第14話 地下帝国へ入り込む

 朝になったが、皆一様に焚火のそばから離れがたく、なかなか動きだせずにいた。今まで危険は多かれ少なかれあったが、昨日程の恐怖を味わったのは初めてだった。私とルークは焚火に木をくべ、体を温めた。コロロを膝の上に乗せているとふわふわした毛の感触と体温が伝わってきて、温かくて気持ちがいい。


「ルーク様。私が途中で倒れたら、どうか気にしないで先を急いでください」

「何を弱気なことを言い出すんだ。ずっと一緒に来たじゃないか」

「あのう、倒れたらというのは、死んでしまったらという意味です」

「そんなことを考えてるのか」

「だって、昨日のような危険があるかもしれません」

「エレノアさんらしくないことを言うな。僕だって、一人で旅をするのは心細いんだ」


 ルークは、あろうことか私の座っている目の前に来て、まるで子供にするように両手で私の手を握り、ぎゅっと包み込んだ。このしぐさ、次はどうなるのだろうか。私はまるで次の展開を待つ恋人のような気持で、されるがままにじっとしていた。ルークはさらに私の手を強く握ったり、こすって温めたりしている。私が拗ねてしまったと思って、励ましているつもりなのだろうか。


――嬉しすぎる。


 嬉しすぎて、後先のことなどもうどうでもよくなってしまいそうだ。夜の間背中にかぶっていた毛布をぎゅっと掴み、私の体に巻き付けている。何をしようとしているのだろうか。


「かなり、暖まったでしょう?」

「ええ、ホカホカしてきました」

「寒くて、動きたくなかったんでしょう?」

「実はそうです」

「では、体が温まって元気が出たら、行きましょう」

「はい」


 私の変な期待は、空振りに終わったが、ルークの優しい気持ちが伝わってきて、少しやる気が出た。こんな時のルークは、歩いている時とは違い顔がすぐ目の前にある。くっきりとした顔立ちに目じりが少しだけ下がっているのが何とも言えず、心がきゅんとなる。そんな思いやりのあるしぐさに慣れていない私は、いつも勘違いしてしまう。ひょっとしてルークは私の事が好きなのではないか、と。私は妄想ばかりを膨らませ、勝手に好きな人を連れて歩いている気になっている。


「ほら立って」

「はあ、はあ、はい―!」

 

 私は、情けない声で返事をして立ち上がろうとした。その時、ルークの手はまだ私の手を握っていてしっかり支えてくれていた。私はその手につかまって、立ち上がりそのまま離さないでいた。


「まだ手が冷たいですか?」

「あっ、ああ。手を離します」

「行きますよ。しゅっぱーっつ!」

「は、ハイっ!」

「クーンッ!」


 私たちは、湖にそった小道を西に向かって歩いた。暫くそんな木陰の小道を歩いていたら、道は突き当立ってしまった。もう行きどまりになってしまった……目の前は断崖絶壁だ。

 そのあたりでうろうろしていると、絶壁の真ん中に人が立って通れるくらいの穴が開いていて、奥へ続いているのが見えた。


「ここは、通路になっているかもしれない。よし、中へ入ってみよう! 道がなかったら引き返せばいい」

「大丈夫でしょうか。魔法使いの住処じゃないでしょうか」

「まだわからない、少し進んでみよう。足元にも気を付けるんだぞっ!」

「はい、十分気を付けます」


 私はいつも何かに吸いつかれてしまい、迷惑をかけている。地面にも危険な生物がいるかもしれない。何が出て来ても吸いつかれないようにしなければ。先を歩いていたルークが言った。


「突き当りは壁だな。ここまでか?」

「どうなっているんでしょうか」


 突き当りまでたどり着き左右を確かめると、さらに奥へ続いているのが見えた。


「あっ、分かれ道だ」


 突き当たった壁は、左右二方向に分かれていた。どちらも奥の方に灯りが見え た。どちらに進んだら出口に出るのだろうか。コロロが、地面をクンクンと嗅いでいる。両方の道の匂いを嗅ぎ、左方向へ歩き出し、振り返った。


「クウーン!」

「コロロは何かかぎ取ったのかしら?」

「ここは、コロロの勘に頼ってみるか」

「ええ」


 私たちは、左へ曲がり進んだ。

 洞窟は元々自然に出来たものに手を加えて人間が通れるようにしてあるようだった。丁度立って歩けるぐらいの高さと幅があり、ところどころに装飾品が置かれている。奥に人が住んでいるのかもしれない。人がいたら、何とか私たちに危害を加えないように説明しよう。私たちは悪事をしようとしているのではないのだから。通路を抜けると少し広い場所に出た。そこには三方向に扉があった。


「ここは地下都市なのかもしれない」

「人が住んでいるのね」


 どちらの扉を進んだらいいのか、一つ一つ開けて見ることにした。一つ目を開けると、先ほどと同じような通路が見え、他の二の扉の先にも同じような通路が見えた。扉を閉め、今まで歩いてきた方角からして、西はどちらかと相談していると、一つの扉が開き、長いローブを身にまとった女性が出て来た。


「見慣れない方々。 どなたですか?」

「僕たちは怪しいものではありません。僕は地上の国の第十王子ルークと友人のエレノア。そして犬のコロロです」

「私はレイラ、国王の側近をしています。ここは、地下帝国です」

「地下帝国……ですか。知りませんでした」

「滅多に外部の人はいらっしゃいませんが、ここで何をなさっていたの?」

「西を目指している途中で、迷い込んでしまいました。お邪魔をして申し訳ありませんでした。僕たちは、悪さをする龍を探して旅を続けていました。湖に巨大な生物がいましたが、あれは龍ではなかったようで、さらに西へ向けて旅をしていたところです」

「湖の生き物は、確かに龍ではありません。湖に来る生き物を食して巨大化している爬虫類の一種です」

「そうでしたか」

「では、王の元へお連れしますので私の後に着いてきてください」


 その人は、来た時に開けた扉を開け通路を進んでいった。私たちもその後に続いた。


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