それだけ、僕たちの業績を認めてくれたんだ」

 ルークは誇らしげだった。


「私が思っていたたより、良い暮らしが出来そうです」

「余程不便な生活になると思っていたんだね」

「だって、勘当同然なのかと思っていましたから」

「言葉では僕を拒絶したようだけど、嫌っているわけじゃないようだからね。隣国の姫は、兄のうちの誰かが結婚するだろうし、これでよかったんだ」

「ルーク様、あちらで手を振っているのは、魔法使いに捉えられていた女性たちです」

「皆、解放できてよかったよ」

「西方は謎に満ちた場所がまだまだたくさんありそうだから、これから探っていきましょう」

「探検のし甲斐があります」

「それがエレノアさんの良いところです」

「怖がらないところですか?」

「はい。パートナーの性格としては最高です」

「まあ、褒めすぎです」

「さあ、もう宮殿が見えなくなってしまいます。両親とも暫くお別れです」

「ああ、二人とも悪気はないんだけど、とても申し訳なさそうに私を見ています……」


 彼らの困ったような顔を見て、気にしなくていいからと笑顔で手を振った。


「エレノアさんは、途中の道でどこが一番好きですか?」

「私は……花畑が好きです。好い香りがして、美しい花々が咲き乱れていて、心が浮き立ちます。ルーク様はどこがお好きなのですか?」

「僕は、魔女に出会った雪山や、そうですねえ、ヒルヘビが出て来た沼地なんかも好きでした」

「はあ、大変な所ばかりですよ」

「その分、エレノアさんと親しくなれたから……アハハ、アハハ」

「まあ、ルーク様ったら! そんなことを考えていたなんて……あの時は命がけだったんですからっ」

「御免、御免。そうでした。これからはもっと穏やかで平和な時間が来るといいですね」

「その方が、いいに決まっていますが」


 馬車と荷物車は、どんどん西を目指している。はたして私にそんな時間が訪れるのだろうか。その時、ガタンと馬車が傾き停止した。またしても嫌な予感がする。ここは、あのヒルヘビのいた沼地。早く抜け出さないと車輪を取られて動けなくなってしまう。私たちは馬車を降り地面に立とうと思った。しかしそこは、ぐちゃぐちゃの泥道で、車輪が深みにはまり動かなくなってしまった。


「ちょっと降りて様子を見ます。エレノアさんはここで待っていてください」

「気を付けて! ヒルヘビがいるかもしれませんから」


 ルークは、ドアを開けて足元を注意深く見てから、安全な足場を選び外に出た。外を覗くと、何人かが周囲を取り囲み心配そうにこちらを見ていた。幸い車輪がはまってしまったのは私たちの馬車だけだった。力のある者たちが馬車の後ろにそろい、掛け声とともに一斉に押した。何度も試してみたがなかなか車輪は動かない。馬車だけがガタガタと上下に動き、私はそのたびに体中がゆすられる衝撃に耐えた。ルークが見かねて私に手を差し伸べた。


「エレノアさん、僕につかまって」

「は、はい。どうするのですか?」

「振動でどうにかなりそうでしょう。あなただけでも他の馬車が待つ向こうの陸地へつれて行ってあげます。僕にしっかりつかまって!」

「あ、わ、わ、わ……」


 私はルークに抱え上げられて、お姫様抱っこをされて対岸まで連れていかれた。こんなところで、こんな姿を見られるなんて。先に着いて待っている人たちは、みんな大喜びしながらはやし立てた。


「ルーク様、凄いです」 「エレノア様、羨ましいわ!」


 私は顔中真っ赤にしながら、降り立った。


「これでヒルに血を吸われることはない。ここで待っていてください」

ルークは馬車の方へ戻っていった。

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