第16話 エレノアがアレックスの部屋に

 部屋へ戻ってからも、ルークはアレックス王子の魂胆が気になり、部屋を出てレイラが案内した道を頼りに、王の部屋の前で聞き耳を立てた。ルークはどこをどう曲がりここへ来たか覚えていたのだ。すると中から、王と王子が話をする声が聞こえてきた。


「生意気な娘ですね。父上」

「ああ、あの娘をお前の嫁にすれば、地上の国とのつながりが出来、地上の国を支配する足掛かりになる。何としてでも捉えて結婚させるのだ」

「しかし、手荒なことをすれば私が拒絶されてしまいます」

「まあ、少々手荒なことをしてもいいだろうが、お前の魅力で引き止められれば後々波風もたたないだろう。ここで王子と結婚して懐妊でもしてしまえば、親も文句は言えまい」

「それはそうですが……うまくいくでしょうか」

「フフフ……それは、お前のやり方次第だ」

「お任せ下さい、お父様」

「お前の実力を見せて見ろ」


 何ということだ。無理やりエレノアを結婚させようとしているんじゃないか。夜のうちに彼女を連れてここを出て行かないと大変なことになる。よし、脱出経路を見つけ出し、彼女を連れて逃げよう。


 ルークは、元の道を引き返し隣のエレノアの部屋をノックして、そっと扉を開けた。脅かさないようにとベッドに近寄り、布団の上に手を置いた。ところが、そこに彼女の姿はなかった。

 くそう、先を越されたか。あいつらに連れ去られてしまったのか。ベッドのそばには、コロロだけが残され心配そうな眼差しで見つめていた。コロロが大騒ぎしないで、彼女を連れ去るには、どんな手を使ったんだ。一刻も早く探し出さなければ


「コロロ、いいか。エレノアさんがどこへ行ったか、匂いを嗅いで見つけ出すんだ」


 ルークは、エレノアの服の匂いをかがせ、コロロを連れて廊下に出た。子犬でも見つけ出せるだけの嗅覚があるだろうか。コロロはクンクンと臭いを嗅ぎながら地下通路を進んでいく。道が交差しているところへ出ると、階段が現れ上下の階へ続いていた。鼻先をぴったりと地面にくっつけて匂いを嗅ぎ上の階へ続く階段を昇り始めた。階段を昇り切ると再び、廊下を進み扉の前でぴたりと止まり、クーンと鳴いた。


「エレノアさんはここにいるのか?」

「クーン」


 ルークは壁に耳を押し当て中の気配を窺がった。誰かの声が聞こえてくるだろうか。すると、男の声が言った。


「僕との結婚を承諾してくれますね、エレノア様」


 しばしの沈黙があり、女性の声が聞こえた。声を潜め、囁くような声だった。


「はい、お受けします」

「一緒に来た第十王子の事は、忘れてくれますね」

「はい、アレックスさま」


 そんなはずがない。エレノアが、そんなことを言うはずがないっ! エレノアは騙されているのではないのか。ルークは再び扉に耳を押し当てて、彼女が違う答えをするのを待った。


「その言葉をお待ちしていました。今日は一晩僕のそばで過ごしてくれますね」

「はい」

「素直でよろしい。私の愛を受け入れてくださって幸せです」

「もったいないお言葉」


 エレノアと、地下帝国の王子アレックスが愛を誓いあうなど、ありうるはずがない。そう思っても、エレノアの言葉に打ちのめされくらくらしてきた。これ以上聞くに堪えない。


 そのまま、ルークは来た道を引き返した。コロロはせっかく突き止めたのに、どうしたことかとルークの足元に絡みつき、心配そうに顔を見ていた。隣の部屋にいるはずのエレノアが、こともあろうかアレックスと二人で夜通し過ごそうとして彼の部屋にいる。ルークは体を横たえても、全く寝付くことが出来なかった。コロロは、自分の部屋に連れてきたが、ベッドの下にうずくまり、ルークの足をぺろぺろとなめたりして、元気付けようとした。


「お前人の気持ちがわかるのか。本当にエレノアさんはアレックスとここで結婚してしまうつもりなのだろうか。俺には彼女の言葉が信じられない。食事の時はあんなに嫌がって、断っていたじゃないか」

「クーン、クン、クン、クン、クーン……」

「エレノアさんは、僕と一緒に旅をしているだけの人だが、彼女を地上の国へ進出するための道具としてしか考えない奴には渡したくない。俺は間違ってないよな?」

「ワン、ワン、ワオ―ン」

「俺は別に、彼女の事が好きだからそう言ってるんじゃないんだ。彼女がかわいそうだからそう思うんだ。わかるよな」

「ワオ、ワオーン」

「エレノアさんは、今度こそは自分が好きだと思える人と結婚してほしい」

「ワン、ワン」

「お前ほんとに話が分かるな」


 ルークは、コロロを相手に遅くまで話し続け、明け方になってようやくうつらうつらしてきた。ルークはベッドに横になり、ほんの少しだけ眠ってしまった。


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