第11話 誘惑の花園

「さあ出発だ! 時間の流れがゆっくりになったすきに移動しよう!」

「えっ、私まだ一睡もしていませんが」

「寝ていると、また時間流れが速くなって抜け出せなくなってしまうから、急ごう!」

「はい、わかりました」


 今まで何度も助けてくれたルーク様に従った方がいいだろう。村を抜け再び森を通っていくと、突然視界が開け花畑が現れた。


「うわーっ、綺麗なお花畑!」

「う~む……これが、話に聞く花畑かあ……」


 そこは一面黄色や赤、白など様々な色や形の花であふれていた。


「気を付けろよ、この花畑へ入って出て来た人はいなかったと、村の人が言っていたぞ」

「なぜですかね。こんなきれいな花、どこからかよい香りも漂ってきた」

「何か仕掛けがあるかもしれない。ゆっくりあたりを警戒しながら歩こう」

「はい。綺麗な花にはとげがあると言いますからね」


 良い香りがするし花は美しいし、今まで通ってきた泥の道や人食いキノコの森に比べると、はるかに平和だ。ルークを先頭に、今までのように後をついて行く。できるだけ花を踏まないように、避けながらまっすぐ進んでいった。すると、急にルークの様子がおかしくなった。立ち止まって、顔を赤らめている。


「いやあ、俺たちは西へ行かなければならないから」

「そんなこと言わないで、ちょっとだけ私と付き合って」

「ああ、ちょっとだけなら寄り道してもいいかな」

「お話が分かる方。そうそう、私の家へいらっしゃい」

「何処なのか?」

「こっちよ着いてきて」


 ルークは、突然現れた絶世の美女に誘惑され、西へ向かっていた足が急に右へ曲がった。北へ向かってふらふらとその人に手を取られている。


「ダメよ、ルーク様! 騙されるわっ!」

「何だ、君か。エレノアさん。君の様な平凡な人よりも、こちらの美女の方が数倍、いや数十倍も魅力的だ。じゃあ僕はちょっと寄り道していくから」

「ダメ、戻ってきてルーク様! これは罠よ‼ 村人が言ってたじゃない、ここへ入って戻って来れなかった人がいるって」

「そうだよね。こんな美人と一緒じゃ戻りたくなくなるよね。当たり前だ」


 ルークはうっとりとして、美女にぴったりくっついてしまった。


「ルーク!」


 その美女は私に見せつけるように、ルークの首筋から顎、そして頬を撫で何と唇に指を置いた。そしてちらりとこちらを向き、おもむろに唇を塞いだ。ルークは恍惚とした表情をしている。今度はその指を彼の胸元に置き、シャツのボタンを一つまた一つと外していく。露になった胸を撫で上げている。ルークは切なそうな表情をして、自分の方から唇を近づけ、蜜を吸うように唇を吸っている。


「ああ……甘い……蜜のようだ……」

「そりゃ、ねえ。蜜の様でしょう」


 蜜の様、って。この人は、人間じゃなくて、ひょっとすると花? ルークがどんどん、その人に引き寄せられて、道の遥か彼方へ遠ざかってしまう。駄目よ、着いて行ったら龍を退治できなくなる! 領地がもらえなくなってしまう。どうしたら騙されていることに気付いてくれるのだろうか?


「ルーク様、戻ってきて! ルーク! あなたには領地がっ!」


 私は、追いかけて行き、思い切りルークの腕を引っ張り頬を力任せに、たたいた。そして美女の腕をこれでもかというほど思いきり引っ張り、ルークから引きはがそうとした。


「痛いわよ、この女、止めてよっ!」


 抵抗するがさらに引っ張ると、肘から上がポロリ、と取れてしまった。えっ、まずい。腕を取ってしまうなんて、そんなことをしてしまったのか。


「ぎゃっ、痛いっ!」


 それは、瞬時にとげだらけの一本の枝になった。あー、良かった。人間じゃなかったのね……。これは、植物だったのか。その勢いで、ルークは地面に尻餅をつき、転がった。


「イタタタタ……」

「これを見て、ルーク様。腕を引っ張ったら、ほらこの通り抜けて枝になってしまった。この人は人間じゃない」

「花だったのか? 道理で唇が蜜の様に甘かったのか……」


 見る間に、女の顔は真紅の花に変わり、地面に張り付いた。やっとルークは我に返り、私の顔を見て慌てふためいた。


「美女に騙された。俺としたことが」

「ルーク様もやっぱり美女には弱いのね。あんな美人を見たらどんな男性でも心が動くわ」

「ご、ごめん。道を外れるところだった。さあ、もうどんな美女が現れても惑わされないぞ、行こう!」

「アイアイサ―!」


 私は上官の命令を聞く、船乗りよろしく返事をした。もうここを突破する方法はわかったので、どんな美女が現れても騙されないだろう。ルークは以前よりもピッチを上げて、前だけを向き歩きだした。横を向いていると、どんな誘惑があるかわからない。口元を押さえ、匂いもできるだけかがないようにした。二人は早歩きで、すたすた進んでいく。もう少しで花畑も終わりのようで、限りなく続いて見えた花は少なくなってきた。出口まであと少しだろう。


 すると、そろそろと一人の男性が現れて、私のそばへ寄ってきた。


「久しぶり、エレノア。元気だったかい」

「あ、セバスチャン? う~ん、チョット違うかしら」

「僕はセバスチャンではない、彼よりもっとハンサムだし、誠実だ?」

「あら、そうねえ。彼よりずっと素敵」


 その人は、私を熱いまなざしで見つめている。目を逸らすことなく見つめられて、私は瞳が潤んでしまった。そして、セバスチャンに断られた悔しさから、この人といるところを見せつけてやりたくなった。ああ、西へ向かわなければならないのに、この人の方へ引き寄せられてしまうのはなぜだろうか。ルークと一緒に龍をやっつけるより、この人ときた道を引き返した方が良いのではないかと思い始めた。


「僕と一緒においで、幸せにしてあげよう」

「本当に?」

「本当だとも、僕は君を騙したりはしない。永遠に君を大切にするよ」

「今までに聞いたことのない、素晴らしいお言葉!」

「信じてくれ……君は僕のような人と出会うために旅をしてるんだろ」

「ええ、まあそんなものです」


 彼は私の手を取り跪づき、手にキスをした。そして、じっと目を見つめおもむろに抱きしめた。もう、私はこの人と一緒に行くしかない。そう思ったときに、後ろで大声が聞こえた。


「待った! その手を離せ! お前、何者だ!」

「ふんっ、何者とは失礼な。この辺りを支配する領主様に対して、お前こそ何やつだ!」

「俺はこの国の第十王子のルークだ。覚えておけ!」

「ねえ、エレノアさん。こいつと俺とどちらがいいか、よーく比べてみることだ。こいつはお前を利用して、自分の領地を手に入れようとしているだけだ。俺は、君の四人目の結婚相手になろう。さあどちらがいいか、考えてみろ。結果は明白だ!」

「ああ、不確かなルークよりもあなたを選んだ方がいいかもしれない……」


 私も彼の良い香りと美しい顔立ちに誘われて、すっと彼に抱き寄せられそうになったその時、グイっと後ろから引っ張られた。


「嫌ッ、また誰かが邪魔してる!」

「邪魔じゃない、早く気がつけ! さっき俺が騙されたばかりだろう」

「騙されて、いるの? 私、また?」


 ルークはその男をバシッと押し倒した。すると男は、バキッと腰から折れ地面に張り付いて一本の木に変わってしまった。ああ、あんな素敵な男性が、木になってしまった……。


「早くここを脱出しよう。ここは誘惑の花園だ!」

「ああ、みんな幻想だったの!」

「足元の道だけを見て、進め!」

「あ~、はいっ。ルーク様あ~」


 私は何とも情けない声を出して、彼の歩いた後を、ついて行った。そして、やっとの思いで花園を抜けることができた。

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