第41話 五回目の縁談

「エレノアさんがいると、なんでもうまくいきそうな気がします」

「私そんな力があるとは思えませんが……」

「行ってくれますよね?」


 ああ、私がこういう誘いに弱いことを知っているのだろうか。また断われなくなってしまう。ルークは今までになく熱いまなざしで見つめてくる。矢張り今までとは意味合いが違うようだ。こみあげる物があるのだろうか、私を見つめたまなざしは思い詰めたようだった。私はこれがプロポーズかどうかなどはどうでもよくなった。これからも一緒にいなければ、自分の中の何かが失われてしまいそうだった。


「行きます!」


 私は一言こう答えた。それで十分だったのだろう。ルークは堰を切ったように両目が涙であふれ、広場で人がいるのも構わずキスをしようとした。


「ここは、みんなの眼がありますから」

「そんなこと、気にすることはない」

「でも……」


 一瞬ためらったのち、唇ではなく額にキスをした。隣国の姫でもない私は、こんなところを見られたくなかった。ルーク様の将来が心配だ。案の定傍にいた人たちは、この人は誰なのかと怪訝そうに私を見ていた。しかし私には姫との結婚を断ってでも一緒にいたい相手が私だったことが、ようやくわかり胸が心臓が飛び出しそうなほどドキドキしていた。


「ルーク様のお気持ちは、すごく嬉しいです。一緒にいた方がいいことは私にもわかります。力が湧いてきそうですから」

「あの家は、気に入りましたか?」

「とても辺鄙な所でしたが、これから住みやすい場所にすればいいでしょう」

「僕は、姫との婚礼を断ってしまったのでこれから二人だけでやっていくのは大変かもしれません。何かと不自由をかけてしまうので心苦しいです」

「気にしないでください、ルーク様。私がついていますから」


 ルークの気持ちがよくわかり、不便なことはほとんど気にならなかった。私は晴れ晴れとした気持ちで家に帰り、両親に再び西方へ向かうと告げた。大変な思いをして帰ってきたのに、再びそこへ向かうと言った私に半ば呆れていたが、ルークの望みだというと諦めてくれた。ルークは王家の十番目の王子。その人の望みを両親は断ることができないからだ。父は今回も一応心配はしている。


「お前はルーク様に振り回されっぱなしだな。辛くはないのか?」

「まあ、今までなるようになったから大丈夫でしょう。それに彼は私を窮地から救ってくれた人なんです」

「無理をしているんじゃないかと、心配してるんだ。こんな父で苦労を掛けてばかりだ」


 今まで結婚の件ではうまくいかないことだらけだったので、今回の同行もどうなることかと気が気ではないのだろう。


「ルーク様は、素敵な方だから……」


 そう言った私の表情を、父はじっと見ていた。あれ、いつもと違うなという顔をしながら。

 

 

 出発は二人だけなのかと思っていたら、前回宿舎を建設するときに同行し命がけで守ってくれたことを感謝した人々も同行することになった。

「またルーク様と一緒なら心強い」 「ルーク様の力になりたい」


 喜んで参加してくれた人たちだった。国王もさすがに王子一人では心細かろうと、彼らの同行は許してくれた。


 ルークと同行することを約束してから数日後の事だった。父が私を部屋へ呼びつけていった。今まで三回の縁談の時もこんなふうに呼び出され、裁判官のように私に言い渡したのだった。その時の様子さながらに私を目の前にし、何かを言い渡すように話し始めた。再び嫌な予感がした。


「四度目の縁談のお申込みがあった。お前には苦労ばかり掛けて申し訳ないが、断るわけにはいかないのだ」

「えっ、そんな! 私はルーク様に同行することになっているのに!」

「それがだな……」

「嫌です! いや、いや、いやっ! 今度こそお断りします!」

「まあ、最後まで聞いてくれ」

「ああ、もう。断わってください! そうじゃないと、もうこの家を出て行きます!」

「おい、エレノア! ちょっと、聞いてくれよ!」


 私は、もう怒りで顔が真っ赤になり、思い切り立ち上がった勢いでテーブルに当たり、そのテーブルは父親の方へ倒れかかった。


「おい、おい、エレノア! 止めないか!」


 もう、こんな父親、父親なんかじゃない。出てってやる!


「さようなら、お父様! 私もうこんな家にはいられないわ!」

「待てよ! エレノア! 家出なんかしても大変なだけだ」

「行くところがなかったら、修道院にでも入るからいい! それにルーク様と西の果ての家にでもこもってるからいい! もう私を探さないで! さよなら!」


 私は、父の前で仁王立ちして、こう宣言した。今度こそこんな家出てってやる! 私にはルーク様がついているんだから!


「その申し込んできた相手が、ルーク様なんだ!」

「はあ? 何ですって?」

「だから、お前と結婚したいと言ってきたのは、ルーク様なんだ! 断っていいのか? 第十王子様だぞ、王家の人にたてついて我が家はこの国を追い出されてしまうが……」


 父は、困り果てている。絶対に断れない相手から申し込まれて、再び娘を窮地に追いやってしまったと絶望している。


「本当にお前には、苦労ばかり掛けてしまうが……」

「そうならそうと早くいってよ!」

「いいのか?」

「いいに決まってるでしょ!」

「ああ、良かった。お前が嫌がらなくて」


 私にはそんな話一言もしていなかったのに、この話は本当なのだろうかと疑ってしまった。


「これ、本当の話なの、お父様?」

「こんな話、嘘や冗談でできるはずがない」

「そうよね」


 この返事は父親から、喜んでお受けしますと伝えられた。もっとも父親にはそれしか返答のしようがなかったのだが……。

 さて、これからどうなっていくのか、私に王子様の妃の仕事が務まるのかどうか、想像すらできなかった。

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