第38話 宿舎完成

 何もない荒れ地に建物を建てるという大変な仕事を黙々とこなしながら、数週間が瞬く間に過ぎた。簡素な建物ではあったが、そこで寝泊まりをして開拓の足掛かりとなるような基地になった。運んできた調理器具や食器類、毛布などの類はすべてテントから出し、部屋の中へ運び入れた。食堂といくつかの個室があり、同行した人々はそこで寝泊まりができるようになった。

 台所に全員がそろい、持参したワインを陶器の器に注ぎ乾杯した。日焼けした人々の顔は疲れ切ってはいたが、安堵感に満ちていた。ルークが乾杯の挨拶をした。


「みんなご苦労だった。荒れ地に建物を建てるのは並大抵の事ではないが、粉骨砕身よく働いてくれた。事故もなく無事にやり遂げてくれて、感謝している」

「王子様! おめでとうございます」 「王国に、乾杯!」 「おめでたいわ!」


 ルークにねぎらいの言葉をかけてもらった人々は、久しぶりに飲むワインを美味しそうに飲みながら、久しぶりに焼いた肉に舌鼓を打った。


「これで王国へ帰ることができる。明日は荷物をまとめて帰国だ!」


 故郷に家族を残してきた人々は、歓声に沸いた。私だけが、悲しい気持ちで聞いていた。ルークの方を見ると、悦びに溢れて人々にねぎらいの言葉を掛けたり、談笑したりしている。目標を達成したら、女官の仕事は終わりなのかしら。今回限りの仕事だとしたら、またお別れになってしまうんだわ。

 

 今日は久しぶりに家らしい家の中で暖炉の火で暖まり、ベッドの上で眠ることができた。同じ部屋の女性たちも、ベッドに腰かけほっと一息ついていた。自分の母親位の年の調理係の女性が、頬を赤く染めていった。


「こんな辺境の地に行けと言われて、命令とはいえ最初は気が重かったわ。家族とは離れ離れになるし、帰れなくなってしまうんじゃないかと、気が気じゃなかった」

彼女の指示で働いている、十代の下働きの女性もいった。

「私だって、誰も行ったことがないような辺鄙な場所で、生きて帰れなくなってしまうんじゃないかと心配でたまらなかった。何せ、西方へ行って生きて戻ってきた人がいなかったんだからね。これでやっと明日家へ帰れるわ」


 二人は、手を取り合って喜びあっている。しかし、私だけがここでも一人悲しい気持ちになっている。完成したのはおめでたいことだし、終わりはいつか来る。


「ねえ、あなたは帰れるのに嬉しくないの?」

「そんなことはないけど。もうこの生活が終わってしまうんだなって、ちょっとセンチメンタルになっていただけ」

「あら、そうなの。大変だけど、頑張ったものね。だけど、誰だってこんなところにずっといたくわないわよね」

「ええ、まあ。帰れば普通の生活に戻るものね」


 私は、早々にベッドにもぐりこんでしまった。しかし、ベッドの中に入っていると雨音が聞こえてきて、それは次第に大きくなった。ここは、丘の上だから大丈夫だと思うが、外はどうなっているのだろうか。吹きさらしの風は遮るものがないので建物に強く当たり、まるでここは荒海の中の小舟だった。今日この家にいられてよかった。私たちは皆でそう言い合った。ベッドの中で体を丸めて嵐が通り過ぎるのを待つしかすべがなく、不安に押しつぶされそうだった。ほとんど眠れないまま、時間だけが過ぎていった。時間がかなりたったような気がするが、外は明るくならない。激しい雨のせいで陽ざしがほとんど届かないからだろう。

 

 トントンと、扉がたたかれる音がしたので、調理担当の女性が出て行った。


「ルークです」

「はっ、はい王子様! ただいま開けます」

「皆さん、無事でしたか?」

「何とか……。恐ろしい嵐の音に震えながら、ずっとベッドに潜っていました」

「エレノアさん」


 私を呼んでいる。ベッドの中から顔を向けた私と目が合った。急いで起き上がり、髪も整えずにルークのところへ急いだ。


「ルーク様、ものすごい嵐ですね。まだ止まないですね」

「ここは丘の上だったからよかったけど、目の前の草原は水浸しでどこまでが川だったのかもわからない有様です。昨日この建物が完成して命拾いしました」

「間一髪でしたね。夜中ずっと嵐の音がして、ほとんど眠れませんでした」

「この嵐が通り過ぎるまで、皆外へ出ないほうがよさそうです」


 調理担当の二人は、起きて身支度を始めた。


「私たちは朝食の用意を始めます。失礼します」


 二人がいなくなった部屋に、ルークが入って来てベッドの隅に腰かけた。


「また大変なところへ連れて来てしまいました」

「まあ、そう……ですね。嵐はいつか収まりますよ。雨だってそのうち。空にも降らせる雨がなってしまいますから」

「絶対に外へは出ないようにしてください!」

「はい、もうじき雨が止んで国へ帰れます。信じています」

「そうだな。今日一日はここへ留まることにする」


 ルークは固く私の手を握った。口惜しさで唇を噛んだ。


「明日はきっと出発できます!」


 私はルークの不安を打ち消すように、手を握り返した。



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