第36話 ルークの決断

 城へ戻ったルークは、思いのたけを込めて父王に言った。


「あのう、僕はこれから西域へ開拓に行ってきます!」

「何だと、こんなに良い話を第十王子のお前にしてあげているのに、お前も変わったやつだ! 何を考えているのやら。まあ好きなようにしろ!」

「僕にはもったいない話でしたから」

「それならば、必要な人材はつれて行くがよい。と言っても城の警備がおろそかになってはいけないから、それほど多くの人材は同行させるわけにはいかないが」

「やれるだけ自分の力でやってみます。それから、魔王討伐に力を貸してくれた同士を連れてまいります」

「いいだろう」

「その方のご両親にも許可を頂いておきます。西域は、まだまだ未開墾の土地が多く、人の手の加わっていない荒れ地が多いところです。今までは魔王の魔力に支配されていましたが、これからはもっと住みやすい地にしたいと思っています」


 ルークは、国王に聖域を開墾したいという話をした。そのために、一緒に魔王を倒した人と仕事をしたいと頼んだ。


「ふ~む、お前がそこまで考えているとはな。大したものだ。では、結婚の話はしばらく延期することにしよう。戻って来てから進める。思う存分やるがよい」

「有難き幸せです」


 父王から西域へ行く約束を取り付け、エレノアの両親には自分に同行してほしいと頼み込んだ。何か口実が必要と、彼女には何かと身の回りの世話をする女官の地位を与えた。父も王国の女官として働くのならばと許してくれた。


 私は両親にしばしの別れの挨拶をした。


「やっぱり私は女官の仕事をすることになった。お城からの命令だから逆らうことはできないわ」

「なぜ選ばれたのかわからないが、精いっぱい仕事をしてきなさい。こういうことも良い経験になるかもしれない」

「お父様やお母様とは暫くのお別れになりますが、心配しないでください」


 今回は、かなり大所帯での移動ということで、大きな箱に一杯の日用品や衣服を詰め馬車で運んでもらえることになった。ルークと二人だけで旅をしたときは着の身着のままだったが、今回は大違いだ。家を建てるための資材や職人たちも同行し、料理を作る料理人も旅の仲間に加わっていた。


「皆、旅は長いが頑張ってくれ!」


 西域は、今まで人があまり出入りしなかっただけに、手つかずの自然が残っていた。前回通り過ぎたところを大方通り過ぎ、魔王の城の少し手前の荒野に来ていた。広大な荒野は、人っ子一人見当たらず、ここならば新たに街や村を作っても誰からも反発が来る事はないだろう。


「長い旅だった。皆、ここに住居を作る」

「ここですか。ルーク様、大丈夫なんですか。王都とはだいぶ離れた場所ですが……」

「いずれ人を呼ぶことにしよう。手始めにここに小さな小屋を建てて、次第に広げていこう」

「かしこまりました」


 職人たちは、土地を平らにして土台を築いた。何日もかかりそうなので、完成するまではテントを張ってその中で数人ずつに分かれて生活することになった。男たちが多かったが、女性も数人一緒に来ていた。エレノアは女性だけのテントで過ごすことになり、ルークは兵隊長と一緒に宿泊することになった。いくつかあるテントの中心で焚火を、煮炊きをしたり持ってきた肉を串焼きにした。炎の向こうに人々の顔が陰影を持って見え隠れし、ゆらゆらと揺れていた。満天の星空と炎の前でルークは野心と自信に満ち溢れていた。そんな姿を見ていると、空っぽだと思った私の心も満たされていった。


「ルーク様、これからですね。新しい村や街を私たちで作るんですね」

「今はまだ何もない荒れ地だけど、きっと素晴らしい場所にして見せる」

「ルーク様ならできます。一緒に旅をした私にはわかります」

「ありがとう。一番の味方に来てもらえて心強い」


 パチパチと薪の爆ぜる音が静けさの中で耳に心地よく残る。私の悩みは炎と共に天に昇っていき遠くの空へ消えていった。自分が女官という立場でも、おなじ場に座っていられるだけでこんなにも心安らかになり、嫉妬や悲嘆などの負の感情はどこか遠い世界の物のように思えてくる。


「来てよかったです」

「そうでしょう。広場でエレノアさんを見つけてつれてきてよかった」

「二度目ですね」

「何が?」

「見つけて助けてくれたのが」

「ああ、そういえばどそうだ」

「僕はエレノアさんがピンチの時に会いますね」

「はい」

「ピンチの時じゃないと会えないのかな」

「いえいえ、そんなことはありません。ピンチじゃないときにも会ってください」

「アハハ! 面白いこと言うね」

「ほんとですよ」

「会いますよ。また会えるって言ったでしょう」

「はい、はい」

「だんだん、以前のようになってきましたね。その調子です」


 私たちは焚火の日が燃え尽きるまで、炎の前に座り星空を眺めながら手を温めた。初めは赤々と燃えていた炎は、最後にはろうそくの灯りほどになり、やがて消えていった。暗闇に紛れて二人は手を握り合った。始めは私を好奇の目で見ていた人たちは、一人また一人とテントの中へ消えてゆき、最後には二人だけになった。

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