第42話 宮殿のサプライズ

 いよいよ出発する日が来た。私は早朝から宮殿に招かれ、出発の準備をすることになっていた。今回はさらに長く荒野の家に滞在することになりそうなので、家財道具も増え宮殿まで馬車で運んでもらうことになっていた。


「お父様、お母さま、行ってきます」


 そう別れを告げると、二人は思いがけない言葉を口にした。


「あら、宮殿までは一緒に行ってあなたを見送るわ」

「無理しなくてもいいけど、せっかくだから一緒に行きましょう」


 私たちは三人で大きな荷物を荷台に乗せて、宮殿に向かった。宮殿では国王やルークの兄弟、姉妹たちみなが私を待っていた。随分仰々しい出発になりそうだ。


「さあさ、エレノアさん。お待ちしていたのですよ。こちらへいらしてください」


 見たことのない女官が私を引っ張ってつれて行こうとしている。


「どこへ行くんですか?」

「まあ、いいからいいから。私についてきてください!」

「でも、私これから出発なので……」

「こっちこっち、早くしてください!」


 宮殿で働く侍女や女官の人たちまでもが、私を取り囲み引っ張っていく。もう一人では抵抗のしようがない。五~六人の女性たちが力ずくで私の腕や体を掴んでいる。何をされるのだろう。私は、薄暗い部屋へ連れていかれた。


「さあ、着替えをするわよ。そんな汚い服早く脱いで頂戴!」

「ええっ? これはどういうことなの?」

「さあ、晴れ着に着替えるのよ」

「パーティーでも始まるの? これって、送別会の準備かしら? そんなことまでしてくださるの? 私たちのために……」


 私はなんだかうきうきしてきて、さっと来ていた服を脱ぎ晴れ着に腕を通した。


「わあ、だけどこんな華やかなドレス、私が着ちゃっていいのかしら……。しかもこんなに白っぽい色で、場違いなんじゃありませんか?」

「いいのよ、あなたが主役なんだから!」

「えっ、私が……。主役ですって! ルーク様じゃないの、主役は?」

「だからあ。あなたとルーク様が主役。もう黙ってて!」


 こんな、ドタバタした着替えをして、何が主役なのやらわからない。しかしこの豪華な衣装を着て、何のお祭りなのかしら。出発するのに凄い出し物をやるのかもしれない。


「さあ、できたわ! 衣装はこれで完璧ね。髪の毛は、酷い物ね。これじゃくしゃくしゃじゃない。さあ、座って、座って」


 今度は、別の人がやって来て髪を何度も引き延ばしては梳き、引き延ばしては梳きしている。それをくるくると器用に丸めて頭の上に乗せていく。きっと送別会が行われるのだろう、と確信したので大人しくされるがままに座っていた。


「髪の毛もこれで出来上がったわ」


 来た時に着ていた質素な身なりとは比べ物にならないほどの、ゴージャスなレディーが出来上がった。私も変われば変わるものだわ。手袋までされて、手を取られて、部屋を出ることになった。私は、手を取られて宮殿の廊下をしずしずと歩いた。靴ももちろんドレスに合わせたヒールの高いものだ。第十王子様と共に西方へ旅立つことをこれほど祝福してくれているとは、国王陛下も目を掛けてくれているのだわ。


「さあ、さあ、こちらのお部屋でございます」


 

 扉が重々しく開き、パーティー会場へ入場と思っていたのだが、私の予想は見事に外れた。何とそこには、盛装したルーク様や、王家の人々、それに私の両親がまでもが盛装し、神妙な面持ちで座っていた。私が入った瞬間に何かの合図でもしたかのように、一斉に拍手の音が鳴り響いた。これは、もしや結婚式……。しかし誰の……。

 前方の高い所にはルーク様がいて牧師さんが真ん中に立っていた。どう見ても結婚式だ。ルーク様の相手は。


「あのう、結婚式が始まるんですか?」

「そうですわ!」


 女官は、すまし顔で答えた。


「誰の?」

「ルーク様とエレノア様の!」

「ええええええ!」


 本人だけが知らないうちに始められる結婚式があったなんて、この状況では前に進んでいくしかない。私の気持ちは一気に高ぶって思考がついて行けない状態だ。ルークは何の疑いもなく微笑んでこちらを見て、待っている。来るのが当然でしょ、という顔をして。私の手はぶるぶると震えている。その手を係の女性はしっかりと掴み進んでいく。


「け、結婚式だったなんて? 私、知らなかったんですけどお!」

「サプライズですわ」


 私は、間の抜けた声を出した。


「突然ですね……」

「そうなのですよ。旅立つ前に住ませてしまおうという国王様のお取り計らいで」

「ルーク様はご存じだったのですか」

「多分、御存じだったのでしょう。ですからあそこに……」

「そ、そうでしょうねえ」

 

 一歩進むごとに待ち受ける人々とルーク様に近づいていき、その緊張の度合いはさらに高まり、手だけではなく足もぶるぶると震えだした。足がもつれて、うまく動かせず、歩き方を忘れてしまっている。まるで途方に暮れたアヒルのようだ。心の中で、恐れることはないという声が聞こえてくる。それは、魔女の声なのか、時知らずの国の人の声なのか、はたまた魔王の声なのか、実体はないが頭の中で響き渡り、体中を駆け巡っていく。

 

 恐れることはないのだ。


 私は、自分の足でしっかりと立ちつれて行かれるのではなく、自分の意思でルークの方へ歩いて行く。


「ルーク様、お待たせしました」

「来てくれてよかった。驚かせて御免よ」

「いいえ、嬉しいサプライズです」


 ルークの頬はバラ色になり、私を見た安どの気持ちとこれからの未来を見つめて輝いていた。私たちは、しっかりと抱き合いお互いの眼を見つめた。私の心の中では、魔法使いに騙された洞窟で、死に物狂いで助けてくれた彼の声が聞こえてきた。それは、闇の中から光の中へ引っ張り出してくれた、救いの声だった。こうして私とルークの結婚式が始まった。


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