第23話 昔話
「ルーク様、私はあの冷たい雪の穴の中で死んでしまうのかと思っていました」
「僕は、絶対生きて這い上がれると信じてましたよ」
「いつもその気持ちに引っ張られて頑張れました」
「そう言ってくれると嬉しいな」
「あのまま目が覚めなくても仕方ないな、と思っていたんです」
「そんなに悲観的なことを言わないでください」
「私、今まで悲観的なことばかりだったから」
「運が悪かっただけですよ」
「私、本当に運が悪いんですね」
「だけど、今は運が悪いとも言えません。だって、いつも助かっているんですから」
「そうですね。ルーク様と一緒だからです」
「僕は幸運の男なのかな」
「そんな気がします」
「僕にとってもエレノアさんは幸運の女性だと思ってるんですよ」
「へえ、私がですか……だといいんですが。私子供のころからついていないんです」
ルークに自分の少女時代の事を話したことがなかったが、色々なことを聞いてもらいたくなった。ルークは静かに私の言葉に耳を傾けてくれる。こんな時間さえ私には今までなかったような気がする。
「家へよく遊びに来ていた少年がいたのです。二番目の姉と私は彼の事が大好きになりました。私たちは成長し、彼は立派な青年になりました。ずっと私たちは彼にあこがれていました。私は、彼が来るのを待ち焦がれるようになりました。しかし、そんな私を見て姉は自分は結婚するにはほかの人の方がいいなどと言っていたのです。私は安心しきっていました」
「エレノアさんに好きな人がいたなんて、初めて聞きました。だって、結婚相手の人たちはみな知らない人ばかりで、お父様に決められてしまったんでしょう?」
「はい、本当に好きになったのは彼だけで、私にとっては初恋の方でした。でも、彼は姉の思わせぶりな態度に魅せられて次第に夢中になっていったようです。姉は私にあの方とは結婚する気は無いと言っていました。それで私にチャンスが巡ってくると思っていたのに、姉は彼のプロポーズを受けました。私に言ったことは、本心ではなかったようです。私は失恋し、姉の言動が信じられなくなりました」
「辛い初恋でしたね」
「初めてお話ししました。こんな愚痴を言ってしまって、私に愛想をつかさないでくださいね」
「誰にも辛い思いではある。でも、エレノアさんにそんな男がいたんですね」
「あら、ルーク様。余計な事を話してしまったようです」
私は、黙り込んでしまった彼の顔を見つめた。なんだか少しだけ寂しそうな表情をしたような、気がした。私の気のせいかもしれないが。
「僕だって同じようなものです」
「ルーク様にも、辛い思い出がおありなのですか?」
「女性との思い出ではありませんが。僕は王子と言っても側室の子供なのです。王家の側室ですから何不自由なく暮らすことはできましたが、城の中での扱いは軽いものです。何せ十番目の王子、父王からはあまり大切にされなかった。正室は僕を疎んじもした。子供の数は姫も合わせると二十人余り。あまりに多すぎてわからなくなってしまいます。今でも増えているのですから……城の跡取りは第一王子だし、もし万が一何かがあったとしても、二番目か三番目ぐらいまでしか声がかかることはない。子供が多いほどいいと思って、たくさん生まれてしまった結果なのだが、そのせいで僕は王子なのに王子ではないような扱いをされた」
「ルーク様も大変な思いをされたのですね」
「城の中では、本人の能力ではなくて生まれた順番で人生が決まってしまう」
「それは、辛いことです」
「まあ、それは仕方のないことなのですがね」
「そのせいで、大変な旅をしていたのですものね」
「でも、嫌なことばかりではなかった。君という相棒に巡り合うことができた」
「あら、嬉しい。私も同感です」
私たちは、椅子に腰かけ暖炉の火に手をかざし、今までの事を語り合った。こんな楽しい時間がいつまでも続けばいいのにと思いながら、私は何も飾ることなく自分の心の内をさらすことができた。私は、暖炉の火で暖まると今度は頭が熱くなり、ぼうっと目がかすんできた。
「エレノアさん、顔が赤いですよ」
「暖炉の火で暖まったからでしょうか」
私は、相棒と言われたことが嬉しくて内心興奮していたのだが、それは暖炉のせいにして手を横に振った。しかし、ルークは気になったのか、私の額に手の平を置いた。
「あれ、頭が熱い。熱があるようだ」
「風邪を引いたのでしょうか?」
「あれだけ体が冷えたんだ、無理もない。ベッドに入って横になっていた方がいい」
「また、私のせいで迷惑をかけてしまいますね」
「そんなことを言わないで! さあ、さあ、横になって」
ベッドに横になると、ルークはタオルを濡らし頭の上に乗せてくれた。布団を優しくかけ、額にお休みのキスをした。照れたせいではなく、本当に熱を出してしまったようだ。私は、再びベッドに入りじっと目を閉じて体が回復するのを待つことにした。
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