第17話 アレックスと二人だけの夜
その晩、私はノックの音で外に呼び出され部屋の扉を開けた。すると、王子のアレックスが扉の外に立っていた。
「アレックスさま、夜遅く何事でしょうか?」
「ちょっと、私の部屋へ来ていただけませんか」
「そんな、若い娘が殿下のお部屋になど行けません。お許しください!」
「私がお願いしているのに、ダメですか?」
「どうかお許しください!」
私は、声を荒げてしまった。後ろではコロロがきゃんきゃん鳴いている。
「そうですか。私のお願いを聞いてくださらないと、ルーク様をここで捕らえなければなりません」
「そんなっ! ルーク様に危害を加えるなんて、おやめください」
「やはりな。お前はあいつに気があるんじゃないかと思っていたが、その通りだったようだ。私の言うことを聞いて結婚してくれたら、あいつには危害を加えないで逃がしてやる」
「交換条件ですか……卑怯じゃありませんか……」
「卑怯とは……お前たちがここへ飛び込んできたのではないか」
私は唇をかんで、返事をした。
「分かりました。ルーク様にだけは乱暴はおやめください」
「じゃあ、着いて来い。その犬は、大人しくさせて、部屋に置いて行け!」
「ああ、分かりました」
ルークを人質に私に結婚を迫るなんて、こんな卑劣なことをするなんて。後でただでは済まないわ。なんとかルークに伝えて助けてもらうことはできないだろうか。しかし、このことを伝えてしまえば、私たち二人とも命がないかもしれない。ああ、考える時間が欲しい。アレックスは私を睨みつけ急かしている。私はひとまずアレックスに従うことにした。
「コロロ、大丈夫よ。部屋で待っていて。いい子にしていてね」
そうコロロに声を掛け、部屋を後にした。すぐ隣にいるルークの部屋の扉をじっと見つめながら。その間、アレックスは得意げなまなざしで私を見ていた。
「急ぐんだ、エレノア様」
「はい」
薄暗い地下道には私たちの足音はほとんど聞こえず、後ろには再び暗闇が通り過ぎていった。アレックスの部屋へ入ると、彼は思ったよりも優しくなった。
「ここへ座って。脅かしてすまなかった。ルークを立てに、君に結婚を迫るつもりはなかった。僕は本当は無理やりそんなことをする人間ではない。ああ言わないと君が来てくれないと思ってね」
「では、先ほどのお言葉は本当ではないのですね。私が結婚を承諾しないと、ルークを捕らえるとおっしゃったのは?」
「それは、撤回できないな。君には絶対に、ハイと言ってもらいたいから」
「なぜ、私にそんなにこだわるのですか。陛下程の素晴らしい方が……」
「素晴らしいか……フッ」
「何がおかしいのでございます?」
「君は僕を買いかぶっているね。僕はそんなに魅力的な男ではない。父王の言いなりになって、君をたぶらかそうとしたんだ。滑稽でしょう?」
「そんなにご自分を悪く言わないでください」
アレックスは、そういって一人でお酒をぐいとあおった。すでに、だいぶ飲んでいたようだ。この人も心に重荷を抱えているのだろう。こうするしか仕方がなかったのだろうか。
「僕と取引してください」
「取引というと……」
「僕と結婚するということにすれば、ルークは自由の身になれます。そして彼が見事悪い龍仕留め再びこの地下帝国へ戻ってくることが出来たら、僕はあなたを彼の元へ戻します。そうするしか、父王を納得させ、お二人が無事でいる方法はありません」
「そうなのですか」
「あなたが本当に心から僕を愛して下さらなければ、あなたに手出しは致しません」
「まあ、優しいお言葉。私も心から愛せる方でなければ、心を許すことはできませんので」
話を聞いているうちに、私はこの人も自分の立場を守るために苦労しているのだろうと思うようになり同情してしまった。
「今までの事情を汲んで、エレノア様僕と結婚してくださいますね」
「はい、アレックスさま」
「第十王子様の事はしばし忘れてくださいますね」
「かしこまりました。アレックスさま」
私は彼の話を聞き、こうすることが最良の方法なのだと思い返事をした。扉の外でルークが聞き耳を立てているとは知らずに。
そして、お酒を飲み苦しそうになったアレックスは、私をベッドの横へ座らせた。
「何をなさるのアレックスさま」
「美しい人だ……このぐらいいではないか」
彼は私の顎に手をかけ唇を奪おうとした。私が顔を横へ向けると、無理やり顎にキスをしてベッドに押し倒そうとした。私は彼の重みで、息苦しくなり体をずらし逃げようとした。すると彼も腕を必死でつかんで再び、私の体に腕を回そうとしてくる。
「先ほどのお言葉は、お忘れになったのですか!」
「なんといったっけ」
「手出しはしないと……おっしゃいましたが」
「そうだっけ」
そこまで言うと、酒を飲みすぎてフラフラになったアレックスは、そのままごろりとベッドに横になり眠り始めてしまった。
私は具合が悪そうな彼を放っておくことが出来ず、一晩中傍にいて介抱することになった。その後は起き上って迫ってくることはなかったが、何とも情けない姿に気の毒になってきた。そして、帰り道がわからなかった私は、ソファで体を横たえ夜が明けるのを待っていた。
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