第9話 キノコだらけの森

        

「さあ、起きて。もう朝になった」

「う~ん。もう朝?」


 目を開けると、顔に太陽の光が当たっているのがわかった。川から汲んできた水を飲み、ルークが持参した干し肉や木の実が朝食だった。私が持ってきたパンは、乾いてしまってはいたが、まだまだ食べられた。


「さあ、西へ向かって出発だ!」

「はいっ!」


 今度は変な生き物が出てこなければいいのだが、西へ向かう道は、昨日とは違い森の中の道だった。進んでいくと次第に森は深く薄暗くなっていく。地面には、様々な色や形をしたキノコがあたり一面に生えている。こんなにたくさん生えてくるものなのか、というほど多い。あまりにも多いので、ちょっと触ってみたくなり触れてみようとした。


「おい、触るな!」

「どっ、どうして?」

「毒があるかもしれない」

「毒キノコですか?」


 触ろうとして手を伸ばしたキノコは、触手のようなものを延ばしこちらに迫ってきた。


「こいつら人間のにおいに敏感なんだ! 近寄るな!」

「近寄るなって言ったって、そこら中にあるわよ! っていうよりいるわよ! キノコが肉食だったなんて、初めて知った!」

「キノコは普通は肉食じゃないが、西へ向かう道にあるものはみんな普通じゃないんだ!」

「そんなあ。早く教えてほしかったわ!」

「来る前に言ったら、着いてこないだろ?」

「確かに……」

「触手を持っていないきのこのそばを歩くんだ! ついて来い!」

「了解です!」


 そんな特別な情報があるなら、専門家に任せるしかない。司令官の言うことを聞き、ルークの歩いたところを大股でついて行く。


「ルーク様!」

「何だっ!」

「ルーク様はこの道は通ったことはあるのですかっ?」

「いや、初めてだ。西へ行く道を通ったことはなかった。魔物が住む道だと言われているからな」

「げっ! そうだったの……私の場合は、街の外へ出たこと自体初めてで、見る物すべてが珍しいです。魔法使いにあったのも初めて」

「インチキ魔法使いかあ。じゃあ、騙されてしまっても仕方ないね。多くの女性たちが騙されて、捉えられてしまっている。その後どうなったかは誰も知らない」

「皆どうなってしまったのでしょう……」

「さあ、食われてしまったのかもしれないぞ」

「ギャッ! ルーク様のお陰で助かりました……」


 私は、ルーク様が神のように見え、感嘆の声を上げた。


「自慢したくて言ったわけじゃありませんので、そんなに感動しなくてもいい」


 照れているところを見ると、私を騙してどこかへつれて行くのではなさそうだ。休憩するときは切り株に座って足をできるだけキノコから遠ざけておいた。


「キノコはすべて毒があるのですか。食べられるものはないのでしょうか?」

「食用に適するものもありますよ。だが、我々素人判断で食べないほうがいい」

「こんなにあるのに、残念です」

「いつもキノコを採っている、村人たちならわかるでしょう」

「早くこの奇妙な森を抜けたいですね」

「頑張りましょう」


 しばしの休憩をし、再び私たちは触手を持ったキノコを避けるために、不自然なジャンプを繰り返しながら進んだ。脚のあちこちに力を入れて走るこの体勢を続けていると、体のいたるところが痛くなってくる。でも今はそんなことを言っていられる状況ではない。


「あっ、いけないっ!」

「わあ、触手が絡みついてるっ」

「ど、ど、どっ、どうしようっ。えいっ」


 足に絡みついた触手を振りほどこうと、きのこを触った瞬間そいつはシュワ―っと胞子を飛び散らせた。


「うわっ! イタタタタ……」


 私は必死に目を抑えた。胞子は強烈な痛みと臭いをもたらした。咄嗟に目を押さえてしまったから、足に絡みついた触手はさらにぐにゅぐにゅと、私の足首に絡みついてきた。なぜいつも絡まれてばかりいるのだろう。私は絡みやすい人間なのだろうか。そんなことを想っている場合ではない。誰か、この窮地を救ってほしい!


「足をバタバタと地面に打ち付けるんだ!」

「は、はいっ!」


 私は、そいつを振りほどくようにバタバタ素早く足を動かし、時には踏みつけた。ぐにゃという何かがつぶれたような感覚が足底から伝わり、ようやく触手から解放された。今回は、自力で危機を脱することができた。


「よしっ。また絡まれたら、そのやり方でかわしていこう」

「了解です」


 隊長と部下の関係がいつの間にか築かれていった。そんなふうにキノコの触手をかわしながらようやく森を抜けると、耕された畑が見えた。ルークは、そのあたりを物色して小さな葉を数枚採ってきて、私の足に擦り付けた。これは、薬草? 触手が絡みついた部分と、その前に着いつかれた吸盤の跡に、丁寧に擦り込んだ。今度は優しく撫でるように、足首から太ももの当たりに手が伸びていった。


「あっ、そこは……」

「じっとしてて! 傷口が傷まないように、薬草を塗っているから」

「ありがとう……ございます」

「ふ~っ、他にはないかな?」

「あんっ、そんなところまで……はっ、恥ずかしい―っ」


 ルークは太ももを丁寧にさするように、指先で薬草を刷り込んだ。


「終わりましたよ」


 私はいつも面倒をかけっぱなしだ。いつかお礼できる日が来るといいけど。西へ向かう道に村があるなんて、不思議なことだったが人の住んでいる場所は無性に懐かしかった。


「家がありますね。今夜はどこかの家に頼み込み、泊めてもらおう。野宿ばかりじゃ疲れてしまう」

「それは良い考えです。賛成!」


 私たちは、更に家の近くまで行った。私はいつしか第十王子と旅をすることに、何のためらいもなくなっていた。


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