第26話 魔法に掛けられたルーク
私は勝手にやきもちを焼きながら、食堂のテーブルに座った。食卓には、スープやシチュー、キノコのソテーなどが並んだ。キッチンで料理された暖かい食事に口にして、しばし疑念を持ったことなど忘れてしまった。私たちの思い過ごしならいいのに、と思いながら食後のお茶を飲んだ。お茶は様々な植物のフレーバーの香りがして、体がゆったりして力が抜けていくのがわかった。えっ、力が抜けていくって、どういうことなの! この紅茶普通じゃないみたい、入っているのは薬草? だんだん眠くなっていく……。
私はどうやら、テーブルにそのまま突っ伏して眠ってしまったらしい。どのくらいの時間なのかは全く分からず、目を開けると他の三人は何事もなかったような様子で座っている。カップに手を触れると、それほど冷めてはいないので、ほんのわずかな時間だったのかもしれない。ルークも同様にまだ眠りから覚めていなかった。ルークの体が動き、反射的にカップに手が触れガチャンと下に落ちた。咄嗟にダリアさんがテーブルの下にもぐり、落ちたカップを拾おうとした。その時、目を開けたばかりのルークとダリアさんの手が触れた。顔をテーブルに戻したルークと今度は目の前にいたエリアさんの眼があった。
ルークは、突然恥ずかしそうなしぐさでダリアさんに言った。
「ダリア様、僕はあなたの魅力に参ってしまいました。ここを離れたくありません。一生あなたのそばで暮らします」
「何だって、私が好きなのかい! エリアじゃなくて! おかしいじゃないか! これはどういうことだ、エリア―ッ!」
ダリアさんがうろたえている。エリアさんは母親に向かって怒鳴った。
「何で、お母さまの事が好きになるのよ! おかしいのはお母様じゃない!」
「あ~あ~、私としたことが。テーブルの下でルーク様と目が合ってしまったんだよ。なんてこった!」
「全くドジなお母さま! 取り返しがつかない! ルーク様はお母様に惚れてしまったわ」
なにか間違いが起きたような、しかしどんな間違いなのか。私はエリアさんに訊いた。
「これはどういうことなんですか。ルーク様がダリアさんに夢中になってしまうなんて?」
「これには色々訳があって……」
ダリアが、言いにくそうに私に説明を始めた。
「もう、こうなったら私がエレノアさんに訳を話すわ。エレノアさん驚かないで聞いてください。私たちは惚れ薬を調合してルーク様のお茶に混ぜて飲ませたんです。惚れ薬を飲むとすぐに眠ってしまいます。その後目覚めた時に最初に会った異性を好きになります。私が目の前にいたのに、お母さまが落ちたティーカップを拾おうとテーブルに潜った時にルーク様と目が合ってしまい……」
「それで、ルーク様はお母様のダリア様に惚れてしまったのですね」
本当の狙いは、ルーク様をエリアさんに惚れさせるのが目的。そしてルーク様をここで足止めさせようとしたんだわ。しかしダリアさんの失態でこんなことになった。私はエリアさんに食って掛かった。
「元に戻すことはできませんか? そうしないと、ルーク様はダリアさんに夢中なままここから離れられなくなります!」
するとダリアさんが大笑いしていった。
「あら、こんな若くて素敵な人が私に夢中に! まあそれもいいんじゃないのかい」
「いいわけないでしょ、お母さま。早く元に戻す薬を作って頂戴」
「お前たちで作ったらどうだね。まあ無理だと思うがね」
「なによ! 戻したくないんでしょ!」
「何とでもいいな! フッ、フッ、フッ……」
この思いがけない事態をダリアさんは喜んでいる。母親のダリアさんは魔女だったのだろう。二人は魔女の娘たち? それともここへ連れてこられた弟子? 母親が薬を作る気がないのだから、娘たちに何としてでも作ってもらわなければ、この先進めなくなってしまう。
「お母様がダメでしたら、お願いです。おふたりで何とか薬を作ってください。私も手伝います。薬草を取りに行くなり何なりお申し付けください!」
「分かったわよお! 私たちでやってみるわ。お母様とルーク様じゃあ釣り合わないもの、何としてでも阻止しましょう!」
私たちは利害が一致して協力して薬を作ることになった。その間、ルーク様はダリア様のそばを片時も離れず、ダリアさんは面白そうに追いかけられている。私の紅茶には惚れ薬は入っていなかったのだろうか。
「あのう、エリアさん。私の紅茶には惚れ薬は入っていなかったんですか」
「ああ、あなたのカップ……。入ってなかったわよ。どうせ入っていたってルーク様に夢中になるだけじゃない。そんな無駄なことしないわよ」
「へえ。無駄なことですか」
「そうなんじゃないの?」
「それは、何とも……。お答えできませんが」
ミリアさんとエリアさんは、べったりくっついている二人を放って置き、様々な薬草を混ぜルークを元に戻す薬を作り始めた。エリアさんは分厚く年季が入って茶色に変色した魔法辞典とやらを持ってきて、薬の作り方を調べている。ミリアさんも辞典を見ながら薬草を切り刻んでいる。
「私外へ材料を取りに行ってくる。足りないものがあるの。ほら、このミミズとげじげじが足りないわ」
「そんなものを入れるんですか?」
「ええ、乾燥蛇は常備しているから足りるけどね」
「げ、げ、げ、そんなものが……。あとはどんなものですか?」
「いろいろな草を入れるの。そうそう、あなたも一緒に取りに行ってくださらない。スコップを持って」
「じゃあ、コートを着てきます!」
ミリアさんは、スコップを担ぎ元気よく家を出た。何としてでもルークを元に戻したい。あのままじゃ私だって、ここを離れるわけにいかない。雪の中をずぶずぶと膝まで埋まりながら木の根を掘ったり、地面の中から変な虫を取り出しては、二人で袋に詰めていった。
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