第31話 秘策

「とにかく、何か口実を付けてここから出る方法を考えよう。ここにいたのでは手も足も出ない」

「具合が悪いと言っても出してもらえそうもないし、兵士に取り入っても無理そうだし……」

「見張りの兵士をおびき寄せてみるか」

「鍵を持って回っているかどうか……」

「今の僕たちの武器は、何だろう?」

「私たちには……。そうだわ! 魔女からもらった惚れ薬がある」

「それを利用して、うまくあいつを油断させることはできないだろうか」

「……う~ん、そうねえ。これはどうかしたら。私が魔王のためにとっておきのダンスを踊るの。魔力が強まるとっておきのダンス」

「そんなダンスがあるのか?」

「嘘よ。そんなものはない。でも、それらしく踊ったら魔力があるように見えるでしょう。実際に魔力が強まったかどうかなんてわからないし」

「ばれたらどうする。また牢獄に逆戻りだぞ」


 暫くして、見張りが来て、食事を置いていった。やっとその時になって腕を縛っていた縄をほどいてくれた。まだ見張りが近くにいるだろう。声を潜めてルークにいった。


「歌はあまり得意ではないし、チョット聞いただけで上手かどうかは分かってしまう。歌に興味があるかどうかもわからないし」

「よし、イチかバチかダンスの方で行ってみるか。僕も手伝いをしなきゃならないと言って一緒に出してもらおう。魔王が女性のダンスを見て喜ぶかどうかがわからないが、闇の魔王の事だ、魔力が強まると言えば興味を持つかもしれない」

「そうね。堂々と魔王の許可をもらって出られる方法がいいわ。さっそく明日決行しましょう!」

「エレノアさんは、僕と一緒にここまで来たせいでこんなことまでする羽目になってしまった。失敗したら命はないかもしれないのに……」


 ルークは、涙を浮かべていた。森を通った時に湿ってしまった私の体を、後ろからぎゅっと抱きしめていった。


「失敗は許されない」

「二人で力を合わせて魔王を倒しましょう。怖すぎてぞくぞくします。今から震えています」

「ああ、ぞくぞくして気が狂いそうだ」

「私、何でもやってみるしかないことが分かったの。何かしないと先に進まないことはルーク様に教えてもらった。いつも何かしら手を打って、進んできたんだものね」


ルークは私を抱きしめた両腕をしっかりと胸の前で交差させた。体と顔までが私のすぐ後ろにあった。


「君を魔王の餌食にはさせない! これからもずっと一緒だ」

「ああ、ルーク様」


 牢獄の中でこんな素敵な言葉を聞けるなんて、ここが美しい花畑だったらどんなにロマンチックだったことだろう。灯りも乏しいので、お互いの表情もよくわからなかったが、その分神秘的でさえあった。お互いの感覚だけが研ぎ澄まされ、ルークの唇が首筋からうなじに移動していく感覚がくすぐったかった。


「あ……」

「びっくりさせちゃった?」

「いつも不意打ちですね。こんな真っ暗な中で……」

「僕も暗闇を武器にしてしまった」


 背中にぴったりくっついたルークの広い胸に支えられて、私はゆっくりと体重を後ろへかけた。お互いの体温を感じていないと二人とも、状況のあまりの厳しさに本当に気が狂いそうだった。


 二人で体を横たえ、休める間は体を休めた。自分の体内時計だけが頼りで、日の光のない世界では時間の感覚は全くなかった。


 牢番の男が朝食を持ってきた。私たちは、わずかばかりの食事をもらいとりあえず腹に収めた。私は媚びるような目つきで彼にいった。


「あのう。折り入ってお願いがあります」

「何だ! ここを出してくれなんて言うのは、願い下げだぞ!」

「王様に伝言をお願いします。私が魔女から直々に教えて頂いた面白いおまじないの踊りをご披露しますので、おそばに上がりたいとお伝えください。魔力が強くなることは魔女の御墨付です。ルーク様も一緒にお願いします」

「ふん、娘。そんなことを言って逃げ出すつもりじゃないだろうな」

「いえいえ、とんでもございません。これからは王様にお仕えするつもりでございますので、是非お取り計らいを!」

「もう観念したのか。まあ、伝えるだけ伝えるが、期待はしないほうがいい! そんなまやかし、王様には必要ないからな」

「僕からもお願いします。魔女直伝の秘薬もお持ちしますからとお伝えください。必ずやご興味を示すものと思います。うまくいった暁には、あなたの出世もお取り計らいしますよ」


 牢番が魔王に伝えたるかどうかは怪しい様子だったが、昼近くなって魔王が直々に牢へやってきた。ここまで旅をしてきたことに興味を持ったのかもしれない。


「お前たち、あれだけ魔力の強い道のりを二人だけでよくここまでたどり着けたものだ。面白い奴らだ。姿を見たいものだ!」


 牢番に合図すると、先頭を切って戻っていった。


「俺様が王に話してやったんだ。無駄な真似はするなよ。すぐさま命はないからな」


 牢番は私たちを、昨日連れて行った玉座の前に再びつれて行った。私たちは二人並んで魔王の前で座り、頭を垂れるよう指示された。周囲には、見張りの兵が取り囲んでいる。下手なことをするチャンスなどないように見える。魔王もそれで安心して、自分の前に私たちを置いたのだ。さて、これからが勝負の時だ。私たちはお互いの眼で合図した。


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