第6話 第十王子に出会う

 南へ向かってどこまで行けばいいのか、もう少し詳しく聞いておくのだった。これでは森を果てしなく移動するだけなのではないか。なかなか景色は変わらないし、平坦な森が果てしなく続くだけだ。時間ばかりが過ぎ、次第にあきらめの気持ちが強くなってきた。もう、戻った方がいいのではないか、と疲れも出て足取りがゆっくりになってきたころ、道のはるか先に先ほどと同じような洞窟が見えてきた。洞窟には、小さな入り口があるようで、希望の光のように見える。


 私は周囲の様子をうかがいながら、注意深く前進した。ようやく洞窟の入り口までたどり着いた。そして、一歩足を踏み入れた。湿度の高い空気が中から漂っていた。暗闇に目が慣れるまで、じっと立って中の様子をうかがった。洞窟はまっすぐ続いているようで人の姿は見えない。目が慣れてきたところで数歩また中へ入った。すると今度はどこからか声が聞こえてきた。


「お前は誰だ?」

「私は、エレノア。魔法使いのお婆さんから、ここへ行くように指示されてきました」

「そうか、もう少し中へ入れ」


 再び、数歩中へ進んだ。入り口からは数メートル離れた。すると遠くの方に、人影が見え、それが次第にはっきりした人物になった。こちらへ向かって歩いてきたのだろう。今度こそ何か良い案を授けてくれるかもしれない、と期待を込めて話しかけた。


「あなたが、魔法使いのお婆さんの言っていた方ですね」

「そうだ、ここへ来れば、お前の悩みなどたちどころに解決できる。話してみろ」

「私、三回も結婚に失敗してるんです。まあ、正確に言うと、一人目は結婚前に死んでしまい、二人目には婚約破棄され、三人目は結婚したけど行方不明になりました。親の言いつけ通りに生きるても、いいことがなかったのです。何かこの生活から抜け出す方法がないかと思って……」


 私は、今までの自分の身に降りかかったことを簡単に説明した。そしてじっとその答えを待った。


「それは、お前さんの今までの努力が足りないからだ」

「努力が、足りなかったから、ですか……」

「私の元へ来れば、人生の意味が分かるようになる、さあ、こちらへ来い!」


 今度は、催眠に掛けるように、重々しい口調で言った。それとともに強風が吹き荒れ、洞窟の奥へと引き込まれそうになった。エレノアは、それに身を任せ両手を前方に出し、足を一歩踏み出そうとした。


 その時だった。吹き荒れる風以上に強い力が後方から加わった。前に加わる力と後ろから引っ張られる力で、体が引き裂かれるような衝撃を感じた。


「何をしておる、こちらへ来るのじゃ!」


 前方からは叫び声と強風。後ろからは、それを引き留めるような強い力。前と後ろでまるで自分の体を引っ張り合っているようだ。何よこれ! 放して! 後ろで誰かが引っ張っているの! どうなってるの――っ! 前に引っ張られたと思ったら、後ろに引き戻される。今度は体はぐるぐる宙を舞うように、回っている。自分の体なのに、思うように動かない。


「助けて――っ! キャ――っ!」


 結局最後には、後ろに引かれる力の方が強く、洞窟の出口に後ろ向きにドスンと倒れた。おしりと背中、頭も地面に打ち付けてやっと私の体は動かなくなった。


「危ないところだった」


 私の顔を覗き込む、一人の男性と視線が合った。その顔は美しく、セバスチャンに負けず劣らぬイケメンだった。


「あれ、戻ってきちゃった。どうしたのかしら。洞窟の中へ入るつもりだったのに」

「僕が、助けた」

「あなたが引っ張ったの?」

「そうだ」

「余計なことをして、入り損ねちゃったじゃない!」

「入らなくてよかった。必死で引っ張って助けてあげたのに、ご挨拶だな」

「だから、何でそんなことしたのよ! 私は、魔法使いに言われてここへ来たのに」

「あの魔法使いの手下は、インチキだ。グルになって若い娘をここへ引き込んでいるんだ。引き込まれた娘たちはみな行方不明のままだ。龍に食われたとも、どこかへ売り飛ばされたとも噂されている」

「まあ、そんなこと言っちゃって、信用できないわっ!」


 藁にもすがる思いでここまで来たのに、また邪魔をされてしまった。しかも若い男性に。その人は、ピシッとした服で決めている。すると、ゴーっという地響きのような音がして、洞窟の方へ目を凝らしていると、上の方から土砂が降り注ぎ、入り口は塞がれてしまった。


「これは一体……」

「ほら僕の言ったとおり、助かったでしょ」


 中へ入っていたら今頃閉じ込められて、出られなくなっていたところだった。この人の言ったことは本当だったのだろうか。私は、魔法使いに騙されていた。


「じゃあやっぱりあの魔法使いに」

「そう、騙されたんだ。やっとわかってくれたようだね」

「また騙されたちゃった……」


 私は、もうがっくりと体中の力が抜けてしまった。最後の砦だと思ってすがって家を出てきたのに……


「君わかったら、俺と一緒に悪い龍を退治するのを手伝ってくれないか?」


 ここまでうまくいかないと、この人を信用してうまく行くかどうかも怪しいものだ。私がいるからうまくいかないのかもしれないとさえ、最近では思い始めていたのだから。


「まあ、君の都合もあるかもしれないけど、一緒にやっつけて、そのあと魔法使いの手下に連れ去られた女性たちを救出することが出来たら、君にも領地を分けてあげる」


 領地などそう簡単に分け与えられるものではないのに、随分気前の良いことを言う人だ。一体この人誰なのだろう。


「まだ僕のこと疑っている」

「あなたは誰なの?」

「僕は、この国の第十王子だ。誰も知らないよね」


 国の重要な式典などがある時は、国王陛下と、せいぜい第二から第三王子ぐらいまでしか表には出てこない。妃のほかに側室もいるだろうから、子供達全員が出てきたら大変なことになってしまう。国の民も以下の王子たちのことなど気にも留めていない。


「まあ、信用することにするわ」

「だけど、第十王子のあなたが、なぜそんな危険なことをしなきゃならないの?」

「なんせ、第十王子なので、そんなことでもしないと領地をもらうことができないんだ」

「へえ―、厳しいのね」

「じゃあ、いいね。一緒に来てくれ」


 ということで、私は方向転換して今度は龍が住むという西へ向かうことになった。完全に信用しきってはいなかったが、何もしないよりはましかもしれないし、これで自分の生活が少しは変わるかもしれない。とイケメンに見とれながらついて行った。

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