第28話 地割れ
「ルーク様、惚れ薬は何のためにもらったのですか?」
「これから敵が現れた時に、何かの役に立つと思ってね」
「ふ~ん、敵をやっつけるために……」
「他に理由があると思った?」
「いえいえ、どなたか飲ませたい女性がいるのかと思ったので」
「飲ませてみたい女性か……。いないことはないけど……」
「えっ、いらっしゃるんですね」
私は、黙り込んでしまった。ルーク様に好きな女性がいたなんて……。しかし、いても全く不思議はない。考えたことがなかっただけだ。
「王宮には美しい女性が大勢いらっしゃるのでしょうね?」
「そうだねえ。たくさんいたな」
「私とは比べようもない程、素晴らしい方ばかりなんでしょうか?」
「う~ん。そうねえ。素晴らしい方はたくさんいたねえ」
ルーク様は平然と答えた。
「龍をやっつけたら、宮殿の中の女性と結婚されるんでしょうか?」
「そんなことは分からないよ」
「あら、そうなんですね」
「他の国から姫をもらえと国王陛下から命じられるかもしれない」
「王子様ですから、それもありますね」
「エレノアさん、どうしたんですか。さっきから僕の事ばかり聞いていますよ」
「そ、そ、そ、そうですか。なんだか気になっちゃって、あら、あら、あら、ちゃんと道を間違えないようにしなくちゃ」
「エレノアさんこそ、旅が終わったらどうするんですか。またお父様の言われるままにいい人を見つけてもらいますか」
「さあ、私だってわかりませんっ! でももう、無理な気がします」
「ふ~ん、もうこりごりですか……」
そんな話が出るほどの余裕が出来た。からりと晴れ渡り視界は良かったので、順調に進んだ。雪道を降りて行くと、雪はだいぶまばらになって地面が見えるようになってきた。
「雪道ももう終わりのようだ。歩くの大変だっただろう?」
「ええ、雪が多くてしかも坂道ですから。足がもうパンパンになってしまいました」
「下へ降りてきて、寒さもそれほどでもなくなった。一安心だな」
「今までで一番歩きやすいです」
信じられないほどの平坦な道を、ゆっくりと進んだ。
「こういうこともあるんですね」
「なんだか恐ろしいほど静かだ……」
ルーク様と一緒にいると、心が落ち着いてくる。苦しい道を歩く時の息遣いまでが私を励ましてくれるようだ。彼は私の心の中で次第に大きな存在になっていくが、それも楽しい。周りでどんな怖いことが起こっても、何とか乗り越えられそうな気がしてくる。私は不思議な感覚を味わっていた。
「ルーク様、一緒にいると楽しいです」
「そうか……僕もエレノアさんと一緒に来られてよかった」
私が思う楽しいと、彼の思う一緒にいてよかったには、多分温度差があるのだろう。でも私は別に構わない。私を認めてくれるだけでいい。
ほんのしばらく幸せな気分に浸っていると、今度は前方に地面の割れ目が現れた。地割れはあちこちに見え、下を覗くとどこまで続くのかわからないほどの空間があった。
「どのくらい深いんでしょうか?」
「おい、気を付けろ! 覗き込むなっ!」
裂け目の中を覗き込んだ瞬間、ルーク様の怒鳴り声が背後から聞こえた。
「落ちたら、終わりだぞ!」
「終わり……ですね。底が見えない」
「出来るだけ裂け目をよけるんだ! どうしても飛び越えなければならないときは、狭いところを選ぼう」
それでも数十センチあり、飛び越えられそうもない場所もあった。ルーク様は、木の枝に目を付けた。できるだけ太い枝を折り、何本かを横にして縄で結びつけた。
するとそれは、人の背丈よりも大きな梯子になった。
「これを裂けめの両側に渡す! 僕が先に渡るから端をしっかり押さえていてくれ」
「大丈夫ですか! これで、折れたりしないんですか」
「じゃあ、試しに木に斜めにもたせ掛けて上ってみよう」
ルーク様は、梯子を上り始めた。途中でミシミシ音がしたので、更に枝を足して補強した。何とかこれで、裂け目を超えることが出来そうだ。
「絶対に下を見るな! 二人とも渡らないと先に進めないからな!」
「はい、裂け目の底はないと思って渡りますっ!」
まるで軍隊の行軍のようだ。指揮官の言うことは的を得ている。
「しっかり押さえていて! 離すなよ!」
「了解です!」
ルーク様は四つん這いになってじりじりと梯子を渡っていく。同じペースで一歩一歩前進し向こう側へ渡り切った。
「さあ、エレノアさんの番です。怖がらないで、自分の手元だけを見て進むんです」
「は……い……」
梯子の下は、目もくらむような奈落の底だ。バランスを崩したら最後、真っ逆さまに落ちていくだけだ。
「ルーク様! 私……怖い……」
「大丈夫、あなたならできる! 僕よりエレノアさんの方が軽いから、絶対に折れませんよ!」
何の根拠があってそんなことをいうのだろう。今度ばかりはルーク様を恨めしく思った。
「渡れたら、抱きしめてあげる!」
「あ……はい。やってみます」
私は、自分の手元だけを見て、一歩一歩梯子に足をかけ前進した。下を絶対に見てはいけない。手足がこわばって、冷や汗が出る。手の平が汗で湿っているのがわかる。思いきり木を握りしめ、両手両腕に力を入れる。
「うっ、よいしょ……」
「そうだ、その調子!」
あと一歩、あと一歩……。手元だけを見て。
「う~ん、怖くない……」
「あと少しだ!」
「ルーク様! あ~」
「よくやった!」
「はあ、はあ……」
私は、向こう側の地面にペタリと座り込んで茫然としていた。両方の眼からは、涙が溢れ出ていた。
「怖かった~~!」
「よし、うまくいった!」
ルーク様は、私を何度も抱きしめた。せっかく抱きしめられたのに、残念なことにその喜びをかみしめる余裕すらなかった。足はがくがくと震え、彼に夢中でしがみついた。
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