第12話 旅の仲間と湖を渡る

「ここへ入って戻ってきた人はいない、と村人が言った言葉の意味が分かりました」

「誘惑に負けた人達の運命はどうなったのだろうか?」

「何処かにいるんでしょうか?」

「いや、あいつらにからめとられて動けなくなり、肥料になってしまうんだろう」

「おお、恐ろしい。逃げられてよかった。でも私たち二人とも危ない所でした」


 私たちは花畑を抜け出し、荒れ地を進んでいた。荒れ地の中からは奇妙なものは現れなかったが、足元には十分注意して進んだ。すると、後ろの方で、クーン、クーンと子犬のなく声が聞こえてきた。私は気になって振り返った。


「あら、ルーク様! 後ろから子犬がついてくる……クンクン泣いているわ」

「ほっとけば、そのうち諦めるだろ」


 私は無視して前を向き歩いた。また少し進むと、再びクンクンと情けない声が聞こえてきた。


「ルーク様。子犬はずっとついてきています。どうしましょうか?」

「まだあきらめないのか。そんな奴を連れて行くと、足手まといになるぞ」


 ルークは後ろを振り返り、子犬の姿を見た。それから私の表情を見ると言った。


「そんなに気になるならつれて行こう」

「えっ、いいのですか?」

「気になってしょうがないんだろ、自分から着いて来たんだ。こいつの好きなようにさせよう」

「わっ、優しい方!」


 私は周囲が敵だらけの状況下で、癒しを求めていたのかもしれない。抱き上げると柔らかいふわふわとした毛の感触にうっとりし、抱き上げてもらった安ど感から目を細めているその子犬が愛おしくなった。やわらかい毛の感触がたまらなく、頭や首背中などを撫でまわした。それに応えるように、く~ん く~ん、と鳴いて頭をこちらへ擦りつけてくる。頬を近づけると、子犬は小さな可愛い舌を出し、顔をぺろぺろ舐めてきた。それを見ていたルークが、言った。


「余程うれしかったようだな。子犬は。それから君も」

「ああ、私もですか」

「どっちも嬉しそうだ」


 私は、こんな無条件の愛情に飢えていたのだ。一しきり撫でまわしたり舐められたりした後で、子犬を地面に置いた。子犬はしっぽを振り、耳を下に向けてつぶらな瞳で見ていた。


「旅の仲間が増えてよかったな」

「ルークありがと! 私だけでもつれて行くの大変なのに」

「そんなことはない。花畑では君に助けられた」

「私でも……役に立ててよかった」


 私は、自分を認めてくれたこの一言が心から嬉しかった。荒野の中を歩き、宿屋で作ってもらった昼食を食べ、さらに進んでいった。この辺りは短い草がかろうじて生えているだけで、作物などは到底作れそうもないような土地だった。荒れ野が終わり、道を下ると、眼前に大きな湖が現れた。


「大きな湖ですね!」

「これを迂回していくとかなり遠回りになるな」

「船を探しましょう」

「おう、あそこに小さなボート小屋がある。行ってみよう」

「何処ですか?」

「ほらほら、あそこです」

「あら、あんなところに小屋が……」


 回りは木々に取り囲まれた所に小さなボート小屋があり、その前に数艘の舟が停泊していた。私たちは、小屋を目指して歩いた。その後ろを子犬が追ってきた。コロコロとした走り方が可愛いので、コロロという名前にした。


「コロロ、こっちよ!」

「キャン!」


 元気よく返事をした。ボート小屋は、ほんの小さな小屋で、そこから二人と一匹は舟をこいで対岸へ渡ることにした。波は静かで、大人二人が漕げばさほど時間もかからないで対岸までたどり着きそうだ。


「さあ、力いっぱいしっかり漕いで!」

「どうやるんですか?」

「僕と同じようにオールを動かして!」

「こうですね」

「はい、そんな感じです」

「おう、進みますね」


 コロロはボートの底で踏ん張って頭を出し、外を心配そうに眺めている。わたしたちはかけ声を掛けながら、水面を滑るように対岸へ向かって進んでいく。この調子だ。湖面は穏やかで、難なく渡り切れるだろう。前方を見ていたルークが、素っ頓狂な声を上げた。


「湖面が、動いている」

「そりゃあ、湖面は、動いているでしょう」

「違うんだ、変な風に波打っている。あそこだけが、ぶるぶると振動している」

「……何あれ! 何かが湖底にいるんじゃ?」

「伏せろっ!」


 次の瞬間、ザバーンと大きな水しぶきが上がり、水中から何かが飛び出した。始めは魚が飛び跳ねたのかと思ったが、魚にしては巨大すぎた。私は必死で船にしがみついた。もはやオールを動かすことが出来なかった。コロロも恐怖を感じたのか、体をこわばらせて、大きく揺れている舟の外へ放り出されないよう、必死の形相をしている。犬は泳げるのかもしれないが、コロロが泳いだところはまだ見たことがないから振り落とされたらどうなってしまうのかわからない。大きく波立ち水面が突然割れて、巨大なものが飛び出した。そいつは人間の体の数十倍もあるほどの化け物だった。いや、化け物ではない。実際に私たちの前の前に現れ、襲い掛かろうとしている。ルークは必死で船を立て直し、そいつとは反対方向へ舟を向けオールを動かした。しかしそいつの動きの方が早かった。あっという間に追いつかれ、目の前に迫っていた。


「ルーク! 大変だわ! 追いかけてくる!」

「俺に任せろ!」


 そう言うと、ルークはそいつの首元めがけてジャンプした。

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