第34話 王国への戻り道

 龍は、長い体を使って壁に体当たりした。壁はボロボロと砂でできた城のようにもろくも崩れていった。


「ウオー、何だこの地響きは! 逃げろ―!」


 兵士たちは右往左往しながら逃げ惑う。崩れた壁の向こう側には建物が剥き出しになっていた。兵士たちは慌てて外へ飛び出し、龍が暴れているのを見て気が動転した。今まで魔王の手下として働いていた龍が暴れていることが理解できない。


「お前、気が狂ったのか。魔王様の言うことが聞けないのか!」「魔王様はどこだ! どこへ行かれたんだ―!」


 彼らは外へ出て行った魔王の姿が見当たらないので、慌てふためいている。


「魔王様―! 龍を何とかしてください!」


 龍は兵士の方へ向かっていった。どんなに鋭い剣を振り回しても矢を放っても、建物を蔽うほど体が大きく固いうろこに覆われた龍に突き刺さることはなかった。歯向かえば歯向かうほど、龍は首を大きく左右にゆすりながら兵士たちを蹴散らした。跳ね飛ばされた兵士たちは、地面や堅牢な建物にたたきつけられ、手足を動かすことができなくなった。


「うわっ! 助けてくれ!」「ギャッ!」


 あちこちで悲鳴が聞こえ、倒れた兵士たちが山のようになった。後方では仲間たちの倒れた姿を見て呆然とする兵士たちが立ち尽くしていた。彼らを残して私とルークは残っている建物へ向かった。建物の奥では、恐怖に震える女性たちが、暗く狭い部屋の中で力なくうずくまっていた。


「もう大丈夫です。魔王は倒しました」

「えっ、魔王を!」 「そんなことができたのですか!」 「奇跡です!」


 彼女たちは口々に歓声を上げた。女性たちを騙してここへ連れてきた魔法使いは、私の顔を見た途端、目が血走り口元はこれでもかというほど吊り上がった。


「お前は、あの時私に助けを求めに来た女か! 生きていたのか!」

「お陰様でね! 女性たちの悩みに付け込み、甘い言葉を使って騙していたのね。もうあなたの悪事は終わりよ!」

「何を小癪な、私は不死身だ! またどこかで会うかもしれないぞ……。フフフ……」


 魔女は身をひるがえし、ものすごい速さで去っていった。ルークは龍に向かっていった。


「この女性たちを、国へ送り届けてくれ」

「ああ、お手の物だ」


 龍は女性たちを背中に乗せ、するすると空を駆け上り一目散に王国へ消えていった。その時ク~ンと鳴き声がした。コロロだ。中へ入ると危険だからと、森の中に隠れて待っていたコロロが私たちのそばへ駆け寄ってきた。


「ルーク様、これで本当に終わりましたね」

「龍は、悪者なんかじゃなかった。さあ、王国へ戻りましょ。魔力が解けたので、帰りは快適な旅になるはずです」

「ルーク様……ほっとしました」

「一緒にいてくれた、あなたのお陰です。一人だったら、今頃どうなっていたか……」

「ルーク様……。怖かった……」


 私たちは手を取り合い、お互いが無事でいられたことを喜び合った。森には光が差し、小鳥のさえずりが戻ってきた。壁は崩れ廃墟のようになった。私たちは元来た道を引き返した。


 亀裂の入った地面はふさがり、豊かな大地には一面に植物が生い茂っていた。


 次に雪の山を登ると魔女たちの館があった。相変わらず門柱に髑髏は掛けられていたが、来た時とは全く違った光景に見えた。彼女たちがくれた惚れ薬のお陰で魔王を倒すことができた。窓からダリアさん、ミリアさん、エリアさんが手を振っていた。


「よく戻れたな。運が強いんだな」

「ええ、色々と役に立ちましたから。アハハ……」


 地下の国だけは畑の隅を通り、国王や王子に見つからないように通り過ぎた。ただ一人食堂で給仕をしていた女性が畑にいたので、その後の地下帝国の事を聞いてみた。


「王子様はお元気ですか?」

「はい、暫く気を失っていたご様子でしたが、意識が戻ると王様におふたりには逃げられてしまったとご報告されました。王様は大変お怒りになりましたが、逃げられたのは仕方のないこととあきらめ、普段通りの生活が戻ってまいりました」

「その後の彼はどうでしたか?」

「王子様は相変わらず王様に頭が上がらないようですが、最近は自分の考えをよく仰るようになりました。おふたりが来てから少しだけ変わったようです」


 私たちは内心ほっとして、野菜をくれた女性にお礼をして立ち去った。


 それから湖を渡り、対岸に着いた。花畑の花は、もう人間に化けて誘惑することもなくなり、時知らずの国では一日は同じリズムで過ぎていくようになった。相変わらず袋を逆さにしたような服を着ているらしいが。


 森ではキノコに襲われることも、吸血ヒルヘビに出会うこともなかった。


「ルーク様、前にここを通った時の事が幻のような気さえしてきます」

「あの時の事が嘘のように、今は静かで平和になった」

「西へ向かっている時は、毎日どうなるかと思いながら歩いていました」

「ああ、エレノアさんがヒルヘビに血を吸われた時はね。僕も毒を吸い出していて、自分が毒に当たって死んでしまうんじゃないかと思った。でも、君を助けなきゃと無我夢中だった」

「命がけで救ってもらったんですね。ルーク様に救ってもらった命、これからも大切にします」

「あと少しでこの旅が終わりになります」

「ええ、終わってしまいます」

「辛かったでしょう」

「ええ、でも……」

「……でも、何ですか?」

「……いえ、何でもありません」


 私たちはとうとう、二人が出会った魔法使いの洞窟の前にたどり着いた。


「ここで、ルーク様が思い切り私の体を引っ張って、洞窟から出してくれた」

「ずいぶん昔の事のような気がします。あの時のエレノアさんの姿は、以前の僕のように見えた」

「そうだったのですか。あのまま進んでいたら今頃は……恐ろしい。一生魔王の城に閉じ込められ働かされていました」

「さて、ここからは別々の場所へ帰らなければならない。寂しいですが……」

「はい。私は自分の家に帰ります」

「いつかまた必ず会いましょう。約束です」

「はい、そう願っています」


私たちは、しばし別れを惜しみ抱き合った後、別々の方向へ歩き出した。


 ルーク様、死ぬほど苦しく、辛くて、怖くて、だけど一緒にいられて楽しかった。私の眼には涙が溢れて、ほとんど前が見えないほどだった。こんな顔を見られたくないから、まっすぐにどんどん歩いた。道がだんだんぼやけてくるが、そんなことは気にしていられない。


「お元気で、エレノアさん!」


 遠くの方で、ルークの声がするが、とても振り向くことができないし、声も出ない。右手を上げて思い切り振りながら、無理やり足を進めていく。


「エレノアさん! エレノアさ~ん!」


 まだ声が聞こえている。こちらを見ているのだろうか。困ったものだ。別れには慣れているつもりだったが、今回は本当につらい。


「エレノアさ~ん!」


 しつこい、本当にしつこい。これでは別れが更につらくなる。私は、立ち止まって再び後ろ向きに手を振った。


「何やってるんだ。どんどん行っちゃって」


 後ろ向きにルークが私の腕をつかんで、引っ張り抱きしめてきた。あれ、着いてきていたの? こんなに近くにいたなんて。


「着いて来たのに、やだなあ」


 もう、顔は涙でぐちゃぐちゃだった。


「必ずまた会いましょう。暫くの別れです。必ず……会えますよ!」


 そして彼は、自分の城の方へ向かって走り出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る