第37話 女官の仕事
「ところでルーク様。女官の仕事というのは何をするのでしょうか? 私宮殿に上がったことがないので、全く分からないのですが……」
「女官は、ですねえ。そうだなあ」
「……どんな仕事ですか?」
「何をしてもらおうか……」
「……何でしょうか?」
「……う~む。女官というのは僕の身の回りの世話をする仕事なんだ」
「へっ? そんなことでいいのですか? 分かりました」
「難しく考えることはありません」
「ええ。宮殿の仕事を全く知らなかったので心配していたんですが、それなら心配いりませんね」
「ほっとしてもらえてよかった」
「これで安心して眠れます」
「ああ、おやすみ」
ルークは私の額に自分の額をくっつけてから、自分のテントの中へ入って行った。これは何のおまじないなのかよくわからなかったが、私も女性用のテントの中へ入り、布団にもぐり安心して眠りについた。
翌朝になり、まずは焚火をし、食事係の人々が朝食を用意した。朝は簡単な飲み物と、持参したパンを分け合った。身の回りの世話をするのが仕事、と言われたので食事をルークのところへ持って行った。そのまま隣に座って一緒にパンを食べた。貴重な食料をゆっくりと味わって食べ、仕事に取り掛かった。建築職人や、井戸掘り職人たちは額に汗して重い資材を運んだり、図面に沿って杭を打ち込んだり、スコップで地面を掘り返したりしていた。それ以外の人々も手伝えることは手伝った。ルークも資材を運ぼうと手を伸ばした。
「ルーク様! 怪我をしたら大変です。おやめください!」
「な~に、これくらい大丈夫さ」
「俺たちがあとで怒られてしまいます」
「黙ってればいいさ!」
指先を口元に当て、ウィンクしている。この人たちが止める気持ちがよくわかる。怪我をさせたら、お咎めが来るのは他の人たちだ。
「ルーク様、これはプロの方たちにお任せした方がいいのではありませんか。怪我でもしたら大変ですから」
「何を言ってる。もっと大変なことをやってきたのを知ってるでしょう。怪我しないように手伝いますから、任せといて!」
私が言うことにも耳を貸さず、ルークは建築資材を運んだり、組み立てをしている職人たちに渡したりする仕事を始めた。すらりとほっそりした体つきの割には、木材を軽々と担ぎ、どんどん手渡していく。いつこの技術を身に着けたのかは知らないが、手慣れた手つきである。
「始めてやるとは思えないや。筋がいいですよ、王子様!」
「第十王子ですから、何でもやらなきゃね」
彼が言うと嫌味に聞こえないから不思議だ。一日が終わるころには、支柱がだいぶ立ち上がった。ルークは河原へ行き泥だらけになり私に命じた。
「さて、女官の仕事です。タオルを持って一緒に河原に来てください」
「はっ、はい! かしこまりました! 少々お待ちを……」
家を建てている丘の上から坂道を下り、丈の高い草原を縫うように河原へ降りた。小川の水かさはそれほど多くはなく、深さは人が入っても膝ぐらいまでしかなかった。ルークは汚れた服をおもむろに脱ぎ捨てて、下着だけになり清流の中ほどで座り頭から水をかぶって体を洗っている。
「うわ―っ! 気持ちいいなあ」
汗まみれで木材を運んでいたので、さっぱりして気持ちがいことだろう。
「でも、冷たい!」
手足の汚れを落とすと、急いでタオルめがけて上がってきた。私も急いでそちらへ走った。下着一枚しかつけていなかったので横を向いてタオルだけを彼の方へ向けた。ルークは、駆け上がってきてさっと片手でタオルを取り、頭や手足を素早く拭いた。ほっそりとしていると思っていたが、背中を見ると両腕には筋肉がついて盛り上がっている。シャツを着たようなので、体を正面に向けた。それから、服を着終わるまでずっと直立不動で彼の動作を見守っていた。
「ちゃんと見ていてくれたようですね、女官殿。着替え終わりましたよ。エレノアさんも川の水で手を洗って来るといい。冷たくて気持ちがいい」
勧められたので、私も川へ降りてゆき手を洗い、澄んだ水をすくい顔も洗った。洗い終わって後ろを振り返るとルークがタオルを持って待っていた。
「ありがとう……ございます。見習わなきゃね。女官の仕事はちゃんとできていますか?」
「合格です」
テントに入り、布団にもぐるとあっという間に睡魔に襲われ、二日目の夜が過ぎていった。
「おはようございます、ルーク様」
私がルークのテントの前で声を掛けると、そっと顔だけのぞかせ眠そうな顔を見せた。
「おう、エレノアさん。早いですね。まだ夜が明けたばかりじゃありませんか」
「女官なので、起こしに来ました。ちょっと早すぎましたね」
「う~ん。まあ、起きるかな。朝日も出て来たことだし」
「気が利かなかったですね……」
女官の仕事というのは、するべきことが明確ではないようで、困ってしまう。
「何かやることがあったら、命じてくださいね。その方が……わかりやすいです」
「そうだったね。仕事の内容がはっきりしていなかった。でも、本当に決まってないので、そこは適当にやってくれていいんです」
「ほう、適当に……」
「なんせ、僕の身の回りの世話ですから」
「大抵の事はご自分でできますしねえ」
「そう言うことです」
ルークはそろそろとテントの中から出て来て、体を延ばした。まだ職人たちはテントの中で休んでいるようで、食事係の人たちだけが外に出ていて、火をおこし鍋の中に食材を入れて煮込み料理を作っていた。
「ルーク様はもう少し休んでいてください。私は、食事の手伝いをしてきます」
私は、食事の手伝いをしながら考えた。女官の仕事をしてほしいというのは口実で、私の事が放っておけなかったので誘ってくれたのだと、彼の思いやりが胸に沁みてきた。
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