第13話 湖に住む怪物
これは、ルークが言っていた悪い龍なのっ! 龍とはこんな形をしているのだろうか。頭の先を出し、体は曲線で楕円形をしている。魚でもないし、陸上の動物とも程遠い。丸い頭には、目玉が二つ不気味に光り、口をぱっくり開けると鋭い歯が見えた。ルークはそいつの頭の下にしがみつき、首筋と思われる辺りに短剣を突き刺した。ぶすりと鈍い音がして、そいつは首を思いきり左右に振り、ルークを振り落とそうとしている。短剣を引き抜き、もう一度そいつに突き刺した。そこからは体液がにじみ出てさらに首を激しく振って抵抗する。
「ゴ―ッ!」
初めて発したそいつの声に私もコロロも震え上がった。首から上は水面に出ているものの、体は水中に沈んだままだ。思った以上に大きそうだ。首から上が動くたびに、水面はさながら海のように大波が立ち上がり、舟の方へ押し寄せて、舟は波間に漂う木の葉のようだった。必死にしがみつき外へ投げ出されないようにしていたのだが、それも限界を超えた。一瞬ふわりと体が持ち上がり、次の瞬間空中に投げ出された。もう泳いで対岸へ渡るしかない!
「泳いで渡れ! 必ず対岸へ泳ぎ着くんだ!」
「ルーク! ルーク様!」
「キャン!」
私とコロロは、対岸目指して必死で顔を水面に出し体中で水を掻いた。腕を振り回し振り回し、少しでも岸に近づこうと水を押しやった。コロロが近くで両足を必死で動かし着いてきた。後ろでは、ざぶんざぶんと波の音が聞こえている。ああ、どうかルークをお助け下さい! 怪物をやっつけて戻ってきてください! 私は、体を動かしながら祈り続けていた。対岸がようやく目の前に現れた。私は、石ころだらけの岸辺を這い上がった。後ろからはコロロが追いかけてきた。
「コロロ、助かったね」
「ク―ン、ク―ン」
「ルークはどこっ! ルーク! ルークーッ!」
水面には何も見えなかった。全く波は立たず、来た時と同じような静けさがあたりを支配していた。
「いやっ、ルーク! 私を一人にしないでっ! 戻ってきて―っ!」
私は、絶望と恐怖に打ちひしがれた。ここでコロロと二人きりになってしまったら、ルークと苦労を共にしてきたことがすべて無駄になってしまう。ルーク、お願い、生きていて!
「ルーク! ルーク!」
「キャン! キャン!」
私たちの声は、湖の上にこだました。私の両眼からは、大粒の涙がこぼれ湖がにじんで見えた。
すると、滲んだ湖の表面が小刻みに震えだした。まるで地震が起きたかの様に表面が波立っている。その波は轟音と共に真っ白な水しぶきを上げた。いや、波だけではなかった。黒い塊が宙をうねるようにぐるりと数回転した。そいつの眼が虚ろに光った。何とその首筋にはルークがしがみつき、短剣を突き立てたままの姿勢で湖面から姿を現し静止した。
「ルーク! ああ、戻ってきて!」
ルークは、短剣を引き抜き湖へと飛び込んだ。そいつからできるだけ早く遠ざかるように、力を振り絞って泳ぐ。これでもかというほどの力で、水を蹴散らし岸へ向かっていた。
怪物は頭をもたげてルークに迫ろうと、首を伸ばしたがそのまま水中に消えていった。そいつが沈んだところには水の輪ができ、再び静寂が訪れた。ルークが水を掻きわける音だけが聞こえていた。
「ルーク! ルーク! 助かったのね!」
「ああ、何度も俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。必ずこいつを仕留めなければ、と思った」
「ああ、よかった。ここで私一人になったら、どうしようかと不安だった」
「一人にはさせないっ!」
「キューン、キューン……」
私たち二人と一匹は無事を確かめ合い、びしょ濡れのまましっかりと抱き合った。
「あれは、何だったの?」
「あいつは、この湖に住むという伝説の生き物だ。でもここは魔力が強いから、姿を現したんだ。湖底で静かに寝ていればいいものを、出て来て襲い掛かってくるから、仕留めるしかなかった」
「怪我はない? ナイフで仕留めた時の……」
「大丈夫。俺は、ナイフの扱いには慣れている」
私たちは、湖畔で火をおこし濡れた体を乾かした。持ってきた荷物もびしょぬれになってしまった、一晩そこで夜明かしをし明日の朝出発することにした。
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