第10話 時知らずの村

 一風変わった服装をした人々が、農作業をしている。麻袋に首と手の出る穴を開けただけのような服を着て、袋を二つくっつけたようなズボンを履いている。何という村だろう。聞いたところで名前に意味があるかどうかわからないが、念のため訊いてみた。


「ここは、何という村ですか」

「時知らずの村です」


 初めて聞く村だ。どういう意味だろうか。ルークは、私に説明してくれた。ここでは時間が早く流れたり、ゆっくり流れたりするのだが、それには全く規則性がなく気まぐれのように起こるのだという。村人たちは生まれた時から慣れ親しんでいるので、世界とはそんなものだと思っているらしい。


「時間の流れが変わってしまうなんて、不便ですね」

「どうなってしまうんでしょうか、様子を見ましょう」


 ルークは首をかしげて、私の顔を覗き込む。ルークも二度目の婚約相手セバスチャンに負けず劣らずイケメンだ。見惚れてしまうほどの美男子ぶりに、この人も素敵だと思い始めていた。そんな私の視線を、じろりと睨みルークは言った。


「変な気を起こさないでください。僕は領地を得るために今必死で頑張っているんですから」

「ぞ、存じております。へんな気なんて起こしてません」

「本当ですか」

「今僕に見とれてませんでしたか」

「気のせいですよ」


 こんな素敵な人が、私のような地味な女子に見つめられたら迷惑だろう。これからは、できるだけさりげなく、何とも思っていないように自然に振る舞うようにしなければならない。ルークは、そんな私の動揺などには目もくれず、村の男性に訊いた。


「今晩この村に止まりたいのですが、宿泊できる宿はありますか」

「ああ、それなら宿屋が一軒あるからそこへ泊ればいい」

「おお、宿屋があるんですか。助かりました」

「この道をまっすぐ行った道の右側にある」

「ありがとうございます。行ってみます」

「急いだほうがいい。今は時間がゆっくりだが、早くなると夕方までにたどり着けなくなるから」

「はい。じゃあ急ごう!」


 私たちは荷物を担いで、必死に走り出した。ルークの方が足が速いので、どんどん引き離されてしまう。まだまだ日が高い。宿屋が視界に入り、ルークは全速力でそこを目指して走っている。私は、ゼイゼイと息苦しい思いをしながらも、だいぶ遅れて走る。すでにルークは宿屋に着き、扉をたたいていた。扉が開き、中から人が出てくるのが見える。ようやく私も追いついた。


「あのう、こちらは宿屋だと伺ってきたのですか?」

「ああ、旅人がいる時だけのね」

「僕たち旅をしているので、今晩泊めてくださいませんか」

「ああ、いいですよ。そのために営業してるんですから。さあ、入って」


 宿屋の主人は愛想よく微笑み、中にいる女性に手招きした。夫婦で宿を営んでいるのだろうか、とても親しげな様子だ。女性はいらっしゃいませとほほ笑み、私たちを部屋へ案内してくれた。急な階段を昇り切ったところに二つの部屋があった。私たちは左右に分かれて部屋へ入り、ドスンと大きな荷物を下ろした。朝から森を抜けるまでずっと背負ってきた荷物を下ろし、身軽になると体をベッドに投げ出した。ルークも部屋で一休みしていることだろう。一人でいることが不安になり、ルークの部屋をノックして入った。


「時間が早くなったり遅くなったりなんて、怖いわね」

「ああ、今は普通に感じられるけど」

「ええ、特別変な感じはしないわ。この村を抜けると、次はどんなところを通るのかしら?」

「村人は知っているかもしれない。聞いてみよう」


 宿の人たちは、外で薪割をしたり農園の野菜を採ったりしている。自給自足のような生活をしているようだ。ルークとともに外へ出て二人のそばへ行った。すると、薪割をしている男性が訊いてきた。


「お二人は、どちらへ行くのですか」

「西の方へ向かっています。悪い龍を探しに行くところです」

「西は魔力がみなぎっていて、危険なところがたくさんありますよ」

「この先には何があるのでしょうか」

「まっすぐ行くと綺麗な花畑があるようですが、そこへ入って行ったものは二度と帰ってきませんでした。お二人も気を付けてください」

「今度は、恐ろしくはなさそうだが、なぜ帰ってこないんだろう」

「何か仕掛けがあるのでしょう。気を付けましょう」


 私たちは村人から聞いた花畑に細心の注意を払うことにした。そうこうしているうちに、日差しが傾きかけ二人は仕事を終える用意を始めた。男性は割り終わった薪を束ねて、家の横に積みあげている。女性の方は収穫した作物を籠に入れ運んでいる。彼女はそれを何回か繰り返すと、家の中へ入っていった。今日取れた作物が夕餉の食卓を飾ってくれるのだろう。温かい食事が食べられるのは幸せなことだ。今日は美味しい食事にありつけるだろう。外を歩きながら、自然の恵みの有難さを感じていた時だ。


「もうお二人とも家へお入りくださいっ!」

「え、突然ですね! ハイ、ハイ」


 私たちは、訳が分からず急いで家の方へ向かって走った。走っている最中にも、太陽はどんどん山の方へ沈み、家まであと数十メーターというところで夕暮れ時になってしまった。


「ルーク! さっきまであんなに高かった太陽が、あっという間に沈んでしまうっ!」

「あんな太陽見たことがないっ! 時間が早く動いてるのかっ!」


 私は必死に走るが、ルークに追い越されだいぶ離されて後から家に入った。奥さんはものすごい勢いで、野菜を刻みスープを作っている。パンの焼ける香ばしい香りもキッチンに漂い、夕食の準備に余念がない。チキンに香辛料をまぶし、オーブンに勢いよく放り込み、下から薪をくべ加熱していく。奥さんの動きも、尋常ではない。私たちとは体の出来が違うのではないかと思えるほど、動きが素早い。ここの人々はこの時間の進み方に適応しているようだ。私たちは、あっけに取られてその様子をみていた。すると、あっという間に出来上がった夕食がテーブルの上に並んだ。


「どうぞ、夕食の時間ですよ。召し上がってください」

「あっ、ハイ。頂きます」


 もたもたしているとすぐ夜になってしまいそうで、私たちは出来上がった料理をせっせと口へ入れ、あっという間に夕食を平らげた。すると、食器をさっさと片付け、今度はお風呂に入るように勧めてきた。風呂にも大急ぎで入り、早々に部屋へ引き上げた。

 空を見ると、月が煌々と輝いていた。男性が私たちに叫んだ。


「外を見るんじゃないっ。目がっ、目がやられるぞっ!」

「あわわわわあああ……、窓を閉めろっと」

「はいっ!」


 月がかなり明るく、星たちはビュンビュンと猛スピードで地平線へ消えていく。こんな摩訶不思議な光景は、私たちの世界ではありえない。流れ星などと流暢なことを言っている場合ではない。


「うわっ、キャーっ」

「布団をかぶれ!」

「どうしてっ?」

「あの光を見ていると、自分も光と同じ速さで宇宙空間をさまようことになるからだ」


 宿の人が教えてくれる。ルークはその光の強さと速さから逃げるように、布団を私の頭からかぶせた。宿の主人が、震えながら言った。


「この前来たお客は、興味本位で体を外に晒し、早い時間の渦に巻き込まれていった。そのせいで体は見る見る間に老人のようになり、死に絶えた」

「そうでしたね。気の毒だから森へ行って埋めてあげましたね」

「これだから何も知らない旅人は困るんだ。わしらの様な村人の言葉を信用しないからだ」


 彼らは、袋を頭からすっぽりかぶり、足まで防御している。あれ、良く見れば、それは昼間着ていた服の頭と手を引っ込めたものだ。これは早く過ぎていく時間から逃れるための防護服だったのか。と、納得したものの、自分たちが無防備であることを思い知らされた。


「そんなのいや―っ! この年でお婆さんになって死んでしまうなんてっ! 今まで何のために親の言うことを聞いてきたの。頑張って生きてきたのにどうして―っ」

「落ち着くんだ! 二人で指先一本も外へ出さないで、丸くなるんだっ!」


 どのくらいこのままの姿勢で我慢すれば、時間の流れが元に戻るのかわからないが、宿の人たちに呼ばれるまで待とうと思う。どれくらい時間が経ったのだろうか。丸くなった体が痺れてきた頃、布団の外から声が聞こえた。


「お前さんたち、もう大丈夫だ。出てきなさい」


 男性の声がしたので、まずは顔だけだし二人の姿が見えたのでそろそろとはい出した。


「ふう、どうやら元の時間の流れに戻ったようだ」

「もう大丈夫なのですね。安心しました」


 外を見ると、夜は過ぎ去り太陽が東の空から昇っているのが見えた。


「ねえ、ルーク様。時間の流れが変わってしまうのは、この村にいる時だけなのかしら」

「そうらしいな。今まで様々なものに魔力が宿っていたが、この村は時間の魔力が宿っているんだ」

「なんだか私たち、生きていることが不思議なくらい」

「そうだな。これからどんなことがあっても力を合わせて乗り切るんだ」

「ええ、必ず領地を手に入れましょう」

「そうだな。君は結婚相手を見つけなきゃな」

「そうでした」


 そう言えば、私たちは別々の目標に向かって進んでいたのだ。

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