第22話 深い森の館

 ノックの音がして、ダリアが部屋へ入って来た。一足先に目が覚めたルークがベッドに座り、エレノアの様子を心配そうに見ていた。


「あら、お目覚めのようですね。雪の中に埋もれているところを、娘のミリアが見つけました」

「雪に埋もれて、出られなくなり、どうなってしまうのかと絶望的な気持ちでした。必死で這い上がろうとしたんですが、二人とも気を失ってしまいました。助けてくれて、ありがとうございました! 皆さまは僕達の命の恩人です。ミリア様にはあとでお礼させてください!」

「お礼には及びませんよ。こんな時はお互い様ですからね。最初に見つけたのはうちで飼っている番犬なんですよ。犬の嗅覚というのはすごいものですね」

「そうだったのですね。僕たちは運が良かったんですね」

「木の上に野菜がぶら下がっていたのも、見つかるきっかけになりました。こんなところに誰が下げたのかと立ち止まって見ていたのですよ」

「思わぬものが、目印になったんですね。よかった」

「ああ、そちらのお嬢様もよく眠っていらっしゃいますが、じきに目を覚ますでしょう。暖かくしてもう少し休ませてあげてください」

「そうですか。ほっとしました。何から何までお世話になりました」

「そのお嬢様はすんでのところで凍死してしまう状況なのに、なぜ幸せそうな顔をしていたのでしょうか、不思議ですね。ではお大事に」


 ダリアが去った後、ルークは再びエレノアの顔をまじまじと見つめた。幸せそうな顔か……もうこれで終わりだと思って、ホッとしてしまったのだろうなあ。今まで大変なことばかりだったから……連れて来てしまって悪いことをしてしまった。ルークがじっと覗き込んでいると、突然エレノアの目が開いた。きょとんとした顔をしてルークの顔を見つめた。


「あら、あら、私雪の中にいたんじゃないのですか。ここは、もう天国ですか?」

「何を言ってるんだ! 二人とも助かったんだよ。コロロも一緒にね」

「助かったですって? あの暗い雪の中から出られたのですか? いつの間に? どうやって? 私何もできなかったのに……」

「二人ともここの人たちに助けられたんだ。番犬が臭いで僕たちをかぎつけてくれた。それと、木の枝に下げておいた野菜が目印になった」

「そんなことがあったんですね。私はずっと気を失っていたのに……」


 私は、話を聞いても助かったことが未だに信じられず、他人事のように、そんなことも起こるのだなと話を聞いていた。目の前にはルークの姿があり、暖炉には暖かい火が燃えていた。その暖かい火の前でルークが微笑んでいる。私たちは手をしっかり握って、生きていたことを喜び合った。ルークといると見えない力に守られているような気がする。また命拾いをした。私は素朴な疑問を口に出した。


「この家はどこにあるのですか?」

「森の奥深くだ。そして、僕たちを助けてくれた一家の住む家だ」

「こんな山の中に……家があったなんて不思議ですね。しかも雪の中を歩いていて私たちを見つけたなんて……」

「そういえば、そうだな。エレノアさんの言うとおりだ」

「ここに住むんでいるのは、どんな人たちなのですか?」

「ダリアさんという母親と、娘が二人いるようだ。ミリアさんとエリアさんという姉妹だ。見つけて掘り起こしてくれたのは姉のミリアさんらしい」

「その人が命の恩人なのですね」

「そのようです。僕も透けられた時は気を失っていたので、詳しいことは後で聞いたのですが……」

「後で皆さんにお礼を言わなきゃね」

「そうだね。もう起き上がれそうかい」

「どうでしょうか?」


 私は、よいしょと体に力を入れ上半身を起こした。手足の指先も動かしてみた。凍ってしまうかと思われたが、何とか無事で、指が動くことがこんなに幸せなことなのだと初めて知った。


 夕方になると、ダリアさんが食事を盆にのせて持ってきてくれた。私は最初見た時は、悪いとは思いつつ、吊り上がった目もとと曲がった口をじっと見てしまった。彼女は私がベッドの中で座っているのを見て言った。


「おや、お嬢さん、お目覚めのようですね」

「ああ、ありがとうございました。お陰で命拾いをしました」

「危ないところでしたね。この山は、突然牙をむき旅人を飲み込んでしまうのです。吹雪の時はなおさらです。お気を付けください」


 そう言って、ちらりとこちらを見た。私は彼女の差し出した器を両手で受け取った。


「はい、ありがとうございます」

「たくさん食べて、元気を出しなさい。ルーク様……」

「はっ、はい」

「まだ、旅をお続けになるのですか?」

「ええ、目的を達するまでは」

「ほう、目的とは?」

「悪い龍を仕留めなければなりません」

「悪い龍ですか……。これ以上旅をするのは危険ですよ」

「でも、行かねばなりません」

「じゃあ、そちらのお嬢様はここでお待ちになっていたらいかがですか?」


 こんなことがあれば、誰しもやめておいたほうが良いと思うだろう。それでも私の気持ちは変わらなかった。


「私も一緒に行かなければならないんです!」

「それは、それは、大変なことだ。おう、おう、冷めてしまいますよ。早く召し上がれ!」

「わあ、美味しそうです」


麦のおかゆからは湯気が立ち上り、一匙すすると体の芯から暖かくなった。暖炉にも薪を足してくれたので、夜まで部屋は暖かかった。


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