第15話 四回目の縁談

 灯りが所々に灯り、足元を照らしている。道は少し幅が広くなり、ある扉の前で女性は止まった。木の扉をノックすると中から、低い声がした。


「誰だ!」

「レイラです。地下帝国を通りかかった旅人をお連れしました」

「お通ししろ」

「はい」


 レイラと呼ばれた女性はドアを開け、私たちを中へ招き入れた。通路とは比べようもない位の広い空間があり、それは王の部屋になっていた。私たちは、ひざを折り挨拶をし、前に進み出た。


「私は、地下帝国の王ストーンと申す。お前たちは、どこから来たのだ?」

「私たちは地上の国から参りました。私は第十王子のルーク、こちらはお供のエレノアと旅の途中から仲間になった犬のコロロです。悪い龍を仕留めるために、西を目指して進んでいました」

「ほう、龍を仕留めるとは。何とも命知らずなことよ。あやつを仕留めに行って戻ってきたものはいないが、それでもまだ進むつもりか?」

「はい、この地下都市を抜ければ近道かと、入り込んでしまいました」

「確かに、ここを通り抜ければ早い。では、今晩一晩泊まっていけ」

「いえいえ、お言葉でございますが、出口を教えて頂ければ、すぐにでも出発いたしますので、お気遣いなさらなくても大丈夫でございます」

「洞窟を抜けるにもだいぶ遠い。遠慮はいらん。一晩泊まっていきなさい。部屋は用意する」

「そんなわけには……」

「これから出発するには遅すぎる!」

「そうですか……」


 王は、私たちを引き留めたいのだろうか。出発を引き延ばそうとしているようだ。早くここを出た方がいいのではないだろうか。嫌な予感がして、私もルークの後に続けていった。


「私たち急いでおりますし、泊めていただくなんてそんな申し訳ないことはできません」

「いや、そうしなければ、皆様方が夜までに外へ出られなくなりますから、止まった方がいいというのは私からの忠告です!」


 大変なことになった。ルークは、慌てて答えた。


「それほどまでにおっしゃられるのであれば、ここに住む方の忠告を受け入れるしかありません。一晩お世話になり、明日の朝出発いたします」

「よろしい。では、レイラ、部屋へお通ししろ」


 私たちは、国王の部屋を出て、レイラに案内されるまま通路を歩いた。国王の部屋の奥の方にもいくつかの扉があった。レイラは隣の部屋を指さして言った。


「私は、国王の部屋のすぐ隣に降りますので、何かありましたら呼びください」


 地下帝国というからには、かなりの人がここで生活しているのだろう。ルークがレイラに訊いた。


「ここには大勢の人が住んでいるのですか」

「はい、戦を逃れて今の王のお父様の時代に皆で逃れて来てから、ずっとここに住んでおりますので、何千人もの人が住んでいます」

「では、かなり中もかなり広いのですね」

「はい、私たち住民でなければ、内部の様子は全く分かりません。階段もあり、上下にも伸びているのですよ」

「凄いものですね。外からは全く分からない」

「まあ、分からないように住む為にここにいるようなものですから」


 レイラはこの国の由来を説明した。彼女は廊下をさらに進み、扉を二つ開けると私たちを一人ずつ別々の部屋へ案内した。彼女は部屋の四隅に灯りをともした。再び王の元へ行くのは大変なことだ。


「今日はこちらでお休みください。その前に、王様が御夕食に招待するとのこと。お迎えに上がりましたらお二人でいらしてください。ああ、そちらのワンちゃんもご一緒にどうぞ」

「お部屋の用意までして下さり、ありがとうございます」


 私たちは、部屋で一休みした。地下の部屋は驚くほど暖かく、体が温まっていった。しかし、いくら暖かいとはいえ、窓のない部屋で一年中過ごすのは私にはとても無理だ。体を休めていると、夕食に呼ばれた。私とルークとコロロはレイラの案内で食堂へ移動した。そこにはいい香りが漂い、王と若い男性が既に席についていた。王は私たちを見て、手招きをした。


「どうぞおかけください。さあさ、お口に合うかわかりませんが食事にしましょう」

「いい香りがしていますね」

「ええ、普段は地下で生活しておりますが地上にわずかですが畑もありますし、川の魚を取ったりしていますので、食料には事欠きません」

「素晴らしい。ここの住居も快適なものですね」

「そうでしょう。そこで、私から、そちらのお嬢様にご提案があります」

「地上の国のお嬢様、家の王子の嫁になってもらいたいのですが、いかがかな?」


 王とルークが話をしているので、私は暢気に目の前の食べ物を食べ始めていた。スプーンを持つ手が、止まってしまった。私は王の顔と隣にいる若い男性を交互に見た。


「私の事ですか?」


私は呆けた声を出した。


「お名前は何とおっしゃいましたか」

「エレノアでございます。男爵家の三女です」

「奇特な方だな。こうして厳しい旅をしていらっしゃる。それほどの根性のあるお方、こちらにいるせがれの嫁になってほしい」

「どうだ、アレックスよいな」


王子のアレックスが答えた。


「王様の仰せと有らば、わたくしは喜んで従います」

「息子の返事は、決まっている。よろしいですか」


 私は、慌てて返事をした。


「そんな、今お会いしたばかりで結婚など決められません。それに私にも家族がおりますので、相談しなければ決められません」

「嫌だ……というのか? この国で私に逆らうことができる者はいない」

「ああ、だって私はこの国の人間ではございませんもの」

「我々とて皆さんと同じ人間です。わけあって地下に住むことになったにすぎません。分け隔てなくお付き合いいただきたいものだ」

「私は別に皆さんの事を、私たちと違う人間と思っているわけではございません。結婚など本当に私には……」


 すると、今度は隣に座っていた王子が言った。


「決して後悔はさせませんよ。ここでも何不自由ない生活が出来ますし、なんせ王子と結婚すれば、エレノア様はゆくゆくはこの国の王妃になれます」

「そうは言いましても……私など王子様の妃など到底無理でございます」


 王と王子がそろって、王妃や何不自由ない生活などと甘い言葉を使い私を誘惑しているように思える。しかし、私と結婚するメリットがあるのだろう。なければ、この人たちが私に結婚を申し込むはずがない、と私は考えていた。この二人に嫌な思いをさせないで断る方法はないだろうか。今度はルークが言った。


「エレノア様は、このお話には乗り気ではないようですよ」

「ほう、何ゆえ第十王子のルーク様がそのようなことをおっしゃるのですか?」


 そんなことを言う権利などないではないか、ということらしい。


「私が国の令嬢ですから」

「しかし、当のお嬢様がいいと言えばいいのではありませんか。こう言っては何ですが、あなたには関係のないお話」


 ルークは憮然としている。こんなルークを見たことがなかった。私は無性に嬉しくなった。ルークは私の事が気になっているんだわ。


「このご令嬢には、国に結婚を約束した方がいるのです」


 わたしは、はあ、と声を出しそうになった。そんな人全く心当たりがない。でもここは、ルークが何とかしようとしてくれているのだ、話を合わせよう。


「ええ、実はそうなんです。将来を誓った方が待っているのです」


 王は、フンと鼻で笑って二人の言葉を遮った。


「いいなずけを別の男性と旅をさせるなぞ、よほどの間抜けな御方なんでしょうなあ」

「可愛い子には旅をさせよと言いますから」


 ルークは、苦し紛れに言い訳をしたが、やはり本気にしてはもらえなかった。私たちはその後彼らの冷たい視線を浴びながら夕食を終え、食堂を後にしてそれぞれの部屋へ入った。

 私の四回目の縁談は、こんな形でやってきた。


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