第25話 魔力

 エリアさんは私の様子を見て言った。


「エレノア様はまだ本調子ではないようですね。もう一晩お泊りになってください」

「申し訳ありません。お言葉に甘えさせていただきます。昨日は熱が出てしまいました」

「お大事になさってください。それから今日の夕食は食堂へいらしてください。家族と一緒にいかがですか?」


 私はルークと顔を見合わせた。ルークが頷いた。


「お言葉に甘えて、そうさせていただきます」

「では、お二人とも今日はごゆっくりおくつろぎください」


 エリアさんが部屋を出て行くなり、私はルークに言った。


「後で外へ出て調べましょう。気になって落ち着きません」

「そうしましょう。本当にどくろだったら、誰のものなのか気になります」

「あるいは、早くここを逃げ出すべきなのかもしれないですし……」

「エレノアさん明日天気が回復したら、もう出発できそうですか?」

「はい、ただ今日中に嫌なことが起こらなければいいですが……」


 私たちは食事を終えると、そっと廊下へ出て階下へ降り玄関に向かった。すると、ダリアさんと娘のミリアさんと出くわしてしまいはっとした。彼女たちは、薪を外から持ってきたところだった。ダリアさんが、じろりと私の方を見て訊いた。


「どちらへお出かけですか。今晩はまた吹雪くようですが」

「遠くへは行きません。この辺りの道を見て来るだけです」

「お気を付けください。ここらは思いのほか雪が深いですから」

「はい、すぐに戻ります」

       

                 💀


 私たちは道を探すふりをして、門の方へ向かった。私たちの眼は、門柱の上に掛けられている白く丸いものに釘付けになった。足首が埋まるほどの雪の道を一歩一歩踏みしめて傍へ寄った。やはりそれは、どう見ても人間の頭蓋骨だった。動物の骨など見たことはなかったが、ここに肉を付けて、髪の毛を乗せたら人間そのものに見える。じろじろ見ていると、怪しまれるのでさりげなく通り過ぎ、後ろからそれを見ると……白く丸みを帯びていて、人間の頭部以外には考えられなかった。


「ルーク様、これはやはり人間のものです」

「僕もそう思います」

「怖いです!」

「このあたりで行倒れた人の頭蓋骨だろうか、それとももしかして……」

「ぎゃっ! それ以上言わないでください!」

「……」

「私たち殺されてしまうかもしれません」

「……う~む。かと言って、今日出て行ってはまた吹雪にあって遭難してしまいそうだ」

「困りましたね……」

「あの人たちに警戒して、今夜は様子を見ながら泊めてもらおう」

「交代で起きていましょう」

「ああ、僕も肌身離さず短剣を持っているよ」


 門を出て少し歩いて行くと、複数の足跡が点々とついていた。彼女たちはまたこの山の中へ入って行ったのだろうか。そこで本当に獲物を取っているのだろうか。


「足跡がついているな」

「ええ、門からずっと森の中まで……」

「彼女たちが歩いて行った足跡だ。これを辿ってみよう。何が目的なのかわかるだろう」

「はい」


 足跡は森の中へ続き、あるところで止まっていた。地面を掘った跡がある。その穴を二人で覗き込んだ。


「これは、植物が抜き取られた後だな。雪の下にも生えている植物があるから」

「薬草か食用にするのでしょうか」

「そんなところでしょう。動物の穴ではなさそうだ」

「だったら、それほど怪しいものではなさそうですが」


 足跡はそこまでしかなかったので、引き返して山を越える順路を確認した。通れそうな道に目星をつけ、明日天気が回復したら出発することにした。それまでは体力を温存しておかねばならない。私たちはそこから引き返すことにした。  

   

          

                🏺


 屋敷に明かりがついている窓に近寄り、中の様子を探ってみた。キッチンでは、なべの中で何かを煮ているようで、火に掛けた鍋をスプーンでしきりにかき回している。鍋の様子を見ているのはダリアで、二人の娘たちが様々な種類の植物を切り刻み彼女に渡している。二人はダリアの助手として、指示された通りに動いている。しかし、窓を隔てて彼女たちの会話は聞き取れなかった。肝心なことは分からずに、結局窓のそばから離れ、玄関から部屋へ戻った。


 夕食の時間になり、エリアさんが私たちを呼びに来た。エリアさんはルークの方をちらちら見ては、もの言いたげなしぐさをした。


「ルーク様、今日は私たちが腕に寄りを掛けてお料理を作りました。お口に合うかどうかわかりませんが、どうぞ召し上がってくださいね」

「気を遣ってくださって申し訳ありません。後でお礼をさせてください」

「お礼には及びません。こんな山奥で、お客様などめったに来ないところですから、私たちもたまに来客があると気持ちが弾みご馳走したくなります」

「本当に申し訳ありません」


 ルークは、エリアさんの積極的な態度にたじろいでいるが、エリアさんの方はルークと話をして、悦に入った顔で頬を赤らめている。ルークを見れば、若い女性はほれぼれしてしまうことだろう。それは私が一番よくわかる。それにしても体をぴったりと寄せて、随分馴れ馴れしく見える。


「もっとこちらへお泊りになっていいんですよ。エレノア様もその方がいいでしょう。外を歩くのは大変な困難が伴います。私たちのような山の生活に慣れている者でも、歩くのは大変なことです」

「そんなに甘えてばかりでは、申し訳ありません。明日には出発しようと思います!」


 そう答えている間にも、エリアさんはルークの腕に自分の腕を絡めている。ルークも迷惑だろうと、様子を見たら恥ずかしそうにしている。どうしてルーク様、誘惑に負けないでくださいと念じた。彼女が美しいからなのですか、と私は心の中で叫んでいるしかなかった。この館には目に見えない力が働いているのではないだろうか! 

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