第8話 毒を吸いだす

 もう後戻りはできない。私一人が家へ帰ろうとすれば、再びあの道を一人で通らなければならない。ルークと一緒に悪い龍を退治しに行った方がよさそうだ。家にいてもよいことが全くなさそうなので、この生活を変えたいと思っていたところだったからまあいいか。自分の心に従うのが良い選択なのだろう。


「よく耐えた! もう大丈夫だ!」

「良かった! ここからは安全な道なのね?」

「それはどうかわからない……安全の保障はできないよ! 西へ行く道は魔物が住んでいるそうだから……」

「あっ、ああ、そうなのね」


 私の顔は引きつった。魔法使いに騙されたばかりで、今度はこの人が信用できるのかはわかりかねたが、そんなに悪い人には見えなかった。また騙されているのかもしれないが、騙されることにも慣れてしまった。何もしないよりはいいか、ぐらいの気持ちである。


「足首がだいぶ赤くなってきた」

「本当に、あの吸引力は並大抵じゃないわ」

「その赤い斑点、なんかとってもエロチックだな。誰かに吸われた跡みたいだ」

「変なこと言わないでっ。吸われた事なんかないのに……」

「あれ、三回も結婚したんじゃじゃなかったの?」

「話はあったけど、実際に結婚したのは一度だけ。学問に夢中の彼はベッドでは私に何もしないうちに行方不明になってしまったし……」

「へー、そうだったの」

「まあ、運が悪かったのね、結婚に関しては」


 自分の努力ではどうすることもできなかったので仕方のないことだ。ルークが足首ばかり見ているので、私は赤くなったところを隠すので必死になる。等間隔に赤い丸が足首から上の方に点々としている。


「その赤い斑点は、人間がつけるとキスマークというものだ」

「そっ、そのようですね。私も話では聞いたことがあります。他の人が見ていたら誰かにつけられたのだと思われますね」

「そうでしょうね……」

「誰も見ていなくてよかった……」

「痛くないですか?」

「もう、吸いつかれた時は相当な痛みでしたが、今はそれほどではありません」

「これはまずい、だんだん赤くなっていく。僕が毒を吸い出してあげましょう」

「どうやって?」

「こうです」


 何ということか、ルークは私の足首にむしゃぶりつくように、赤くなっている丸い点を次々に蹂躙していった。彼の唇の感触がくすぐったく、吸ったときに痛みがある。


「あっ、うっ、あっ、ああ……」

「ここもだ」

「あっ、いっ、いっ、……イタッ……イッ」

「ちょっと我慢して!」


 と私は彼のキス攻撃に焦ったのだが、実は毒を吸い出してくれていた。吸いついては吐きだし、吸いついては吐きだす。片足が終わり、もう片方の足にも食らいついている。本人はくらいついているわけではないのだろうが、私の眼にはそのように見える。ああ、困ったなあ。早く終わらないかなあ。


「あ~っ、あっ、ああ……あ―ッ」

「あと少しだ」

「はあ……ああ―うっ……」

「だいぶ取れましたよ」


 地面には吐きだした毒の塊が貯まっていく。まだ終わらない。かなりの数の吸盤で吸いつかれたものなあ。彼は吐きだしては、次の吸盤の後に吸いつく。その吸引力たるもの、凄いものだ。


「あっ、ああ―。まだですかっ! い―っ!」

「我慢してっ!」

「ああ、もう……あっ、あっ、あ――っ!」

「こんな上の方までっ」

「恥ずかしいっ」


 足首から、膝の上、太ももの方まで唇は上がっていく。こんな上まで吸いつかれていたのか。毒が回ったら大変なことになる。次から次へと吸いつくそのしぐさは、考えようによってはかなりエロチックではある。ルークは毒を吸い出すためにやってくれているのだが、私はそれに身を任せているといつしか気が遠くなるような心持になっていた。私の妄想もここまで来てしまったのか。


「はい、やっと全部吸い出した」

「はあ、良かった……」

「良かったですね。もう毒は回りませんよ」

「本当に、吸い出してくれてよかった……あっ、ありがとう、ございました……」


 顔もかなり近い。吸いつかれた親近感や、ようやく自分の命が助かったことに安心しきって、今初めてルークの顔をまじまじと見た。二度目のセバスチャンにも似ているが、彼のような軽薄さはなさそうだし、顔はハンサムな部類に入るのだろう。あまり若い男性を見たことがない私の眼から見ても、一緒にいるとうきうきしてくるような花のある顔立ちだ。


「あのう、何を見てるの。僕の顔に何かついてる?」

「いえ、何も……ついてません」

「今日はここで休もう」


 私たちは木陰で夜明かしすることになった。家では私の事を心配しているかもしれないが、夜になりここから動くのはさらに危険が伴うだろう。ルークの指示に従うことにした。ルークは背中に毛布を背負ってきているようで、それにくるまればなんとか夜露をしのぐことはできた。一緒に毛布にくるまると、顔はさらに近くなったが、私の妄想とは裏腹にルークは早々と寝息を立てていた。

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