第40話 帰国の途に就き

 龍は咆哮を上げながら高度を上げ空の彼方へと消えていった。重苦しくのしかかる暗黒の空は、あっという間に龍の姿を飲み込んだ。龍よどうか私たちをすくってくれ! 上空を見上げるルークの顔面を容赦なく冷たく濁った水がたたきつける。龍は再び姿を現したと思うと、姿をくらます。上空で何かと格闘して体をくねらせている。上空で一瞬火が燃えた。龍が火を吹いたのだ。すると暗黒の空の中に一条の光がさし、光はそこから周囲へ広がった。黒い空は灰色になり、光のさした場所は、どんどん大きくなった。


 ああ、空が、空が広がっていく。視界は広がり、雲は薄くなり切れ目から光が地上に降り注いだ。

 龍は、無事だったのだろうか。地上は明るくなり、空は高くなった。しかし、空を見上げても龍の姿が見えない! 


 どこへ行ったんだ……。


「おーい! 龍よ! 戻って来い!」


 雲が次第に消えて行き、水色の絵の具を溶かしたような透明な空になっても龍の姿は見当たらなかった。ルークは焦りにも似た気持ちで辺り一面を見渡した。力尽きて上空で消えてしまったのか、それとも森の中に落ちてしまったのか。ルークは森の中を走り回った。


 ここに、いたのか。


 龍は、森の奥深くで体を横たえていた。ルークはそっとその背中を撫でた。龍は眼を開け体をくねらせ無事だという意思表示をした。


「ありがとう。これで水は引いていくだろう。君には二度も助けてもらった」


 龍はもう一度目をしばたたかせたのち、静かに瞼を閉じた。


 ルークは夕方まで待ち、水が少なくなってから宿舎に戻った。宿舎で心配そうに見守っていた人たちは、彼が荒れ地の中を腰までつかりながら歩いてくる姿を見て歓声を上げた。


「ルーク様が戻られたぞ!」

「嵐を収めてくださったのね!」「これで国へ帰れる!」


 宿舎の前で全員が出迎えた。口々にお礼の言葉や歓声を上げ、抱き合った。


「ルーク様! 無事に帰って来てくれて……よかった」

「龍が、嵐を鎮めてくれた。今は森の奥で休んでいる」

「味方になってくれたんですね」


 私も、声を振り絞って感謝の言葉を伝え、抱き合った。

 もう一晩ここに止まり、明日の朝こそは出発できそうだ。二日間の足止めは痛かったが、先の希望が見えてきて皆の表情は格段に明るくなった。

 

 その日の晩はルークの帰還を祝い、翌朝は早く出かけようということでできるだけ早く部屋へ入り休んだ。


 丸一日は水が引くのを待ち、出発した。水はかなり引き道が見えるようになった。これで荷馬車を引いても車輪を取られずに進めそうだった。帰りの行程は順調で、道がわかっていたのと、気がせいていたのとで驚くほど速く戻ることができた。



           🏰

 宮殿では国王がお待ちかねで、皆の無事を喜び事の成り行きを聞きたくてうずうずしていた。宿舎と皆の命を、身を挺して守ったルークの業績も軍隊長の口から余すことなく伝えられた。


「でかした、ルーク! 大変な仕事、ご苦労であった!」

「やり遂げられたホッとしています。許可して、あれだけの大人数を出してくださり、感謝しています」

「それでは……何の話だか分かっているであろう」

「隣国の姫との縁談ですか?」

「話が早い、もうやりたいことも終わったことだし進めるぞ!」

「お待ちください!」

「何を言っている! これ以上待てるか! それとも何か、相手に不足があるとでもいうのか!」

「そのお話、お断りします! 他の兄上たちのどなたかにして下さい」


 それを聞いた国王は、ルークを鋭い眼光で睨みつけ、冷たく言い放った。


「強情な奴め。もうよい。お前には期待せぬわ。好きにしろ。その代わり、私に従えないのなら、これからは何でも自分でやっていくんだな」

「では、私は建設したばかりの西方の宿舎へ行き更に荒れ地を開墾することにします」

「そんなところへ行くのか。お前も物好きだな。気に入ってしまったらしいな。勝手にしろ!」


 そう言うと、プイとそっぽを向いた。

 あ~あ、これで俺は一人でやって行かなければならない。でも、皆で建てた家と、西方の大地がある。国王の部屋を出たルークは、城の外へ出て街へ出た。街に出ると、ルークの姿を見た人々は、口々に賞賛の言葉を掛けたり、隣国の姫との婚礼はいつなのかと噂し合っていた。


 仕事が終わってひとまず家に戻っていた私のところにルークが訪ねてきた。


「エレノアさん、ちょっといいですか」


 私たちは、街の広場へ出てベンチに腰掛けた。今度は何の提案だろうか。


「僕はあの荒れ地に再び戻ることにします」

「えっ、せっかくお手柄を立てて戻ってきたのに。それに隣国の姫様との結婚の噂もありますが……」

「断りました。それで、もう好きなようにしろと父王に見放されてしまいました」

「では、再び宿舎に戻ってどうなさるつもりですか?」

「本格的に開拓します。それで、あなたに相談があるのですが……」


 ルークは言いにくそうに、言葉を続けた。


「エレノアさんも一緒に行かないかな、と誘いに来ました」

「また女官の仕事をするのですか」

「エレノアさんが女官の仕事が気に入ったのならそれでもいいんですが、良ければ僕と一緒に……来て欲しいんです」


 何の役割なのか、女官以外の役割があるのだろうか。ひょっとしてこれは、プロポーズなのでは。プロポーズだとすると魔王も入れると七回目になるが……。やはりプロポーズの時は緊張するものだ。私は、期待しながら次の言葉を待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る