第32話 謎の踊りと惚れ薬

「さて、魔女から教わった踊りとやらを見せてもらおうか」


 魔王の重苦しい声が響いた。私は昨晩打ち合わせた通り、上に来ている服を脱ぎ薄衣一枚になった。その方が神秘的で魔術を使っているように見えるだろうと打ち合わせていたのだ。体の線に自信があったわけではないが、肌の色が、薄衣を通して透けて見えた。魔王は透けて見えそうな肌に目を凝らしていた。ルークは私が踊っている間は、幾度も交差しながら周りを回ることになっていた。私は神妙な顔をして天を仰ぎ、天から永遠の力を受けているという動作をした。天を仰いだ瞬間、表情は恍惚となり、まるで何かがとり憑いたように見えた。時折魔王のそばへ寄り、表情を覗き込んだ。まともな状況ではとてもできないような仕草さえ見せた。魔王の方は、次第に愉快そうにその姿を眺めている。予定していた踊りがすべて終わり、二人で並びひれ伏した。額からは油汗が滲み出ていた。


 魔王は永遠の力が降りてきたのかどうかには特に触れず、私のそばへ来て髪を撫でた。どうに気に入られずにはすんだようで、体の力が抜けた。


「魔力が降りてきたのかどうかはまだわからないが、踊りの方はまあまあだろう。面白かった」


その言葉を聞き、ひとまずほっと胸をなでおろした。次は秘薬のことを聞かれるのだろう。

            

「次は、秘薬とやらを見せて見ろ」


私は、魔女からもらってきた惚れ薬を見せた。


「ほお。それで、どんな効き目があるのだ」

「これを飲むと、自信が湧き、怖いものはなくなります。勇気と力を与えてくれる薬です」

「そのようなものが、あるわけないだろう。聞いたこともない! お前私を騙そうとしているな」

「本当でございます!」

「そうか。では、まずお前が味見して見ろ」


やはりそう来たか。これも予定内の事だ。


「はい。仰せと有れば、毒などではありませんので、ちっとも怖くはありません」


 毒ではないが、初めて飲む薬。その後の自分の気持ちには全く自信がなかった。効き目があれば、気を失った後最初に見た人に惚れてしまう。


「では、飲んで見せましょう」

「ふん。面白い」


 私はこの虫や臭いの強い薬草などを混ぜて作った、とんでもなくまずい薬を我慢して一口飲んだ。紅茶に入れられてルークが飲んだ時よりも強烈に違いない。何しろクスリそのものなのだから。私は、ほんの一瞬気を失ったのだろう。気がついた時に右目で魔王を、左目でルークを見ていた。これは計画通りだ。ルークがすぐそばへ回り込んできてくれていた。目が覚めると、魔王とルーク両方の事が好きになってしまった。まず魔王の方へ寄っていった。


「魔王様、薬が効いて来たようです。私これから魔王様に忠誠を誓います。いつもおそばにいさせてください。他の女性と過ごすなんて嫌。大好きですわ」


 愛の告白の言葉ばかりが出て来る。これだけではまずい。


「それにわたくし、魔王様のおそばにいれば、どんな悪事でもできそうな気がします。勇気が湧いてきたのかもしれません」


 私は、牢番の男のそばへにじり寄り、頬から胸を触るだけ触り、ふんとそっぽを向いた。


「今の私は、どんな人でも誘惑してしまいそうだわ」

「おお、凄いことだ。悪女になったようだ。わしの好みだ。邪悪なものを好むようになるとは、素晴らしい薬だ」

「薬を気に入っていただけて良かった。私も魔王様のお好みの女性になれて、幸せです。愛してます」


 私の口からは、普段言うのもはばかられるようなことが、次から次へと出てくる。この変化がいたく気に入ったようで、薬に興味を持ったようだ。


「では、飲んでみるとするか。お前たち、ほんの少し私が気を失っている間、こいつ等が私に悪さをしないよう、見張ってろ!」


 魔王は、家来たちに言いつけ、薬を飲んだ。


「うわっ! まずい!」


 そう言ってたかと思うと、がくりと顔を前に傾けて気を失った。ほんの数秒後、首を正面にあげた。その時私は、魔王の真正面に陣取り目を合わせた。効果はてきめんだった。魔王の瞳はとろんとして、虚ろに宙を見つめた。次の瞬間、腕を伸ばし、いきなり体を掴みかかった。


「おお、わしの探し求めていた女は、こんなところにいたのか。もう一生そばにいて、片時もわしのそばを離れてはならない!」

「ああ、魔王様! わたくしも魔王様と一緒に暮らせたら幸せです!」

「お前もそう思うか、ところでこの薬の効果はどうだ。魔力は強くなっているのだろうか」

「ええ、ええ、もちろんでございます。これ以上強いお方はいません」

「そうか。お前がそういうんだからそうなのだろう」


 私に惚れてしまってた魔王は、言うなりになった。さらにダメ押しをした。


「魔王様、私も片時も離れたくありません。もう、牢になどにつながないでくださいね」

「当たり前だ。牢などに閉じ込めるわけがない。わしの宮殿で一緒に暮らすのだ」

「まあ、嬉しいお言葉」


 私は、魔王を抱きしめた。愛に目がくらんで自分が魔王だということも忘れているようだ。あと一息、あと一息で魔王を仕留めることができる。周囲を取り囲んでいる兵士たちのいないところを狙わなければ! 私たちは確実に仕留められるチャンスを待つことにした。


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